仕込みの酒
なんのことはない。ある晴れた日の午後。肌寒いが雪は降っていなかった。玄関の引き戸に手を掛ける。
ただいまあ。
よっこいしょと荷物を玄関先に置いたら、リビングに直行した。リビングでは祖母が大音量でドラマを見ていた。気付いていないようなので肩を叩く。
あぁ!びっくりした!
ただいま。
軽くハグして、祖父を探しにいく。祖父を見つけて挨拶ができたところで一息つく。
12月28日の餅つきが終わった3日後に私は大阪を出てここ福井の祖父の家にいる。これから4日は泊まる予定だ。
そうこうしているうちに先に来ていた母が叔母と一緒に帰ってきた。
はあい。
よく来たのお。寒なかったか?
うん。そんなに寒ないねえ。
そんな会話をしながら母と叔母は買い物袋からたくさんの食材を出す。これからおせち料理の仕込みだ。
はい。これ。今年もやってな。
渡されたのは鰹節と削り箱。お雑煮用の鰹節を削るのが毎年私の仕事だ。これ手痛くなんねんなと思いながら、シュコー、シュコーと削っていく。
シュコー。シュコー。シュコー。
ふと顔を上げる。祖父と祖母が2人仲良く並んでぜんまいの下処理をしていた。水を張った大きな鍋にぜんまいを戻して端を切り取っていく作業。水じゃないといけないので手が痛い。黙々と下処理をする2人の姿は愛らしかった。そして欠かすことなく祖母の片手にはもちろんビール。
飲みながらの作業は1番の至福らしい。
祖母の奥に目をやると母が見えた。母はゴボウを炒めている。そんな母の手にもビール。仁王立ちでゴボウを炒めながらビールを飲む。この親にしてこの子どもあり。
うちの年末は、正月を前送りしているようなものなんだろうなあ。と思いながら、折角なので私も冷蔵庫を開けてお酒を探すことにしたのだった。
今年の福井は積雪が多いらしい。去年より寒いだろうなと思いながら2つのグラスにビールを注ぐ。1つのグラスを写真立ての前に置く。
乾杯。
チンとグラスの綺麗な音がなった。
ごめんなあ。今年は行けそうもないわ。
ビールの入ったグラスに目を落とす。そういや私ビール苦手だったな。と思いながらグラスを傾ける。
今年のおせちどうしようかなあ。
暖かい日差しが祖母のビールを照らし模様を作り出していた。