北畠顕家論
当然ながら、現代から時間的に遠い人物であればある
ほど、その人がどんな人物であったかを示す「物証」が
少なくなる。数少ない物証から推測あるいは想像せざるを
得なくなる。そういう前提で北畠顕家論を展開してみる。
北畠顕家は大いなる矛盾を内包した人物であった。
北畠顕家が理想とした国家は「あらゆる物事が整然として
いる世界」だった。その一例として、人々は「主君には
従う」という信条を持つべきだと考えていた。
しかし現実の主君(=後醍醐天皇)に従っているだけで、
その理想的な国家は実現するんだろうか? そんな矛盾が
噴出したのが「北畠顕家上奏文」だったのではないだろう
か。
北畠顕家はいろんな魅力を持った人物であったと思う。
はじめは「中国大返しを上回るスピードの行軍」に
驚いたりしたが、ではどうしてそのスピードが必要
だったのか…なぜ足利尊氏を倒さなければならなかった
のか…なぜ後醍醐天皇を裏切れなかったのか…と考えて
いくと、結局は上奏文に行き着くのだ。
北畠顕家の全ての言動には、そんな理想国家を求め、
それゆえに内包してしまった矛盾が影を落としていた
のではないか。そうやって「逃げ上手の若君」を見る
のも楽しい。来年のTVアニメ化も今から待ち遠しい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?