高級食パンブームの裏側
「もちもち」「ふわふわ」「しっとり」…ブームが続く高級食パンを評する言葉である。パンの年間支出額がコメを上回ったのは10年前(総務省「家計調査」)。日本のパン市場は、柔らかいパンが主流でハード系のパンは通好みと言われる。
伝統的な食生活が崩れたのは、1980年代。その頃、すでに食事における咀嚼(そしゃく)回数は、戦前の半分以下であった。うまく噛めない園児の問題も報道された。その後も、柔らかい食べ物を好む軟食化は進み、ガムも柔らかめの製品が登場する。咀嚼とは、奥歯で食べ物をすりつぶし、唾液と混ぜて嚥下(えんげ)しやすい塊にすること。顔・顎・舌の筋肉を複雑に動かす運動である。固いパンや赤身肉を好む欧米の食生活に比べて、日本食は柔らかい。もちろん、根菜類など歯応えのある食材も食べてきたが、最近では、敬遠する人も多い。
食生活の変化に加えて、高齢化の進展も軟食化が進む要因だ。現在、人口の約3割は、65歳以上。65歳〜74歳の人における「現在残っている歯の数」は、平均20・8本、75歳以上では15・7本である(親知らずの歯を除き本来は28本。厚生労働省「歯科疾患実態調査」2016年)。過去に比べれば、残存する歯は増えたが、やはり、歯の本数の減少に伴って咀嚼力は落ちる。食の好みという「時代変化」と高齢者の増加という「加齢変化」が、社会全体の咀嚼力を低下させた。「食育に関する意識調査」(全国20歳以上の2395サンプル・農水省・2020年)によれば、「ゆっくりよく噛んで食べていない」と回答した人の割合は、52・1%。半数強の人が、噛むことを疎かにしている。
食の多様性(フード・ダイバーシティ)という考え方がある(図参照)。多様な自然環境を保つことが、食材の豊かさを守る。多様な文化に応じた食材を供給する必要もある。食べる人の好みへの対応も大切。多様な食材が手に入ることは、健康につながる。そして、食の多様性を支える基盤となるのは、「もちもち」「ふわふわ」「しっとり」から、「かりかり」「がりがり」「ばりばり」まで、食材の硬軟を問わない十分な咀嚼力である。(発想コンサルタント)
日経産業新聞2021.6.4 関沢英彦の目より
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