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”普通”という言葉が以前よりも気楽に使えなくなってきている気がする現代

つい「普通はさー」とか、「普通こうだよね?」とか、これまでは当たり前に”普通”という言葉を使ってきました。でも、近頃はついつい出た”普通”という言葉を口にした後に「あっ、また”普通”と言ってしまったけど・・・」とすぐに言い訳めいたことを言ってしまう自分に気づきました。

現代社会においては、この”普通”という言葉の定義が非常に難しくなっていると思います。何でも平等でなければいけないというような方向性に世の中が進んでいる今、”普通”と”普通ではない”を区別・差別してはいけないという風に強烈に感じることが多くなったせいかもしれません。

じゃあ、何が”普通”で何が”普通ではない”のかを明確に説明せよ!ともし言われても、正直分かりません。あくまでも漠然としたイメージで使ってきた”普通”という言葉なので。

「恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール〜」というドラマの中でも、獅子王がイズミに告白された時「ごめんなさい。自分は”普通”じゃないんです」と口にする場面がありました。

この場合は、獅子王は男だけれど想い人は男である森生。つまり、自分は女性を好きにならないLGBTであることを告げたわけですが「男が女を好きになるor女が男を好きになる=”普通”」で「男が男を好きになるor女が女を好きになる=”普通ではない”」という考え方はこれからの社会においては、それこそ”普通”ではなくなっていくと思うと、この獅子王の「”普通”じゃないんです」というセリフの”普通”の意味も捉え方が難しくなりますよね。

例えば身近にも発達障害の子供たちが増えていて、つい「やっぱり”普通”の子とは違うところがあるよねー」なんて言ってしまったとすれば、これは差別になるわけで、本当に悩ましいところです。

加賀まりこさんがパートナーのお子さんが自閉症で、たまに大きな声を出したりしてしまうことに対して「発達障害も一つの個性と思ってもらえるとありがたい」というようなことをおっしゃった記事を見かけましたが、確かにそう思って接することができれば何かが着実に変化していくのかもしれないし、”普通”と”普通ではない”という区別の概念が無くなっていくのかもしれませんね。

ちなみに辞書で”普通”とは?
「特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること。また、そのさま。」

意味を読んでみたら、ますます”普通”という言葉自体難しく感じてしまいました。言葉は生きている・・・”普通”という言葉の意味はここからどこへ向かうのでしょう。

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