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500載枚のクッキーで救いを得る


Cookie Clickerというブラウザゲームがある。最近Android版も出た。
Cookie Clicker

Android版

クッキーをクリックしてクッキーを焼いてそのクッキーでクッキーを焼くための施設を買ってひたすら天文学的数量のクッキーを焼き続けるゲームだ。こんな記事を読んでいる人は全員知っていると思う。飽きる人は5分で飽きる。私はプレイ300日を突破した(毎日ログインしているわけではないけれど)。

もともと海外産のこのゲームは2013年くらいに1回日本でバカほど流行し、その後大抵の人間はこいつに飽きた。が、開発者は全然こいつに飽きておらず、現在も定期的にアップデートが入っている。2019年の春ごろにそのことを取り上げた記事がバズった(今探したら見つからなかった)。

そしてこのゲームのことを、2019年3月の、就活が予想の10倍はうまくいっていなかった私もまた覚えていた。

そう就活がうまくいっていなかったのだ。エントリーシートを書いても書いても落とされ、運良く面接まで行けてもまた落とされる。真に残酷なのはお祈りメールではなく「選考通過者のみにご連絡します」だ。祈る手間を惜しむな。

はっきり言ってこの程度の苦労は就活生なら誰でもしているし、私は正直就活生としてクオリティが低かった。立ち上がりも遅けりゃ対策もお粗末だった。つまり自業自得なのでうじうじめそめそしている場合ではなかったのだ。

でも人生が正論で全て解決するならネットにこんなに人は集まらないし、Cookie Clickerもあんなに流行らなかったと思う。
とにかく、私が努力だと思っていたものが、世の中でいう努力の水準に達していないという事実に、当時の私は落ち込んでいた。

私は私の注ぎ込んだ時間と手間がちゃんと報われてほしかった。それが他の競争相手に劣っているとしても報われたがった甘ちゃんの私は、正論に救ってもらえる人間にはなれなかったが、Cookie Clickerには多少救ってもらえる人間だった。

だってクッキーは毎秒増える。費やした時間の分だけ増える。クリックすればもっと増える。ブラウザ立ち上げてクリックするだけだったら最悪猿でもできる。
プレイヤーが猿並みでもクッキーは増えていく。このゲームは、原始的な手間と時間をダイレクトに成果物に反映していく。
エントリーシートを書くのが下手でも、人とうまく会話ができなくても、そんなのお構い無しに私の時間をクッキーに変換することができる。そしてそのクッキーのクオリティを誰も問わない。クッキーを焼くゲームのくせに1枚のクッキーは数量の1以外の何でもない。焦げたりしない。食べた人が微妙な顔をしたりもしない。

こういったことを当時の落ち込んでいる私は明文化して把握してはいなかっただろうが、多分肌感覚で察していたのだろう。
私はこのゲームにのめり込んだ。就活と学業以外の時間の大部分がこのゲームに流れ込んでいた。ちなみにCookie Clicker以前はこの時間はPixivでエロコンテンツを漁ったり情緒がメチャクチャなTwitterアカウントを眺めたり、たまに文章を書いたりすることに使われていた。そういうところだよ。

とにかくCookie Clickerは注ぎ込んだ時間と手間に対して、誠実におびただしい数のクッキーで応える。運要素すら時間でねじ伏せることができる。パソコンの前で音楽でも聴きながらぼんやり待っていればいつか全てのイースターエッグとフォーチュンクッキーを手に入れることができる。
就活にも学業にも恋愛にも創作にもスマブラにも存在しない「等価交換」が、Cookie Clickerには確かにある。クリックをすれば絶対にクッキーは増えるのだ。相応の、そして誰にでもできる手間をかければ、やがてクリックどころかブラウザさえ立ち上げなくてもクッキーが増殖しまくるようになる。不労所得だ。不労所得を運用してさらなる利益を得るという夢のフェーズに突入できる。なんとか就活を終えて元気を取り戻した今も、私のPCでは毎秒20正枚のクッキーが焼かれている。そんな単位多分人生でここでしか見ないわ。

流石に私も当時ほどのめり込んではおらず、暇な時間は再びPixivでエロコンテンツを漁ったり情緒がメチャクチャなSNSアカウントを眺めたり、たまに文章を書いたりするのに費やされるようになった。
けれどクッキーは今も焼かれ続けているし、何も成し遂げられなかった日の私を許してくれる。

「そんなに食えないクッキー焼いてどうするんだよ」ではないのだ。ゲーム上の数値でしかないおびただしい数のクッキーそのものに心慰められる人間が、ここにいるのだ。

Cookie Clickerは救済だ。もしくは救済っぽく見える電子ドラッグだが、幸か不幸か合法だ。

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