生活
いろんなことがあって、1ヶ月ぶりに彼に会った。
前日の夜、母親が「明日は雨で、今年1番の寒さらしいよ」なんて言うから、きっと彼がめんどくさがってなんもしないだろうことは最初から予想がついていた。
彼の家の前に着いた時には気温は4度、当然のように彼は布団からまだ出てきていなかった。
あまりに寒かったので、約束の時間よりも早く、無理に彼に鬼電をかけておこし、無理に家に入った。今日洗濯物当番の彼は、洗濯物が濡れてしまって機嫌が悪い。ベットルームで永遠に除湿を掛けているせいで、寒すぎてリビングの自分の定位置から全然動かない。活動する気も起きないのか、据え膳を食わないことのない彼が手すら出してこない。ずっと毛布にくるまっている。動かない。何かのいきものみたいだ。
最近の彼は寝てばかりいる、特に財布を無くしてからのこの半月は本当に永遠に寝ていた。
「リモコンとって」
もう完全に私に甘え切っている彼は全く毛布から出てこない。U-NEXTを開いてこんな寒い中でもホラー映画を見ようとするが、見たいものがなかったらしい。「好きなもの見ていいよ」とリモコンを手渡された。これはもう意地でもナイト・オン・ザ・プラネットを見るしかない。ウィノナ・ライダーを片目に、ふと彼を覗き込んだらすやすやと寝ていた。寒くて毛布に縮こまりながらすやすやしている彼を見ているのがとても心地よくて、映画はそっちのけで彼に見惚れていたら、多分目線で彼が起きてしまった。寝ぼけながらも照れてニコッと笑う彼がとても可愛かった。
ニューヨークのエピソードで、黒人の家族があのダウンタウン独特の英語で言い争っている場面が、英語のわからない彼にはうるさかったらしい。あと睡魔も限界だったのかもしれない。「凍え死んでも俺はあの部屋で寝る」そう言っていつもの如く私をベットまで引っ張っていった。どう考えても私を窒息死させようとしてるとしか思えない勢いで胸元に抱きしめる。そうやってまた一瞬で眠りに落ちる。女の子の前では永遠にカッコつける奴だったのにな、そう思って心の中で苦笑しながら私も眠りに落ちた。
次起きた時にはバカみたいにお腹が空いていた。全く起きる気のない彼に軽くキスをして外に出る。もうすっかり晴れていた。今夜は獅子座流星群だったはずだったけど、よく見えるだろうな。そんなことを考えながらファミチキを食べて少しだけ散歩した。空は真っ青で、とっても綺麗だった。
帰ってもまだ寝ていた。彼の寝顔は永遠に眺めていられるくらい好きだけど、流石に寂しくなってきて、「もう4時、4時だよ?!?!?ずっと寝てると帰っちゃうよ?!?!?構ってよう〜〜」と、彼の上に馬乗りになってベットを揺らした。彼は当然のようにまだ眠たそうだった。寝ぼけ声で「信頼してない女の子と2人で寝ないよ」と言ってくる。「そういえばいいと思ってるでしょ?」と聞いたら頷いてたから軽くビンタしておいた。
一通り騒いだ後に「私寝れないし時間の無駄だから向こうの部屋で論文読んでるね?」と論文を読みに行こうとしたら、腰を無理やり掴んで、ベットに引き戻された。
女の子として好かれてる自信なんてまるでない。ベットに引き戻すのすら、彼お得意のご機嫌取りだってわかってる。でも彼はああ見えて人一倍寂しがりだから、独りにはして欲しくないのも知ってるし、彼は好きじゃない人間のご機嫌は取らない。完全にちょろく丸め込まれた私は彼と「30分したら起きてご飯を食べに行く」という合意に至ってそのままベットにまた入った。
次起きたときは30分のアラームが鳴ったときだった、寝ぼけて薄らぼんやりしていたら、彼は私の上にぴょんと飛び乗って軽くキスをしてくれた。最初何が起こったのかわからなくて、びっくりしてしまった。それですっかり目が醒めた。気がついたら私のほっぺたは火照っていた。
寒すぎるので、2人でうつらうつらしながら駅前までタクシーに乗る。もう外はすっかり暗くなっていた。
彼が来るたびにいつもお寿司を食べたそうにしているので今日はもともとお寿司を奢る約束をしていた。
「人にご飯奢ってもらうの久しぶり」
今月ほとんど散財をしてなかったから、好きなだけ食べなと伝えた。にこにこしながらありとあらゆるものを頼み続ける彼。みるみるご機嫌になっていく。なんだかあからさますぎて、可愛くてしょうがなくて、笑ってしまった。
口いっぱいに頬張りながら食べる美味しそうな顔が好きだなと、泣きそうなぐらい愛おしかった。
なんならもうこのまま一生抱いてもらえなくてもいいななんて思ってしまった。彼のこんな様子が見れただけで、本当にもう何もかもどうでもよくなってしまった。こんな小さな幸せを、こんな大好きな人が今目の前で共有してくれているという事実だけで、こんな素直に喜ぶ彼の顔を見れただけで、私はお寿司なんか食べなくてももうおなかいっぱいだった。
おなかいっぱいでねむくなってふにゃふにゃ言っている彼をタクシー乗り場まで送る。
「また来てもいい?」彼は小学生みたいな気の抜けた顔で無言で頷いた。私は信頼されているのだろうか。
彼の乗ったタクシーが見えなくなるまで見つめていた。
今日はまだ早いけど、もう誰にも会わずに家に帰ろう。この幸せを絶対に溢さないように、家まで持って帰ろう。
おやすみなさい。