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ギャグ/4コマ漫画千冊 326〜329冊目 『坂本ですが?』 佐野菜見 全4巻 感想
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作者の佐野菜見(さの なみ)さんは私と同い年で、タメの人が作ったものというのはなぜか気になるようだ。『坂本ですが?』というタイトルは知ってはいたが、2023年に佐野さんの訃報をどこかのメディアで目にしたときに、「『坂本ですが?』の作者か、しかも同い年じゃないか。なんて早世なんだろう」と哀悼の意を抱き、いつか『坂本ですが?』を読んでみようと思っていたので、この機会に手に取った。
このマンガは、男子高校生版メリー・ポピンズなのかなと思う。
子どもたちにとっての理想の乳母メリー・ポピンズがロンドンの桜通りのバンクス家にやってきて、 何をやっても完璧な彼女は子どもたちを素敵な世界へと誘う、いうのが『メリー・ポピンズ』だったかなと思いますが。
『坂本ですが?』はというと、誰にとっても魅力的な高校生坂本が県立学文高校の1年2組にやってくる。何をやってもスタイリッシュで完璧を飛び越えて無敵な彼は、同級生のみならず先輩、不良、教師、同級生の母、街の人びと、小学生、犬、スズメたちを優雅な世界へと誘う。そしてMr. クーレストである彼は、日常における子供らしい遊び心の大切さ、他者への思いやり、何事にも真剣に取り組むことの重要さを一挙手一投足でもって伝えてくれる。彼と接した人はみな、魔法をかけられたように惹きつけられてしまう。
彼の挙動はホントに魔法みたいです。秘技を持っていますしね。たとえば、甘い反抗期(ガムシロ・レジスタンス)、反復横飛び(レペテイシヨン・サイドステップ)など。ガムシロ・レジスタンスは、ハンバーガーショップにあるガムシロの中身を飛ばして、ヤンキーの目にかける技ですが、もちろんスタイリッシュにやって見せてくれますね。レペテイシヨン・サイドステップは風を起こせそうなくらい高速な反復横飛びのことです。
また、歩道橋でパントマイムをしたり、ゲーセンのワニワニパニックでバッハかなにかを弾いたり、子供のために善意で公園のシーソーのバランスを調整したり、スーパーの試食コーナーを巡回し食品売り場のマーケティングをしたりと奇行を行っても、それを見かけた人を感心させてしまう。
4巻の表紙裏に描かれているイラストは、たくさんの坂本が直立不動で宙に立っていますが、これを見た時メリー・ポピンズの傘を持って宙に浮いているイメージを私はパッと思い出しました。それで、坂本はメリー・ポピンズなんではないかと思った次第です。
あと、読んでいて気づいたのが、明確なツッコミもその役もないですよね。そうであることによって、坂本の魔法が解けずに、ファンタスティックな世界が維持されるようになっているんでしょうね。ツッコミが入ると、笑いが起きもするんですが、読者は現実に引き戻され、夢から醒めてしまうことになる。そうなると、ノリについて行くというか、その世界に浸るのが難しくなってきて、坂本の挙動を不審に思い、受け入れられなくなるのでは。坂本という浮いた存在とツッコミの不在によって、読者を現実に着地させないで、作品に不思議な空気感を漂よわす。クール、クーラー、クーレストですね。
とまあ、なんとも言い表せない読後感でした。なんでしょうね、似たギャグマンガが思い付きません。大笑いすることは一度もなかったけれども、しみじみと面白いのが不思議です。私も魔法にかけられていたのかもしれません。いい体験ができました。
あと、ここまできて正直に言いますが、『メリー・ポピンズ』をしっかり観たことがありません。よく語られる『メリー・ポピンズ』のあらすじだけが頭に入っており、それと 『坂本ですが?』が似ていると思いここまで語ってきました。もしかしたら、子供の頃に『メリー・ポピンズ』を観たのかもしれないが、記憶に残っていません。不確かですが?