小澤メモ|POPCORN MOVIE|映画のこと。
5 新米刑事の雨のコーヒー。
ロサンゼルスが舞台とは思えない雨。
デヴィッド・フィンチャー監督の映画『セブン』は、ほぼ全編にわたって雨が降っている。一説には、雨に祟られてスケジュールにメドが立たないことに業を煮やした監督が、それなら全部雨ロケだと言ったとか言わなかったとか。そんな噂もあった。真偽はろくに調べてもいないし、そこが言いたいことではない。とにかく、降り続ける雨(と、最後のランスカスターの空と鉄塔群)がこの作品をより素敵にしていた。しかし、舞台となった、あのブルースカイとパームツリーのロサンゼルスが、これほど雨ばかりだったなんて、信じられない。ちなみに、この映画を見てから、バンカーズ・ランプ(バッハが流れている深夜の図書館のシーン)に惚れ直したし、銀残しという現像方法のコントラストが好きになった。この後、ロシア映画『父、帰る』の銀残しスタイルによる夏の映像にもぎゅんぎゅんと心を鷲掴みにされることになる。
ミルズ刑事とサマセット刑事。
ブラッド・ピット演じるミルズ刑事は制服組から昇進したばかりの新米やる気二スト。モーガン・フリーマン演じるサマセット刑事は定年退職が迫った大ベテラン。序盤、はやるミルズと落ち着きすぎているサマセットの捜査スタイルの違いが浮き彫りに。ペーズリーのネクタイにガシガシ洗える系のコットンの白いボタンダウン・シャツ。このミルズの野暮ったさが、私服刑事になったばかりなのを醸し出しててクセになる。ま、ブラッド・ピットだからカッコよく見えるのかもしれないが。わざとらしいほど抑揚をつけたセリフも、大都会の刑事になったというやる気とエナジーがほとばしり過ぎてる感じで良かった。こちらがこそばゆくなってくるほどに良い。こういうやる気二ストの若者はどんな職場にもいた。必要以上に笑う。大げさな反応をする。気を利かせたつもりの小話をふってくる。そんな風に持て余した未知数のやる気を大切にしてあげたいと思ってきたし、自分がそっち側だったときも確かにあった。
コーヒーの話。
ミルズのやる気に冷水をかけるように、何でも諭してくるサマセット。難攻不落な大ベテランに少しでも歩み寄ろうとしたのか。もしくは、制服時代に何度も見た刑事ドラマによく出てきた、パートナーの刑事にコーヒーを差し出すシーンを真似したかったのか。ミルズは現場に踏み込む前、両手にコーヒーを持って、サマセットを待っていた。降り続ける雨の中、傘もささずに。(殺害現場というのはコーヒーを飲めるような状況ではないことを知っている)サマセットは、ノーサンキューと愛想がなかった。たったこれだけのシーンだけれど、これが実にコーヒーを飲みたくなる。若い刑事が気を利かせた1杯のコーヒーだ。ズブ濡れになっても上司に無下にされても、やる気が勝ってしまう男のコーヒー。実際に飲むかどうかは置いといて、そんなシチュエーションのブラッド・ピットがイカしていた。毎年、苦手な梅雨の季節になる頃、必ず『セブン』を見返す。そうすると、ミルズよろしく雨をいとわなくなる。傘なんてもちろん持ち歩かない。ヌメッとしたストリートでも、暑苦しいときでも、ホットコーヒーを口にする。そして、ミルズとサマセットを見て、コーヒーとは飲み干すものではなく、残すものだと知った。『セブン』は、サイコ・サスペンスの傑作と言われるが、男のライフスタイルとしても気に入っている。5
(町を歩いているととにかくコーヒーが飲みたくなる。旅先だととくに/2019)