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月に登った桂男

(注)この記事はNHK大河ドラマ『麒麟がくる』第41回「月にのぼる者」(2021.1.17放送)にインスパイアされた随筆です。
https://note.com/senmi/n/n815002123fe9

  〽名月を取ってくれろと泣く子かな (一茶)

 キラキラ光る月や星をアクセサリーにしたいとは思うが、月まで登ろうとは思わないな。私の体力では、富士山ですら無理だ。梯を使って屋根に登って雪おろしをする程度だな。頑張って木登り。

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とはいえ、セーラームーン(プリンセス・セレニティ)には会ってみたい。月には「シルバー・ミレニアム」(「月の千年帝国」)があり、「プリンセス・セレニティ」(「千年王女」こと「かぐや姫」)がいるんじゃないかと思うが、科学は時として非情で、「月には見えてる表側はもちろん、見えない裏側にも、何もない」という。

 さて、世界の神話では、太陽神は男神で、月神は女神であるが、なぜか日本神話では逆である。太陽神は天照大神という女神で、月神は「月夜見命」(『古事記』では月読命、『日本書紀』では月読尊)という男神である。そして、月夜見命は、「をち(越、変、変若)水」と呼ばれる若返りの水を持っているという。(月が欠けて、また満ちるのを「若返り」と捉えたのであろう。)『万葉集』(巻13-3245歌)に、

天橋文 長雲鴨 高山文 高雲鴨 月夜見乃 持有越水 伊取来而 公奉而 越得之旱物
【訓読】天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てる「をち水」 い取り来て 君に奉りて をち得てしかも
【現代語訳】天へと通じる橋がより長く、高い山もより高くあったらいいのに。そうであれば、月夜見命がお持ちの霊水「をち水」(若返りの水)をいただいてきて、君に奉り、若返っていただくのに。

とある。「天橋(天梯)」は「日本三景」天橋立、「高山」は「バベルの塔」を思い出させるが・・・。

「私[注:織田信長の正室]は少々疲れた。この城[注:安土城]は石段が多すぎる。殿[注:織田信長]は天にも届く立派な城をお造りになろうとしているが、上がるのに息が切れる」

 登り降りが大変だというが、登り降りには駕籠を使えばいいだろうし、岐阜城のように山麓に御殿を築いて住めばよい。(天守は日常的な生活の場ではないが、織田信長は、安土城の天主で生活していたという。正室は上ったままでよく、下りてくる必要はないのでは?)
 それに安土山は高山ではない。近くに六角氏が居城としていた「日本五大山城」の観音寺城(滋賀県近江八幡市安土町)が標高432.9mの繖(きぬがさ)山の山上にある。織田信長は、この山城・観音寺城(安土古城?)を居城とせず、標高198.9mの「目賀田山」にあった目賀田屋敷を目加田貞政の所領・光明寺野(現在の滋賀県愛知郡愛荘町目加田)に移し、「目賀田山」を「安土山」と改称して安土城を築いており、安土城は、高山にある「山城」ではなく、山城と平城の中間の「平山城」に分類されている。(織田信長が安土城を居城としたのは、①観音寺城より低くて、上り下りが楽、②観音寺城と違って琵琶湖に面しており、琵琶湖の水運を利用できるから、であろう。「バベルの塔」を築くのであれば、高い繖山の山上の方が良い。ちなみに、「バベルの塔」を見た神は、「人間の使う言葉が同じなので、このような暴挙を始めた」として、複数の言語で話させると、言葉が通じなくなった人間たちは混乱し、「バベルの塔」の建設を中止し、世界各地へ散らばっていったという。織田信長も、尾張衆だけで、豊臣秀吉と二人三脚で尾張国を治めていれば問題なかった(?)が、多くの国々を平定すればするほど、多くの国々の人々が家臣となって、家臣団が一枚岩にならなくなっていった。元亀2年(1571年)6月14日、毛利元就が「天下を狙ってはならぬ」という遺言を残して亡くなった理由も、こうしたことを危惧してのことであろう。)

さて、『万葉集』には、

天海 月船浮 桂梶 懸而滂所見 月人壮子
天の海に 月の船浮け 桂楫 懸けて漕ぐ見ゆ 月人壮士(つきひとをとこ)
(作者不詳『万葉集』巻10-2223番歌 <詠月>)

という歌もある。

※「視聴記録『麒麟がくる』第36回「訣別」2020.12.13放送」参照。
https://note.com/senmi/n/n29b2a60d07bf

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 古代中国の神話「呉剛伐桂」の「桂男」こと呉剛(ごごう)は、月船を漕ぐ人ではなく、「月の桂」を伐る人である。(上の絵は、月岡芳年『月百姿』(月をテーマとした全100点の錦絵)から「つきのかつら 呉剛」)

※「呉剛伐桂」
 昔々、武漢市と接する咸寧市(中国湖北省)で疫病が発生し、人口の1/3が死んでしまった。様々な薬を試してみたが、どれも効果がなく、重症患者は死を待つのみであった。
 呉剛の母親が感染し、呉剛が薬を探していると、その姿に感動した観音菩薩が彼の夢に現れ、「月宮に桂(金木犀)と言われる巨木があり、黄金色の小さな「桂花」が咲くが、この花を水に浸して飲むと治る。桂榜山には、毎年8月15日に天梯が架かり、月宮に行くことが出来る」と告げた。
 呉剛は、天梯を登って月へ行くと、「母のみでなく、故郷の人々も救おう」と考えを変えて枝を振ると、桂花は、桂榜山の山麓を流れる川に落ち、その川の水は黄金色に変わり、人々がその水を飲むと疫病はたちまち完治したという。人々は、この川を「淦河」、川の水を「金水」と名付けた。(日本では、紅葉で川が真っ赤になるとか(「千早ふる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」在原業平)、戦場の川が血で真っ赤になったことはあっても、金木犀の花で黄金色になったことはないなぁ。)
 呉剛が「月の桂」の「桂花」を全て地上に落としてしまったので、天帝は激怒した。なぜなら、天帝は、「月桂花」で作った「月餅」が大好物だったからである。呉剛は天規を犯したが、理由が理由なだけに、懲罰すれば天帝の人気が下がってしまう。困った天帝が呉剛に欲しいものを尋ねると、呉剛は、「桂を地球へ持ち帰り、人々の病気を治したい」と答えた。天帝は呉剛の要求に応え、桂を伐ることを許した。早速、呉剛は、斧で木を伐り始めたが、伐っても伐ってもすぐに伐り口が塞がってしまうので、呉剛は不老不死となり、今でも月で桂を伐り続けているという。
 とはいえ、呉剛は、「月の桂」の枝を桂榜山(武漢市から約90km)の上に落とし続けたので、今では桂榜山は、桂の名所「中国桂花の郷(木犀の郷)」(中国湖北省咸寧市)となっている。また、桂の花をお茶に浸して飲むようになった咸寧市では、疫病が流行らないという。(桂花は新型コロナウィルスにも効くのだろうか?)
 なお、この話には続きがあり、桂榜山の麓の「鳴水泉」(中国湖北省咸寧市鳴水泉生態観光風景区)に7人の天女が水浴びに来た時、呉剛の彼女の嫦娥がそれを見つけ、「七仙女」の「回天仙丹」を盗んで食べ、飼っていた兎と共に呉剛に会うために月へ行ったので、月には呉剛、嫦娥、兎が居るのだという。また、「回天仙丹」を食べられてしまった「七仙女」は月に帰られず、翌日、姉が水浴びに来るまでの3年間(月の1日は地球の3年に相当)、地上に居たという。

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 中国の「桂」は、日本の「カツラ」ではなく「キンモクセイ(金木犀)」である。同様に、中国の「紫陽花」は日本の「アジサイ」ではなく「ライラック」、中国の「朝顔」は日本の「アサガオ」ではなく「キキョウ(桔梗)」である。これらの食い違いは、日本人が、漢籍に出てくる植物を説明文から想像して日本の植物に当てはめた結果だという。

 「月の桂」の花を「桂花」という。
・天帝が好む「桂花入り月餅」はまだ食べたことがない。
・「鉄観音」の産地として有名な中国福建省安渓県でごく少量生産される「黄金桂(おうごんけい)」は、黄金色の高級烏龍茶で、「蜜の香り」と称えられる芳香が「桂花」の香りに似ているだけで、「桂花」から作ったお茶ではない。
 「黄金桂」は、伊藤園が2015年4月に発売開始した「黄金烏龍茶」に「鉄観音」と共に使用されている。
https://www.itoen.jp/tokuhooolongtea/
・「桂花」を使った「桂花酒」に「桂花陳酒(けいかちんしゅ)」がある。この酒は、楊貴妃が愛した中国の宮廷酒で、長年に渡り造り方が失われていたが、北京の上義酒造が秘法を探し出して再現に成功したという。金木犀の花を白ワインに浸けて熟成した仙酒で、「貴妃酒」「美容酒」「楊貴妃ワイン」とも呼ばれている。

 「ワイン」といえば、織田信長には「南蛮服を着てグラスでワインを飲む」イメージがあるが、『麒麟がくる』の織田信長は、南蛮服は明智光秀に渡し、グラスに入れた金平糖を食べていた。イエズス会の戦略は「お酒が好きな人にはワインを、お酒が飲めない人には金平糖を贈って調略する」であり、下戸の織田信長には「金平糖をフラスコに入れて贈った」と書かれている。はい、はい、余談でした。では、では。(唐突に了)

※参考論文:王敏「中国「花」文化─桂花考─」
https://www.tsu.ac.jp/Portals/0/research/10/P041-054.pdf

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