父の征き祖母と叔母らと家守る 田畑のあれば戦債も買う
ねぢ花と気づきたる時草刈りの 鎌は根本を通り過ぎたり
梅雨明けは近きか葵は秀に近く 花のぼらせてわが丈を越ゆ
梅雨晴れ間惜しみて韮を植ゑ急ぐ 冬から春へのわが家の身過ぎ
子つばめの育ちの早し巣のへりに 五つの嘴(はし)を並べ餌まつ
残照はなほ続きをり一輪車 慣れし女孫はわれのあとさき
鎌を研ぐ傍に並び立つ孫の 幼き方の靴みぎひだり
はつ夏の陽に輝ける柿若葉を 妻は誉めをり二度も三度も
咲き盛る霧島つつじの枝撓(たわ)む夜半に降りし雨滴ふくみて
日溜りの土手に蓬を摘む妻のまだ小さいと笊を傾げる
若竹の秀の抜き出でて竹藪の笹揺るるなく小糠雨ふる
あかときに草刈る鎌を研ぎあげて砥の粉拭へば鉄気(かなけ)が臭ふ (生涯に一冊だけ作った歌集のタイトルになった歌)
春寒にひと日おびえし春彼岸けなげに愛(かな)しかたくりの咲く
夕空に浮く三日月にすがりたし思はず洩らす今日の疲れを
きさらぎの畑の小径の乾きそむ身籠る山羊を引きて帰れり
初詣の客に会釈を返しゐる着ぶくれしまま拝殿に座し