逃げ水
暑い。さっきから太陽が私のうなじを攻撃している。バイトの面談の帰り道。山一つ超えてもなおこの旅路が終わることはない。
帽子を持ってくればよかったと後悔しながら、途中道端にあった猫じゃらしを引っこ抜きタクトのように振りながら歩く。
焼け焦げたアスファルトの道がずっと向こうまで続いている。交差点に差し掛かると、うっすらと向こう側のアスファルトから1センチ上が揺れていた。
少し気分が高揚する。目で見る暑さはどこか涼しく感じた。交差点を渡りカーブに差し掛かる。歩く速さは変わらない。周りには家と畑が続いている。
ふと前を見ると、鏡のようにキラキラと光っていた。焼け焦げたアスファルトの上で。はやる気持ちを抑え、一歩進む。するとそのキラキラは消えた。まるでそこには初めから存在しなかったかのように。
少し歩く。するとまた少し遠いところでキラキラと光る。揺らぐ波を引き連れて。それ以降そのキラキラは現れなかった。
横断歩道を渡り、この旅路も終わりを迎えるころトンボに出会った。シオヤトンボだったか、シオカラトンボだったか。仰向けになったトンボは羽で必死に起き上がろうとするがうまくいかない。少し浮かび上がり、アスファルトに激突する。
しばらく眺めた後、手に持っていた猫じゃらしでトンボ救出大作戦を試みる。トンボも足を動かすが穂の部分はふさふさすぎて掴めない。そこで茎部分を足にひっかけ、ひっくり返してやる。なかなか器用にできた。
天地が元に戻ったトンボが飛び立つ瞬間を心待ちにしたがトンボは動かない。先の元気はどこへいったんだようと話しかけても動かなかった。ただそこにいた。初めからそうであったように。
私はトンボに別れを告げ、坂道を下っていく。太陽は相変わらず私のうなじを焼き付け続けた。