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それは奏でない

革靴を履いたのは三回
靴紐が解けたことは一度もない

電車に乗ったのは行き帰りで二回
通勤をしたことは一度もない

料理をした夜は八十四回
空腹以外を満たしたことは一度もない

窓を開けたのは百五回
明日の天気を案じたことは一度もない

琴線に触れたのは十九回
新鮮な言葉を奏でたことは一度もない


流れる血液が食べ物で変わるなら
流れる言葉が生活で変わって


やせ細った水路の中で狭い空を見上げたのは百七回
雨が降っても渇きを忘れたことは一度もない


あしたじゃなくてもいい
いつか水路から出られたら
ここで生まれた言葉をもう一度さがしにきて

新しい川に放流したい

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