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小澤メモ|NOSTALGIBLUE|思い出は青色くくり。

49 スケートの逸品。

スケート界のリビングレジェンド、ランス・マウンテン。
ランス・マウンテン。1980年代からスケートシーンで楽しませてくれるヒーロー。おそらくは、ドッグタウンと並んで、スケートボードをアーカイブするときに、ずっとずっと輝き続けるであろうトピックス、ボーンズ・ブリゲード。スケートボードのチームの名だけれど、もはやスケート史における現象と言ってもいい。ストリートスケートのかっこよさや自由、それに都市文化と密接に関わっていく面白さなど、ボーンズ・ブリゲードがもたらしたスケート革命がその後をつくったのだ。オッサンたちは、キッズだった当時おおいに影響を受け、今をプッシュしている。このチームの中でも、当時17歳のキッズだったランス・マウンテンの痛快さといったらなかった。上手いということ以上に、街のストリートやプールの浮遊感をとにかく楽しむということを、全身とサービス精神満載で体現してくれていた。

往時を蘇らせるカラーリング。ファン、絶叫。
憧れよりもシミラーなスーパースター。そんな彼の代表的なスタイルのひとつに、足元があった。当時はスケートシューズというものがはっきりと確立されていなくて、ファンクションよりカッコよさやインパクトでスケーターがシューズを選んでいた。それは今でも名残があって、やっぱり見た目やイケてるかどうかが大事でしょ! っていうスケートシューズ観が根強い。それでいいと思う。で、17歳のランス・マウンテンは、マイケル・ジョーダンの有名過ぎるシグネーチャーのエアジョーダン1を、左右アシンメトリーで履いてスケートしていた。それもとても楽しそうに。それは彼特有のコミカルな仕掛けだったのか。それとも、ドッグタウンのレジェンド、トニー・アルバが言ってたように、〈VANS〉とかはオーリー足の方だけ壊れるのが早いスケーターには片方ずつ販売してくれていたというのにならって、壊れるスピードがズレてくる左右をそれぞれ履き替えていった上での偶然の産物だったのか。

ジョーダンブランドからの粋なコラボということで。
どちらでもいいと思うが、とにかくスケーターはもちろん、ジョーダンファンも注目するスタイルが、スケシューが確立される前から確立されてしまったということは間違いなかった。20年以上の時を経て、そんなエピソードをド直球で体現した逸品が今回の“NIKE SB × AIR JORDAN 1 LANCE MOUNTAIN”。当時とはくらべものにならないほど、世界はスニーカーヘッズで溢れている。男たるもの、キープフレッシュなキックスに目がないのだ。とくに、マイケル・ジョーダンを知りバスケットボールにハマって街のいろんなフープでタマをつき、それからランス・マウンテンを知りスケートの楽しさにハマって街のストリートをプッシュしてきた人間にとって、生き字引のようである。スニーカー理論からでも、バスケット理論からでも、スケート理論からでも、神様ジョーダンからでもヒーローのランス・マウンテンからでも、見た目も裏話も、もうどんなところからでも、男にとって絶対に手に入れたいもの。これはストリートに住民票を置くオトナな男にとっての逸品なのだ。49
(NIKE SB × AIR JORDAN 1 LANCE MOUNTAIN/2014年、$150でナイキストア・オンラインで発売されるや否や、世界中のスニーカーオヤジが発狂した1足)

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