隠れた名店を探し求めているグルメの方々へ捧ぐ
久しぶりに母が仕事で関東に来るという。
我が母は、何かに取り憑かれているんじゃないか、というくらい、人と同じものを嫌う。いつでも自分の知らないものや変わったものを求めている、いわば「変わったものハンター」なのである。今回も、夕食の店を決めるにあたって、何が食べたい、と聞くと例に漏れず「変わったもの!!!」との返答が返ってきた。
美味しいものではなく、変わったもの。いつも思うが何とも難しい注文で、「ここはどうか」と王道なイタリアンやらフレンチやらを提案すると、大概「こっちはどう!?」とへんてこりんな店を提案してくる。そのおかげで、私は母が実家から遠征して来るたび、やれ丸の内の変わった店、やれ上野の変わった店を血眼で探しまくる羽目になるのである。
とりあえずGoogleで「変わった料理 川崎」と検索すると、ケバブやら中華料理屋に混じって、一軒のペルー料理店がヒットした。ペルー料理?全くもって味の見当がつかない。南米にある、ということがかろうじて分かるだけで世界観もよく分からない。謎に満ちている。これは気に入るだろう、ということで今回はこのお店に母を連れて行くことにした。
神奈川県川崎市のロモサルタード(ご飯付き)
題名は「孤独のグルメ」風だ。もっとも、主人公五郎の言うところの「こういうのでいいんだよ こういうので」の感じとは対極にあるような風変わりな料理名だが、そこはご愛嬌。
店に入ると、所狭しと飾られたペルーの織物や写真、お皿の数々。なんだかここにいるだけで海外旅行に来たような気分を味わえる。
メニューを見て、何を食べるかしばし熟考。しかし、味の想像がさっぱりつかない。ご親切にもお店の人気メニューには、写真にグッドマークがついているようなのでそこから食べたいものを選んでいくことにした。
頼んだのは、セビーチェ、アンティクーチョス(ハーフ)、ロモサルタード(ご飯付き)、アロスコンパトの4品。
ドリンクはピスコとインカコーラをチョイス。ここでも母の「普段は飲めないような変わったものを頼む!」変わったものハンター癖は炸裂し、ついに頼んだもの全ての味の想像がつかないというカオスな注文になった。
ドリンクが来て、「乾杯はペルーでなんていうんだろうねえ!」などと母がソワソワしていると、ドリンクを運んできてくれたお姉さんが
「乾杯はスペイン語で、salut(サルー)と言うんですよ!ちなみにこのお酒、すっごく飲みやすいんですけど、アルコール度数は40度もあるので気をつけて飲んでくださいね〜」
「このコーラはペルーで一番人気なんです!ペルーではコカ・コーラよりずっとずっと人気があるんですよ」
とあれこれ教えてくれた。未知のものだけに、こういう気遣いはとても嬉しい。
そうこうしているうちに、料理も続々と運ばれてくる。
セビーチェだけは聞き馴染みのある…とまではいかないが、聞いたことのある料理だ。言うなればペルー風カルパッチョ。ペルーは日本と同じく、世界でも珍しい「魚を生食する国」なのだそうだ。
お魚は、レモン果汁で身がキュッとしまっていて美味しい。ハーブなんかもたくさん入っていて、少しスパイシー。タイやベトナムあたりの東南アジアっぽい、クセになってしまうような味。
そして、これがお店一番人気!とメニュー表で推されていた、ロモサルタード(ご飯付き)。なんだかビジュアルも新鮮だ。牛肉とじゃがいも、ではなく牛肉とフライドポテトの炒め物なのだ。
普段は、王道のサイドメニューとして絶対的な権威を放っているフライドポテトも、こうなるとなんだか表情が違って見える。フライドポテト本人は自らの揚げたてアイデンティティを奪われて不本意じゃないんだろうか、と思いつつ、口に運ぶと、これがなかなかに美味しい。
オイスターソースっぽい、コクがあってじんわりと旨味が口内に伝播してくるこの味。そして、何口か食べていて、これは、じゃがいもではなくフライドポテトだからこそ成し得るオイル独特のコクだということに気づいた。言われてみれば、酢豚だって具材を揚げてから、ねっとりとしたタレに絡めている。揚げてから、和える。この王道の旨さは国境を越えるらしい。
アイデンティティを奪われたかわいそうな食材だと思ってごめんね、フライドポテト。
陽気なおねえさんとペルー料理の「美味しさ」
実は先ほどペルー流乾杯を教えてくれたおねえさん、実はこのお店の娘さんなのだという。キッチンで料理を作ってくれているのはお母さんとお父さんだと。何もかもとても美味しかった、と伝えると嬉しそうにお話をしてくれた。
その中でも特に印象に残っているのが、
「ペルーの料理って、どことなくいろんな国の料理に似てませんか?だから、色んな国籍の方が来ても、これはうちの国の何とかみたいだ、って親しみを持てるらしいんです。さっき食べていただいたロモサルタードも以前、フィリピンの方が、母国にもこれと似たような料理があるっておっしゃってました。」
という言葉だ。
言われてみると、セビーチェを食べたときには「なんだか東南アジアっぽい」と感じたし、アロスコンパトを食べたときに「なんだかインドっぽい」と感じた。この既視感が、色んな国籍の人々に一種の「懐かしさ」を呼び起こさせる、ということなのだろうか。
確かに、幼少期に好きだった、祖母お手製のイカと大根の煮物のような、冴えないけれど「懐かしい」食べ物には、キャビアやらトリュフやらが乗った高級なフレンチにはない美味しさがあるような気がする。
「美味しさ」は一種の「懐かしさ」や、かつての自分の記憶と強く結びついているのか。ペルー料理の美味しさは単なる旨味ではなく、そんなエッセンスからも「美味しい」を感じさせるということか。深い。深すぎる。ペルー料理恐るべし。
ペルーはすごい国で、このお店は名店だった
なんとこのお店、地元でしっぽりと愛されている系かと思いきや、BRUTUSや地球の歩き方BOOKにも掲載されたことがあり、果ては朝のTV番組「ラヴィット!」でも紹介されたことがあるという。知る人ぞ知る名店だった。
しかも、ペルーという国は、旅行業界で優れたサービスや観光地に贈られる「World Travel Awards2023」「World’s Leading Culinary Destination(世界で最も美食を楽しめる国)」部門で11年連続最優秀賞に選ばれるほどもともと美食を誇る国らしい。
たくさんお話も聞かせていただき、お客さんも増えてきたのでぼちぼち退店。
ありがとうございました!
多幸感と余韻に浸りながら、母と店の階段を下りながらしみじみと「美味しかったねえ」と言い合う。値段が阿呆みたいに高かったり、SNSでバズっている、といったステータス要素でなく、出た後の多幸感やら余韻といった感情を与えてくれるお店というのは本当にいいお店だなあ。
まあ、こんな素敵な名店に出会えたのだから、母の「変わったものハンター」の特性もたまには役に立つのかもしれない、などと、40度のお酒でふわふわとした頭で考えていると、
「次はどこの料理を食べに行こうか!!」と母が息巻く。
訂正。次は自分で調べてくれ〜!
▶︎▶︎information
【店名】アルコイリス
【所在地】〒212-0012 神奈川県川崎市幸区中幸町3-32-4 アネックス・プラザ川崎 1F
【電話番号】044-541-4572
Instagramhttps://www.instagram.com › arco_i...ARCO IRIS 川崎店 (@arco_iris_kawasaki)