「ゴーストライター」本編
「雷電文庫大賞新人賞おめでとうございます。大貫あすみ先生」
小さな会場で数人の記者とカメラマンにマイクとカメラを向けている。フラッシュの嵐だ。
「ありがとうございます。このような賞をいただけて感激です」
「『白き塔』良い小説でした。特に主人公がヒロインの海夢に思いを伝えるシーンがとても感動しました」
「嬉しいです」
「今、この賞の喜びを誰に伝えたいですか?」
私は記者達の奥にいる人物を見つめながら、
「天国にいるヒロインと、今、私の目の前にいる主人公に伝えたいです」
と言い、私は微笑んだ。
僕は死んだらしい。
「あの! すみません! そこの人!」
何で死んだのか分からないが、死んだという事実だけは分かる。
「そこのお姉さん! ちょっとぉお!」
だってこの人で丁度100人、僕は道ゆく人に無視されているのだから。
「はぁ」
僕は諦めて、近くにある神社の石段に座り、大きくため息をついた。
「せめて異世界でも転生させて、おなごとキャッキャウフフな人生を送らせてくれても良かったじゃないかよ、ちくしょう」
生前も思い出せない。名前も思い出せない。僕は一体何者なんだ。
「あ〜嫌だな。変な死に方してたら。ロミオとジュリエットのような悲劇な死に方ならいいけどね」
僕は大きくため息をつく。
「こうなったら仕方ない! 霊媒師とか、頭ツルピカの怪しいヤツらに成仏される前に女風呂を覗くとしよう!」
「そんな事したって何も意味はないわ」
と、僕の声に反応したかのように声が女性の聞こえる。僕が顔を上げると、そこには制服を着た黒髪ロングで丸眼鏡をかけた花束を抱えた少女が立っていた。
「ぼ、僕の声が聞こえるのか?」
「ええ」
なんと!101人目で僕を認識できる人が現れるとは!なんてラッキーなんだろう!
「いやぁ始めましてお嬢さん。僕は...あっ名前忘れたんだった。え〜っと……」
「成仏するわ」
「あ、え!? いやちょっと待ってよ!」
「南無阿弥だ……」
「やめて! ちょ! 止めて止めて!」
「何?」
こ、この少女。ヤバい。僕の事が見れる人が現れたから、てっきり親切な奴かと思ったのに、いきなり成仏とくるとは。
「幽霊になって始めて人と会話できたのに! さすがに非情な奴だよ君は!」
「だって、神社の前で黄昏ていたから、成仏されたいのかと」
「あ〜……」
そう見えん事もないか。
「君は霊媒師か何かなのかい?」
「違うわ。幽霊を見たのも貴方が始めてよ」
「始めて見たのにいきなり成仏させようとしたの!?」
「なんか、できそうだったから」
なんちゅー女だ。
「あのね……こういうのって君のような可愛いヒロインがこの死んだ主人公の僕に生前のやり残した事を探す、感涙必至のストーリーが繰り広げられる最初の出会いの場面なんだよ!」
「じゃあ、貴方のやり残した事を教えて」
「そうだな……」
顎に指を置き、思考。
うん、記憶が無いから全然やり残した事が分からないな。
「まぁ、それは後で考えるとして……君の名前を教えてくれよ」
「質問した方から名前を教えるのが礼儀じゃないかしら?」
「拙者、名前も生前の記憶も全く持って覚えておりません」
「忘れているんじゃ仕方ないわね。私の名前は式守あすみよ」
そう言うと、彼女は大きく髪を靡かせた。
僕はする事が無いので彼女についていく事にした。
「ふわふわと私の周りとぐるぐるしながらついてこないでくれる?」
「いやぁ、こうして浮いていると幽霊って感じがするよね〜死を実感するよ」
「……足が無くて気持ち悪い」
「酷い」
彼女が歩く先には霊園があり、彼女は迷うことなく進んでいくと、『式守家之墓』と彫られた墓石の前で彼女は止まった。
「遅れちゃってごめんね、お姉ちゃん」
彼女は優しい笑みで墓石に話しかける。
「今日、不思議なことに幽霊に出会ったんだ。ほら、ここにいるでしょう?なんかフワフワうざったく浮いているの」
何か僕に対する悪口を言い出したが、僕は彼女が色んな表情で墓石に話しかけるのを黙って見ていた。
しばらくすると、彼女は徐に立ち上がり、「またね、お姉ちゃん」と言い、彼女は墓石から立ち去ろうとした。
「あすみちゃん!」
そんな彼女に僕は呼びかけながら近づく。
「何、これからずっとストーカーするつもり?」
「お姉さんを探そう!」
「……え?」
彼女は、僕の突然な提案にきょとんとする。
「あすみちゃんのお姉さんを探すんだ!君と、僕で!」
「……本気で言っているの?」
「君は僕の姿が見えるんだろう?という事は君のお姉さんの姿も見えるかもしれないじゃないか!」
「でも、今この世界にいるとは限らないし」
「それでも可能性はあるだろ?」
「……」
「な?」
「分かった。少しだけなら付き合ってあげる」
「よし、よろしく頼むぜ相棒」
「相棒って呼ばないで」
「早速出発だ!相棒!」
「だから……まあいいわ」
そんなこんやで僕と彼女のお姉さん探しが始まった。
「これがお姉ちゃんよ」
僕はあすみちゃんにスマホでお姉さんの写真を見せてもらう。
……見覚えがあるが、多分気のせいだろう。
「いやぁ、あすみちゃんのお姉さんは美人だねぇ。これは探しがいがあるよ。名前は何ていうんだい?」
「海夢っていうわ。お姉ちゃんは頭が良くて美人で私含め誰でも一度は憧れる人よ」
溺愛してるなぁ。
「まぁとりあえずさ、今日は海夢さんが亡くなった周辺を探してみないか?」
「……いいけど」
彼女に案内された場所は真っ白な灯台だった。
「お姉ちゃんはここで自殺したの」
「自殺……ね」
「男と二人、心中したのよ」
「ふぅん」
錠前が壊れているのか、半開きになっていた。僕は彼女についていきながら螺旋状の階段を登る。(僕はただ浮きながら進んでいただけだが)
そして、階段の先にある扉を開けると、そこには夕陽に照らされて海に沈む美しい景色が広がっており、僕の記憶をフラッシュバックさせた。
ディスプレイには雷電文庫大賞二次予選落選の文字。
「クソ……今度こそ行けると思ったのに」
乱雑に床に転がっている酒缶と灰皿に溜まった吸い殻。
「気晴らしに外に出るか」
気が晴れない時にいつも来る灯台に入ろうとするが、何故か立ち入り禁止の張り紙。僕はそれを無視して、中に入る。
屋上に辿り着くと、そこには黒髪のボブカットの美人な女性が佇んでいた。
「そんな所で何しているんですか?お姉さん」
「私が、視えるの?」
彼女は僕を驚いたような目で見る。
「美人を見つける時の視力はピカイチなんで」
「え、ふふふ何それ。なんかね、私、幽霊になっちゃったみたいなの。ほら、足が無いでしょ?」
確かに、彼女の下半身は存在せず、モヤモヤと煙のような物になっている。
「僕も幽霊という存在を始めて見たから驚いています」
「驚いているわりには冷静なのね」
「女性の前では常にスマートでいないといけませんから」
「ふふ、面白い人。ねぇ、良かったら貴方の名前を教えてくれるかしら?」
「僕の名前は……」
「うっ!」
僕は頭痛で手で頭を押さえる。
「だ、大丈夫?」
「問題ない、少し目眩がしただけさ」
ゆっくり深呼吸。
間違いない、あの記憶に映し出された女性……海夢さんだ。
「ねぇ、あすみちゃん」
「何?」
「明日から、もっと色んな所に行こう」
一面広がる綺麗な花畑。カップルや家族連れが楽しげに歩く中、唯一ため息をつきながらトボトボ歩く彼女、あすみちゃんだ。
「本当にこんな所にお姉ちゃんがいるのかしら……」
「海夢さんはお花が好きなんだろう? そこら辺で眺めているかもしれない」
「そうかもしれないけど……」
「というか、私服のあすみちゃん可愛いね」
「幽霊に口説かれても嬉しくない」
「酷いなぁ」
思い出す記憶。
『見て見て!この一面ぜーんぶチューリップなんだって!』
海夢さんは両手を広げ、花畑の上を舞っていた。
『すごーい!超きれーい!』
『海夢さんのように綺麗だ』
『い、今はそういうお世辞いりません!』
『事実なのにぃ』
『んもぅ』
彼女は頬をわざとらしく膨らませた。
大きな水槽にこれまた一際でかい鮫が横切る。水族館だ。
「ここに来て本当に手がかりがあるんでしょうね?」
「まぁまぁ、水がある場所に霊が集まるって言うし……ほら、見てチンアナゴだって! なんかチンアナゴってさ、名前が……ってごめんて! 待ってよあすみちゃん!」
思い出す記憶。
『うおー!でっかーい!私達が水槽に入ったら一瞬で食べられちゃうね』
海夢さんは僕に向かってはにかむような笑顔を見せる。
『幽霊は食べられないんじゃないか?』
『ふふ、それもそうね』
『ほら、海夢さん! イルカショーやるらしいよ! いこういこう!』
『うん!』
僕は彼女に触れられないと分かっていながらも、手を差し出した。
ガタンゴトンと動く箱の中から僕らは外を眺めていた。
「夜景だったらもっと綺麗だったかもね」
「一人で観覧車に乗るの凄く恥ずかしかったわ……もう絶対遊園地なんかにはいかないわ」
「僕も一緒じゃないか!」
「貴方は幽霊だから他の人には見えないじゃない」
「確かに」
思い出す記憶。
『夜景凄く綺麗! 連れてきてくれてありがとう!』
『海夢さんが喜んでくれて良かった』
『貴方は本当に優しいのね』
『好きな人には優しくしたくなるものさ』
『それって……告白してるって事?』
『……そうだよ』
『……嬉しい。でも私』
『幽霊とかそんな事はどうだっていいぐらい君が好きなんだ』
「それで、貴方の本当の目的はなんなの?」
「え?」
突然、真剣な眼差しで見つめるあすみちゃんに僕はたじろぐ。
「私をこうやっていろんな場所に連れて行く理由よ」
観覧車の最上部にたどり着いた時、彼女が投げかけた質問に僕は答えるしかなかった。
「……もう一度あの灯台に行かないか」
僕と彼女は灯台下の海まで来た。
「僕は、海夢さんと昔出会っていたんだ」
「お姉ちゃんと……?」
「僕はあすみちゃんと色んな場所に行く度に少しずつ記憶を取り戻していたんだ。僕は、海夢さんとこうやって色んな場所を巡ったんだ。全ての記憶を失った彼女と」
僕は灯台を見つめる。
「そして、僕もあの灯台で自殺したんだ」
「なんで……」
「今思えば馬鹿な事だけど、死んだら霊体となったら、同じ霊体である彼女に触れられると思ったんだ」
「でも、お姉ちゃんは……」
「酷い話だよ全く。他に男がいたなんて」
【男と二人、心中したのよ】
あすみちゃんが言った言葉。
信じたくなかった。海夢さんは生きている時に、他の男性と心中したという事実が。僕達はお互い好きだったはずなのに。
「やっぱり君を抱きしめられないなんて辛いよ」
僕は灯台の柵の外に立っている。
「駄目だよ!小説家になるっていってたじゃない!」
彼女は僕を引き止めようと必死に叫ぶ。
「そんな叶わない夢を追いかけるぐらいなら、君とずっと一緒にいる方がいい」
「だからってあなたまで死ななくても!」
彼女が手を伸ばすが、僕の身体に透けていく。
「すぐ会えるから、待っていてくれ」
僕はそのまま下に___
「海夢さん。君は思い出したのかな?生前、心の底から愛した男性がいた事を……」
僕は大きく息を吐き、決意した。
「あすみちゃん、付き合わせちゃって悪かったね。僕はそろそろ本来いなきゃいけない場所に行こうと思うよ」
「……何言ってるの?」
あすみちゃんの口は震えていた。
「まだ、やり残した事あるんじゃないの?」
「いや、僕はもう……」
「あるって顔してる!」
今までにない感情的な声を僕にぶつける。
「教えてよ、貴方の辛そうな顔なんて見たく無い」
「あすみちゃん……」
「教えて、やり残した事」
「……小説家」
「え」
「でも、僕は死んでしまった。もう叶わない夢なんだ」
「叶えようよ、その夢」
「いや……僕は」
「貴方の書きたかった物語、私が書くよ」
「あすみちゃん?」
「だから、貴方の名前を教えて」
「……僕の名前は」
授賞式の帰り道、私はフワフワついてまわる男に呟いた。
「授賞おめでとう、大貫先生」
「いえいえ、こちらこそあすみ先生」
「私は貴方が言った事をそのまま文章にしただけよ」
「でも君が添削してくれなかったら、授賞出来なかったさ」
「てか、晴れて小説家になったのに成仏する気全然ないわね」
「まだまだ有名小説家になれてないからな」
「南無阿弥だ……」
「ちょ! ストップストップ! 止めなさい!」
これからも私はゴーストライターとして、この幽霊と執筆を続けるだろう。
「これからもよろしく、大貫」
「頼んだよ、あすみ」
私は相棒に拳を向けると、彼も拳を向けた。
(了)