仮面ライダーはもうしない
小学校2年生の頃
結論から話すと、また先生に怒られたエピソードだ。
でも言い訳をさせてほしい。そんなお話。
T君という同じクラスの友達がいた。当時の彼は仮面ライダーアギトに登場する、ギルスというキャラクターの真似をことあるごとにしていた。
T君はとにかくギルスとして叫び声ともうめき声ともとれるような音をあげた。そのボリュームも凄まじく、耳をつんざく怒声にも感じられた。T君はきっと家庭で何かイヤなことがあったのかもしれない。
もちろん、ごっこ遊びがまだまだ健在なお年頃だったので、こうした真似はウケ狙いではなく「なりきっている方」だ。
僕は仮面ライダーも見ていなかったし、当然ギルスも知らなかった。
でも「戦いごっこ(弱々しくパンチするフリとか、ビームを放つフリとか)」なるものは遊ぶ気になれたので、時々T君がギルスに豹変した際には、温かい気持ちで戦いごっこに臨んでいた。T君の家庭は大丈夫だろうか。
そんなある日、事件は起きた。
五時間目の授業が体育だったので、僕はお昼休みから体育着に着替えて、通常より長く校庭で遊んでいられるという法の抜け道を利用していた。
T君も、どこかで心の殻を突き破ったようで、同じ抜け道を使って二人で校庭にいた。
お昼休みも終わり近くなり、ちらほらと他の児童は校舎に戻った頃。
僕らは物置の上にいた。物置、といっても縦4メートル横2メートル近くはある大きな物置だからビクともしない。
もちろん、物置の上に乗っちゃダメだという認識もあったものの、体育が始まる前に降りていれば良いか、くらいに考えていた。
僕とT君は物置の上でいつものように戦いごっこを始めた。(僕らの戦いごっこはあまり動かない。演出重視で、相手の技を受けた上で、自分の技を貫くストロングスタイルだ。)
僕もT君も、落ちたら危ないことは重々分かっているつもりで戦いに興じていた。T君演じるギルスは悪役だったらしく、屈するように座り込み、立ってる僕が上からT君の肩を掴むような形になった。
その時、
校舎の窓から担任の男性教師が僕らに向かって叫んだ。
叫び声に気づいた僕らは硬直して、先生の言葉に耳を傾けた。
「何をしているんだ!今すぐこっちにきなさい!」
僕らの楽しい時間が終わり、楽しくない時間が始まる。
二人でしょんぼりしつつ、先生が窓から顔を出していた放送室に入ると、当然先生は怒っていたし、物置に乗っていることを咎められた。
しかし、先生の怒りポイントはそこではなかったらしい。
「キミは物置の上のあんな危ないところで、T君の首を絞めていた」
僕は驚愕した。絶対に首は絞めてない。
けれども、当該先生は問題児の言葉に耳を貸そうとはしなかった。
そして先生の下した判決は、僕らに反省文を書かせて、クラスの前で読ませること。しかも僕の内容には首を絞めた事実も記載しなければならない。今考えると「でっちあげ取調調書」だ。
教室のみんなは体育が中止と分かり、私服のまま。僕らは体育着で、悔しさと恥ずかしさで涙ぐみながら反省文を読み上げた。
僕は有罪を認めるが、罪状はT君と同等でありたかった。学校という閉鎖された社会の中では、しばしば権力を振りかざした一方的な裁定が下されることを痛感した。
その一件が終わると、次の日からT君はギルスに変身しなくなった。きっと家庭の問題も収束したのかもしれない。
僕はその先生にとても嫌悪感を持つようになったし、同時にこうも思った。
仮面ライダーはもうしない。