night on the planet
私は映画を見るのが得意じゃない。そもそもが忙しくてADHDの私は、2時間もジッとして映画に集中していられない。ましてや隣に人がいる時に、その人ではなく、映画を観ているという事実に耐えられない。だから特に好きな男と映画は観ないということに決めていた。
でも先週会った時、彼は珍しく、私に何がしたいかとか一切聞かず、行為が終わるとおもむろに画面の前に私を連れて行き、prime videoを開いた。
普段、他人に愛想ばかり見せている彼が、私が行くまで寝ていて、担当の女の子から回収できなかった貸した5万円や、さっきuber eatsで頼んだのに自分のミスでタピオカが入っていなかった甘いだけの飲み物やら、将来の不安や、そんなことで珍しく目に見えるほどグラついていて、小さく小さく私に甘えてくれた、その事実がすごく心地良かった。
珍しく私のご機嫌取りをしようとしない、ちょっと機嫌の悪い彼がどうしようもなく愛おしくて、私も画面の前に座った。
観た映画は本当にしょうもないやつ。まだ路上スカウトがたくさんいた時代の歌舞伎町でチンピラ同士がどうこうするようなやつ。彼は多分結構映画や映像作品を見るのが好きで、大体のものは観ている。これは確か彼が大好きな映画の続編で、シリーズの1が面白かったのにまだこの続編を観れていなかったのと、彼の趣味的にも絶対外さないだろうと思って私がリクエストした。
過剰にデフォルメされてコミカルに描かれたストーリーがなんだかアホくさくてケラケラ2人で笑った。後ろから抱きしめられるような格好で見ていた。彼の体温を背中に感じながら私はストーリに没頭していた。
初見じゃない彼は時々私にちょっかいをかけてきた。パーカーのフードを突然頭に被せてきたり、突然口の前に火もつけていないタバコを差し出されて、戸惑いつつも咥えようとしたらスッと離されたり。そういうひとつひとつがどうしようもなく嬉しくて、でもきっと彼は誰にでもそんなことするから、どうしようもなく悲しかった。
映画が終わった。「寝よ?」彼はそう言って突然ブツッと突然画面を切り、私の手を引いてベットに連れて行った。彼は普段不眠症の癖に、隣に女の子がいると一瞬で眠る。息苦しいから彼の顔が見えるくらいの距離を保っていたのに、彼は急にぱちっと目をあけると私を強引に彼の胸元に引き寄せた。そうしたら彼は一瞬で眠りに落ちてしまった。
彼の匂いでいっぱいすぎて、ドキドキして眠れないなんて思っていたのに、私も薄い酸素の中でいつの間にか意識を失っていた。次に目を開けたのはもう帰らなければいけない時間だった。
でもなんだか名残惜しくてずっと眠る彼の横顔を見つめていた。この人間が、自分が予想していたよりずっとずっと大切なものになってしまったことを自覚した。
だから昨晩彼女にして欲しいと言ってしまった。「彼女にしてくれる予定はありますか?」なんて、自分でもすごく可愛げがないななんて思った。きっとはぐらかされると、そう思っていた。ふわふわしていて、いつも空気みたいな人だから。
思ったよりも早く返信が来た。ひとめ見て彼の本心だとわかった。返事は言ってしまえば「今は無理」だった。でも、文字を割いて、彼なりに彼の本心を書いていた。女としてではなかったとしても、人間として大切にされている私の姿が、そのLINEの画面に映っていた。
もういいや。元詐欺師で滅多に本音を見せようとしない彼が自分にちゃんと向き合ってくれた、今はもう、それだけで十分だった。
今私は、買ってきた甘い桃のリキュールを飲んでいる。今多分人生のどん底にある彼に、私があげられるものはあるだろうか。わからない。多分静かに見守るしかできない。し、すべきでもない。けど、今までと同じように、彼の隣で静かに過ごしていきたいなと思った。クリープハイプを聴きながら、次会う時には、見たこともないジムジャームッシュ作品を、彼と観たいななんて思った。
多分彼にはnight on the planet は退屈な映画だろうと思う。でもそんな退屈を彼と共有できる人間でありたい。そのために、私は静かに自分の人生を歩いていよう。本を読んで、レポートを書いて、音楽を聴いて、仕事をして。ぐらついた彼の、安定した居場所であろう。
今は本当に、それだけでいい。