私は生まれる場所を間違えた
自転車に乗って坂を下る。
これ帰り登るねんなあ。
まだ目的地にもついていないのに帰りを気にする。日差しが刺さる。自転車のタイヤが溶けるんじゃないか。アイスクリームのようにゆっくり溶けて、アスファルトに染みていく様子を想像する。そうやって赤い側だけ残った自転車をどう運ぶか。
そんなことを考えていたら、高架下まで来た。
高架下には影ができて涼しい。横を見ると高架が向こうまで続いている。土台があって、道がある。その土台がなぜかきれいだった。まるでレトロフューチャーのように廃れながら、この世界とは違うように見える。この緑色のフェンスを飛び越えたら違う世界に連れていってくれるのではないか。
この世界でない願望は大きい。
テレビを見ても、映画を見ても、アニメを見ても、本を読んでも私はここにいたくないという願望だ。いつかどこかでインタビューされた人が言っていた。
僕は生まれる国を間違えたんです。
その言葉を聞いたとき、私は衝撃を受けた。いままで言葉にできなかった胸の内がすっと溶け込み、腹の中までストンと落ちた。そんな表現をしてもいいんだね。
ありがとう
感想はそれに尽きる。親が嫌いとかではないから、きっとこれは端から見たらただのわがままで、意味が分からない人だろう。でも私はその言葉に救われた。なにも言えないモヤモヤはその一言で消え去った。
いえもしえない感覚ってある気がする。これじゃない感覚。その感覚を大事にしたい。私はあの時涙が出るほど嬉しかったのに行動に移さなかった。それだけは猛省している。
フェンスの奥に行きたい衝動をおさえ、私は自転車をこぐ。涼しい場所に後ろ髪をひかれ、歩道橋へと向かった。