スクリュードライバー
木製の円弧ドアに縦型の菱形ステンドグラスから、紫色の光が僅かに溢れ出している。
青銅で模った蔓草を形とったレバーノブを捻り、ドアを引くと、物静かに来店用のベルが出迎える様に鳴る。
カランコロン
目の前は暗闇の世界が広がっていた。恐る恐る奥に進むと、
黒のカーテンらしき気配を感じる。両手で中央から広げると、真っ暗な六畳半くらいの空間に、スロットの「7」や「スイカ」、「チェリー」のマークを照らす白色系の光が見え、奥の方にはトイレらしきドアの窓から漏れる薄暗い赤色の光がぼやっと灯している。天井にはブラックライトが数本あり、その薄暗い紫色の光でぼんやり、テーブルが映し出されている。
そのまま一歩進み、左側に目をやると、
目がまだ馴染んでいないせいか、バーカウンター奥に黒紫色の光で照らされた人影の様なものが見える。
入店して初めて人の気配を感じ、体が反射的にビクついてしまった。
「何にしますか・・・?」
低い声で突然、マスターらしき人が声を掛けてきた。
僕は、心臓の音が大きく高鳴っているのを耳元で感じながら、座高が胸の辺りほどある縦椅子の丸いフッションの上に、なんとかよじのぼる。
だんだん、目が馴染んできたのか、カウンターの奥には、グラスを収納するモダンな木製の食器棚が見え、その中にグラスがところ狭しと並べられている。
カウンターのテーブルの上には、グレムリンを形取ったカードや、スターウォーズのモンスター達が出迎えてくれた。
マスターから、オーダーを待っているオーラを感じ、
周りをキョロキョロするも、メニューらしきものはない。
「す、すみません。メニューはありますか?」
自分の声がこんなにも、重く感じたのは初めてだった。
「メニューはありません。何がいいですか?なんでも作りますよ?」
と、なんでも作ってくれると言う優しさをほのかに感じ取りながら、
そっけなく、即答で回答が返ってくる。
僕は困った。
何がいいかと言われても、お酒を飲んだことがない。
お父さんがいつも、飲んでいるビールや日本酒はわかるけど、
この場所でそんなことを言うと、鼻で笑われそうな気がした。
「え、えーっと、この店ではどんなお酒がおすすめですか?」
「・・・・・」
僕の情報がマスターには何もなく回答に困ったのか、僕の方をじーと見たまま、
「スクリュードライバーとかどうですか?」
「スクリュードライバー?」
「・・・ウォッカとオレンジジュースを合わせたのです。うちは、特製のスクリュードライバーですが・・・」
オレンジジュースと聞いて、安心した。安易にイメージできたのと、オレンジジュースという言葉の印象が優しく思えた。ウォッカという飲み物が何かはわからなかったが、何かのアルコールだと思い、
「あっ、そ、それ一つください。」
それを聞いた瞬間、マスターは、無言でグラスを棚から取り出し、ウォッカの瓶の蓋を開けて、注ぐ音が聞こえた。氷がグラスに入る音がし、手慣れた動作で完成されていく。
フッと我に返り、自分が1人で初めてのバーに来ていることに改めて気づくと、自然と耳に音楽が聞こえてきた。
聞いたこともない電子音的な音。かなり、リズムカルでテンポが速い。自分の脈と同調していたのか、落ち着くまで全く気づかなかった。
マスターが、スッと僕の前にコルクのタンブラーを添え、その上にグラスを置いた。
そこには、透明のガラスでトイレットペーパーの芯、二つ分くらいの高さのグラスに、
底から透明の液体、その上に赤紫色の液体、一番上にオレンジジュースが乗った3段構成だった。
生まれて初めて見る液体が入ったグラスを見て、本当に飲めるのか心の底から疑った。
しかし、ここまできて、その疑いを明らかにするほど、馬鹿な行動はないと体が感じていた。
飲むしかない・・・
まず、匂いを嗅ぎながら、そのまま一口、口に含んでみる・・・
オレンジの味だ。
しかも、市販のオレンジジュースではなく、搾りたての様な香りとオレンジのほどよい酸味が口の中全体に広がった。
美味しい。
この時、体全体がホッとしていた。
出された時は、見たこともない液体だったが、飲んでみるとただのオレンジジュースじゃないか。
もう一口、二口、グッグっとグラスを傾けて口の中に注いだ。
そろそろ次の得体の知れない赤紫の層に差し掛かろうとした時、初めのオレンジジュースを飲んだ時にグラスを傾けたので、透明の液体と赤紫の液体が少し混り、その混ざった液体が口の中にほんのり、入り込んできた。
あれ?
味わったことのない果実系のほんのりとした甘さと、アルコールの風味を感じた。
あれ?これは、ただのオレンジジュースじゃない。
透明の液体は、アルコールだったんだ。
その時、グラスには三分の一のオレンジジュースがなくなっていた。
元々、透明の液体が中指の第二関節くらい入っていたので、それまで意気揚々とスクリュードライバーを飲んでいた自分を後悔した。
この飲み物は、混ぜて飲むものだったのだ。
心の中で、マスターの不親切に大声で発狂いていた。
初めに言ってくれ。
もう、その時は手遅れだった。
グラスには、中指、第二関節分の透明の液体と、第一関節分くらいの赤紫色の液体、そして意気揚々と飲み進めてしまった僅かのオレンジジュースしか、残っていない。
よくみると、確かに、このグラスには、金属製の棒が刺さっていた。
初め、何をする棒がわからず、オレンジジュースの優しいイメージに引き込まれ、その棒を無視して飲み始めてしまった。
そうか、この棒は混ぜるためにあったのか・・・
恐る恐るその棒を親指と人差し指でつまみ、ゆっくり液体を混ぜていく。
透明の液体と赤紫の液体、ほんの僅かなオレンジジュースがやっとの思いで混ざり合うかのように、新たな色に変色いていく。
僕は、この先の展開を想像しながら、変わりゆくスクリュードライバーを眺めていた。
了