ふりだしにもどる

親に風俗がバレた。週刊誌での連載の話も、たくさんお世話になったソープとデリの在籍も、私を支えてくれたお客さんの連絡先も、潰さざるを得なかった。毎日売春婦と罵られ、そんな母をどこか他人事のように見ていた私は淡々と逃げるために必要な手続きを進めた。

警察、学生相談所、教授。母がいうところの、ありとあらゆる「まともな大人」に助けを求めた。大学の友達に頭を下げてお金を借り、物件も借りる。

感情を何処かに置いてきたかのように、私は淡々とするべきことをひとつひとつ進めた。物件が決まってから私は体調を崩した。珍しく私にしては考えることから逃げていた。

大学4年間逃げ切れるつもりでいた。今までと同じように。愛していたからこそ、両親にとって可愛い娘としてのペルソナを被った私は、そうでない自分のことは一生墓場まで隠し通していくつもりだった。

「なんでそんな必要がないのに体を売るの?」そう罵る母に、私が体を売ってでも守りたかったものがあるだなんて想像もつかないだろう。

母は売春は人間の尊厳を明け渡す行為だという。客が、包摂してもらえなかった自分自身をなんとか受け入れて貰いたくて、そうやって縋る最後の砦であるかもしれないなんてことは、あるいは女の子の方が、自分の性的決定権以上という尊厳以上に、守りたかったものがあるかもしれないなんてことは、彼女には一生わからないままなんだろう。

この業界は男にとっても女にとっても最後の砦として機能している側面がある。最後の砦まで追い込まれたことのない人間に、13歳の時に何があったかわからない人間に、本当のことなんて何も知らないあなたに、何も言う資格はない。

決して褒められた方法ではなかったかもしれないけど、私はあの頃から自分をなんとかして必死に支えてきた。だからこそ、恵まれてる、と言われるのが本当に嫌だった。あなたは恵まれているんだから、そうやって何かを私から剥ぎとろうとするのはいつも母だった。

未だにまだ迷っている。確かに私は恵まれているから、明日のご飯に困ったことなんて一度もないから、確かに今私は愛されているから、今持てるものを全部手放したら、きっと私は自分が想像したこともないような苦難に直面したりするのだろう。その時「ああ守られて生きることを選べばよかった」なんて、絶対に後悔しないなんて、断言出来ない。

それでも、私は明日も私として生きていきたいのだ。

だから、仕方ない。全部捨てて、ふりだしにもどる。
最愛の人とさようならをして、ふりだしからはじめる。



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