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僕にとって

朝、いつもより二時間時間早く起きた。

予定ではまだ一時間眠れるので、ベッドからソファに移動してもう一度寝た。

一時間後に約束したアラームが鳴る。

ぼんやりとしたまま、アラームを止めようと考えながら体を起こすと、彼女が早めのアラームにパニクっていた。

微睡んで布団から出ない同居人をよそにして僕は淡々と支度を始めた。

先週ネットで買った半袖シャツ着て、ヘアワックスをつけた。今の髪は中途半端な長さだけど、久しぶりのセットも上手くできた。

玄関では靴に迷った。お気に入りの革靴を履いてみたけど、今日の装いには少し合わなかった。

とりあえず起きただけの彼女がやってきて、結局はスニーカーを履くことにした。

家を出る間際、姿見に映った僕に目をやった。どことなく頼りなくて、外行きにどうにか完成させてもらったような僕が映ってた。

暑い。

暑くて、とても懐かしい。

夏だって毎年やってくるのにね。


バスの高さで流れる車窓の景色。

みんなが集まって一定の速度で降りる駅の階段。

車両の入り口で左右を見てポジションを探した。

発車ベルが鳴る。地下鉄特有の何重にも跳ね返ってくる軋音が、明け放った窓からどんどん入ってくる。

うるさいほどの大きな音なのに、なぜか集中力が研ぎ澄まされる気分になる理由は解明していない。

乗り換えには意外にもすんなり対応できた。それもそうかと。たった四ヶ月弱なのだ。

永田町のエスカレーターは工事が終わって綺麗になっていた。


オフィスは夏休みの校舎を訪れたときのように静かだった。平時ならフロアに三百人近くいたが、今やその二割ほどだろうか。


ここでよく食べたデイリーヤマザキの味。休憩に入るのが遅くなったけど、オフィスから少し歩いて夕方のレインボーブリッジを遠目に眺めながら食べた。

ほのかに潮が薫った。


東京の生活ではこんなありふれたことが僕を支えていた。

帰りの電車に揺られながら想像した。

思いつく言葉を次々と湖に浮かべては、掬って、無心でそれを繰り返した。


あっという間に最寄り駅に帰ってきて、気がついた。

僕は見失って、縮こまって、怯えて、見上げて、進もうとして、形になりかけて、そして今日がきて。


どこかに行ったのだと思ってた。

もういなくなったのだと考えてた。

それが、このありふれた通り道のなかで、

数え切れないほどの僕がいた。


なんだ、こんなところにいたのか。

エスカレーターを上る途中で涙が滲んできた。青暗い空がぼやけて、街灯の明かりが星のように煌めいて見えた。


これまでに落ち込んで、立ち直って、あの時よりほんの少しだけ前に進んで、だから僕は今ここにいられるわけで。

僕は道端に落ちてた僕を出来るだけ丁寧に拾い集めて、帰宅した。

ただいま。

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