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【連載小説】秘するが花 21

藤氏長者

 高天原にお鎮まりになられる民族の祖神、
 カムロギ(男神)カムロミ(女神)のご命令によって
 八百万の神々が集まられて、会議に会議を重ね、
 論議に論議をつくされた結果、
 天照大御神は、
「わが子孫である皇御孫命よ、
 豊葦原の瑞穂の国(日本)を、
 安らかな国として平和に治めなさい」
 と仰せになり委託されました。
 
 しかし、託された国内には、
 不平を言っては反対する神々がいましたので、
 この神たちの考えや不満を何度も聞き直し、
 また見直ししながら、
 国造リに協力して貰えないか
 繰リ返し相談しましたら、
 荒れていた神々は、
 やがてその真意を理解し
 協力するようになりました。
 すると岩や木や、草
 の一葉までもがこれに同調し、
 騒乱の国土はすっかり平穏に治まりました。
 そこで皇御孫命は、高天原の御座所を立たれ、
 幾重にも重なる雲を掻き分けながら、
 地上に降臨されました。
 
 このようにして天照大御神から、
 委託を受けた皇御孫命は、
 国の中心の大和の地を都と定められ、
 盤石な礎石の上に太い柱を建て、
 屋根は天まで届くかのような高い千木を取り付け、
 荘厳な御殿をお造りになリました。
 
 その御殿で皇御孫命は、
 皇祖の神々のお陰を戴きながら、
 この国を平安な国として治め、さらに努力しますが、
 国内に生れ育つ人間というのは悲しいもので、
 故意の罪や無意識の過ちを犯したリして、
 数多の罪や穢れを溜めてしまうのです。
 皇御孫命は、そのような罪穢れが生じた際に、
 それを消し去る方法を教えました。
 それは、高天原の神々の儀式に倣って、
 細い木の本と末を切り揃え、
 これを罪の贖い物として、
 多くの台の上に沢山積み、
 また菅や麻の本と末も切り、
 真中の良いところを細かく裂き、
 それを祓いの道具に用いて神事を行い、
 この神聖な祓いの祝詞を唱えなさい。
 このように唱えるならば、
 天上の神は高天原の門を開かれて、
 幾重にも重なった雲を押分けて
 お聞きくださるでしょう。
 また地上の神も、
 人間の様子がよく見える
 高い山や低い山に登られて、
 霞や雲や霧を払いのけ、
 人間の願いをお聞きになるでしょう。
 このように、天上の神や地上の神々が、
 お聞き届け下さいましたならば、
 四方世界の罪穢れは一切なくなってしまうでしょう。
 それはあたかも、風が八重の雲を吹き払うように、
 また朝夕に立ちこめる霧を風が吹き払うように、
 あるいは港に繋ぎ止めて不自由な様子の、
 船の綱をほどき、自由に広い海を航海させるよつに、
 また鬱蒼と繁っている木々を、
 鋭い鎌で切り払えば、
 回りが明るくなリ、爽やかな気持ちになるように、
 漏れ残る罪穢れは一つもないように
 祓われて清らかになるでしょう。
 
 このように祓い清められた罪穢れは、
 高い山低い山の上から、
 谷間を勢いよく流れ落ちる早川の瀬にいる
 瀬織津姫という神様が大海原に流し去ってくれるでしょう。
 大海原に流されたならば、
 押し寄せる荒潮がぶつかり合って、
 渦を巻いている所にいる速開都比売という神様が、
 大きな口を開けて罪穢れをがぶがぶ飲み込み、
 海底深く沈めてくれるでしょう。
 海底深く飲み込まれた罪穢れは、
 次の、息を吹き出す所にいる気吹戸主という神様によって、
 「根の国、底の国」という地下の国に
 遠く吹き放ってしまわれるでしょう。
 吹き放ってくださると、
 根の国底の国にいる速佐須良比売という神様が、
 何処とも知れず運び去って、
 跡形もなく消し去ってくれるでしょう。
 
 このように、あらゆる罪槻れを消し去って戴きますことを、
 天上の神様、地上の神様、
 そして八百万の神様ともどもに、どうかお聞き届け下さり、
 私たち人間の罪穢れを祓い清めて戴きますよう、
 謹んでお祈りし申し上げます。
 
 
 高天原に神留り坐す 
 皇親神漏岐 神漏美の命以て 
 八百萬神等を神集へに集へ賜ひ 
 神議りに議り賜ひて 
 我が皇御孫命は 
 豊葦原瑞穂國を 
 安國と平らけく知ろし食せと 
 事依さし奉りき 
 
 此く依さし奉りし國中に 
 荒振る神等をば 神問はしに問はし賜ひ 
 神掃ひに掃ひ賜ひて 語問ひし 
 磐根 樹根立 草の片葉をも語止めて 
 天の磐座放ち 天の八重雲を 
 伊頭の千別きに千別きて 
 天降し依さし奉りき 
 
 此く依さし奉りし四方の國中と 
 大倭日高見國を安國と定め奉りて 
 下つ磐根に宮柱太敷き立て 
 高天原に千木高知りて 
 皇御孫命の瑞の御殿仕へ奉りて 
 天の御蔭 日の御蔭と隠り坐して 
 安國と平けく知ろし食さむ國中に
 成り出でむ天の益人等が
 過ち犯しけむ種種の罪事は 
 天つ罪 國つ罪 許許太久の罪出でむ 
 此く出でば 天つ宮事以ちて 
 天つ金木を本打ち切り 末打ち断ちて 
 千座の置座に置き足らはして 
 天つ菅麻を 本刈り断ち 末刈り切りて 
 八針に取り辟きて 天つ祝詞の太祝詞を宣れ 
 此く宣らば 
 天つ神は天の磐門を押し披きて 
 天の八重雲を伊頭の千別きに千別きて聞こし食さむ 
 國つ神は高山の末 短山の末に上り坐して 
 高山の伊褒理 短山の伊褒理を掻き別けて聞こし食さむ
 此く聞こし食してば 罪と言ふ罪は在らじと 
 科戸の風の天の八重雲を吹き放つ事の如く 
 朝の御霧 夕の御霧を 
 朝風 夕風の吹き払ふ事の如く 
 大津辺に居る大船を 
 舳解き放ち 艫解き放ちて 
 大海原に押し放つ事の如く 
 彼方の繁木が本を 
 焼鎌の敏鎌以ちて 打ち掃ふ事の如く 
 遺る罪は在らじと 祓へ給ひ清め給ふ事を 
 高山の末 短山の末より 
 佐久那太理に落ち多岐つ 
 速川の瀬に坐す瀬織津比賣と言ふ神 
 大海原に持ち出でなむ 
 此く持ち出で往なば 
 荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の
 八百會に坐す速開都比賣と言ふ神 
 持ち加加呑みてむ 
 此く加加呑みてば 
 気吹戸に坐す気吹戸主と言ふ神 
 底國に気吹き放ちてむ 此く気吹き放ちてば 
 根國 底國に坐す速佐須良比賣と言ふ神 
 持ち佐須良ひ失ひてむ 
 此く佐須良ひ失ひてば 
 罪と言ふ罪は在らじと 
 祓へ給ひ清め給ふ事を
 天つ神 國つ神 八百萬神等共に 
 聞こし食せと白す
 
大祓の祝詞は、中臣祝詞とも中臣祓ともいわれる。
が、藤原氏は中臣氏の別れ
であることは、忘れられがちである。
藤原氏長者とは、一族の長であるとともに、氏神の祭祀者でもある。
氏長者は、一族のうちで最も官位の高い者とされる。
しかし、藤氏長者については、
何代かに一度、特殊な能力を持つ者が選ばれた。

二条関白は、その一人だった。

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