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[書評] 人口戦略法案 人口減少を止める方策はあるのか 著:山崎史郎


近年、少子高齢化が進み人口減少が問題となっている。例えば社会保障費増大による現役世代の負担増加や物流界においては2024年問題が生じたりと日本が抱えるあらゆる課題に人口問題は深く密接している。

本書はそんな人口減少に対する認識を共有し、対策案を打ち出すべく、元厚生労働省出身で介護保険の立案や若者雇用対策、少子化対策、地方創成などに携わった山崎史郎さんによる小説仕立ての本である。小説であるため登場人物やストーリーはフィクションであるが、人口をめぐる歴史や現状、将来推計、結婚・出産・子育ての問題状況、日本や諸外国の政策・制度の動向など、この物語の素材となっているデータはすべて資料や文献に基づく事実であり、大変説得力のある内容となっている。

私自身以前の認識としては、人口が減少して高齢化が進むことで若者世代の負担が増える、労働力不足によって売り手市場になるため優秀な人材は取り合いになるくらいの認識であったが、本書を読んで日本は今後取り返せないほど国力が低下していくのではないかと中々不安になる内容であった。

現状

2024年10月段階で日本の総人口は1億2379万人で前年に比べて56万人減少。
2023年の出生数は72.7万人で前年に比べて5.6%減少。
また1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の指標となる「合計特殊出生率」は1.20と過去最低、東京都に関しては全国の都道府県の中で最も低い0.99で1を下回った。

このような出生率が低下している原因は
①結婚行動としての晩婚化・非婚化×②出生行動としての晩産化・少産化
である。

①に関する理由としては
・高度成長による豊かな社会によって従来の結婚に関する社会的規範や性別役割分業規範が弛緩していったこと
・女性の高学歴化や雇用機会の拡大、社会進出が未婚女性の経済的自立性を高め、結婚の先送り化を可能にしたこと
・不安定雇用の若者が増大、また家族主義的、権威主義的で男女平等意識が弱いこと(これにより学卒後も親に基本的生活を依存する独身者が増加)
が挙げられる。

そして①の晩婚化はそのまま晩産化へと直結し、子どもに恵まれなかったり、高齢出産を回忌することにより②の晩産化・少産化へとつながる。

また経済面の問題として年収の壁により非正規雇用者が結婚をためらう事態が発生している。近年、共働きの家庭が増えているため年収の壁はクリアされそうだが、離職期間中の「賃金の損失」、「キャリアアップの機会の喪失」という損失を避けるために出産を抑制する傾向も見られるという。

理想

本書では「1億人国家」シナリオを掲げている。なぜ1億人を保つ必要があるのか。人口が6000万人、5000万人になっても各個人が幸福だと感じる生活が出来ているのであればそれで良いのではないかと考えるし、一人当たりの生産性を向上させることで経済大国としての国力を保てるのではないかと。

しかし、ここで問題となるのは単なる総人口ではなく、極めて高い高齢化率である。このnoteを執筆している2024年の段階で高齢化率(65歳以上が占める割合)は29.3%であり、現在の状況が続けば高齢化率は2050年には35.7%と驚異的な数字となる。こうなるとこれから生まれてくる世代にとって、将来に対する閉塞感、やるせなさの不満の矛先は高齢者世代に向かってしまい世代間対立、そして民主主義システムの崩壊する起こる可能性がある。

そこで世代と世代の連携を強めるために、現代に生きる我々は今生きている子供たち、そしてこれから日本に生まれてきてくれる子供たちへの「未来への投資」を行う必要がある。そこで本書で案として登場するのが子ども保険である。

子ども保険

現在の育休制度は雇用保険制度内で成立するものであるため、専業主婦や自営業の方、また出産後に退職される方は対象外であった。そこで子ども保険では「親の就業の有無や形態を問わず、すべての子供を支援対象とする」をコンセプトとして掲げている。つまり社会全体の親世代で連携して費用を支え合い、真の受益者である未来の子ども達への普遍的な投資を行うものだ。

簡易的な内容としては保険制度として安定財源を確保することにより出産手当、育児手当、児童手当を現在よりも格段に充実させることを目指す。

そもそもなぜここまで手遅れの状況になってしまったのか、大きく分けると3つ考えられる。
①戦前の「産めよ、殖やせよ」の政策への反省により、妊娠・出産に政府が関与することがタブー視された
②政府全体の力点が高齢化対策の方に置かれ、少子化対策は後回しとなった
③東京圏への一極集中

特に③について詳しく見ていく。

東京一極集中による人口減少

日本の人口移動には3つの段階があり
①都道府県庁所在地への移動 ②政令指定都市への移動 ③東京圏への移動
が挙げられる。
つまり大学進学・就職、また東京への憧れや地元に対する閉塞感などの意識から最終的な選択先が東京になり、現在20代から30代の女性の約3分の1が東京に住んでいるというのだ。しかし東京はご存じの通り、待機児童の問題や自然の少ない地域であるため子育てには向いていない所であるため、地方創成が大きなカギを握る。

地方→東京進出を阻止する取り組み
・地方大学の強化(産学官連携による研究開発拠点の発足)
・地元企業を知ってもらう取り組み(BtoB企業による地方創成インターンシップ)
・ふるさと教育(フィールドスタディ、地域づくり)

東京→地方を促進する取り組み
・学生時代の農山漁村体験、地域留学
・2地域居住・多拠点移住のためのテレワーク導入、兼業・副業促進
・企業本社機能の地域移転
・多様なライフコース・モデル地域構想を可能とする社会システムづくり

上記のような取り組みを通じて、まずは若者に地方に興味を持ってもらうことが重要である。親が地方出身で子どもが上京する場合は、将来的にUターンで地元に回帰する可能性はあるが、親が東京圏出身の場合、子どもにとって地方との接点は中々形成されないため、そのまた子どもも東京で生まれ育ち、ますます東京一極集中が続いてしまうだろう。

ここで子ども保険は
・結婚し、出産を希望しているが、仕事と育児の両立が難しい、特に共働きのケース(A)
にアプローチできる対策である。一方で
・結婚したいが、出会いの機会に恵まれないケース(B)
・出産を希望しているが、妊娠に結びつかないケース(C)
も同時にアプローチすることが出生率の底上げに重要になる。

(B)に対しては地方自治体による実際、2024年9月には東京が提供するAIマッチングシステムが誕生した。(こんなところに税金を使うな!というSNSの声が散見されたが)私自身は東京都が運営しているというだけでも、本気で結婚した男女にとってはそうでない男女をスクリーニングできるという点で一定の効果はあるようにも思える。しかしまだまだ始まったばかりなので今後に期待したいとしか言えない。

(C)に対しては妊娠・出産に関する知っておくべき情報を若いうちに知っておくべきという観点から「不妊治療・ライフプラン」が提案されている。
・医療保険適用や国の助成措置などによる経済的な不妊治療の支援
・将来の妊娠に備えた健康・生活面の相談支援やAMH検査の利用の促進(プレコンセプションケア)


移民問題

クルド人問題でも最近話題となっている移民(自分の通常の居住地から少なくとも1年間、他国に移動して居住する人)問題。人口減少で労働力不足となった現場に移民が入ることで経済発展を促すものだが、これにはデメリットが非常に大きい。
・治安悪化による犯罪の増加
・参政権を認めた際の、政治への影響
・在留を認めたのちに帰国させるのが非常に困難であり、後戻りできない
等が挙げられる

現在の日本の移民の割合は2%ほどだが、1億人国家を実現するために移民を受け入れると2110年時点では移民が占める割合が2割となり、現在のカナダ並みの水準となる。
また2019年からは「特定技能」と呼ばれる在留資格が創設され、一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材について実質的な移民が認められるようになった。

諸外国を例にとると欧州は戦後に移民を大量に受け入れ、民族構成が大きく変わりつつある。例えばドイツでは2015年にメルケル首相が大規模な難民受け入れ宣言をし1年間に100万人近い難民がドイツに流入した。しかしその結果、反イスラムを掲げる極右政党のAfDが台頭し、政治的影響を及ぼしている。
また移民比率が20%を超え、多国籍国家であるカナダでは2024年の10月、住宅や社会サービスの逼迫状況の緩和のため、移民の受け入れ数を抑制、これあでの計画と比較し約2割減少する。



感想

本書では国民一人一人が問題意識を共有することが最も大切だと述べられており、その意味では本書では網羅的に現状に対する課題分析を行っており、私自身も大変な危機感を感じた。いかに人口問題が複合的な要素が絡み合って結果生じているものなのか、また単発的な施策では根本的な解決にはならないことを痛感した。なあなあと後回しにされがちな問題であるが、SNSや周りの友人達を見ていても結婚し、子供を持ちたい若者はまだまだ大勢いるように感じる。そのような願いに対して国に任せっきりにせず、自分事として本問題を捉えられるか、そしてその問題が国民全体で真の意味で共有され、世論となって政治を動かせる力になるとき、必ず日本は今よりも良い方向に進むことになると信じている。本書が出版された2021年からすでに3年が経過した現在、ますます問題が深刻化するなか、この現状を一人でも多くの若者が認識していけるよう本書を周りの友人にも薦めてみようと思う。


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