<灯台紀行 旅日誌>2020年度版
<灯台紀行・旅日誌>2020年度 愛知編#14
伊良湖岬港・防波堤灯台撮影
ホテルの駐車場を出た。<田原街道>をほんの少し北上して、すぐ左折した。ファミマ往復の際、車からちらっと灯台が見えたのだ。閑散とした港の中に入って行った。正面は海で、行き止まり。右に曲がって、魚市場の前をそろそろ走っていくと、駐車場があった。公共の施設であることを確かめて車を乗り入れた。どんぴしゃり、すぐ目の前に、白い防波堤灯台が見える。
車から出た。右手はきれいな砂浜で(ココナッツビーチ伊良湖、というらしい。)そばに大きなホテルが立っている。正面には防波堤があり、その先端に灯台が立っている。迷わず、防波堤の上に登り、歩き撮りしながら近づいていった。だが、近づくにつれ、根本に居る釣り人が邪魔に思えてきた。釣り人は、灯台の台座に座ったり、立ち上がったりしながら釣りをしている。明らかにその場所が気に入っているらしく、釣り道具や荷物を回りにとっちらかしている。占拠しているわけだ。写真としては、灯台と釣り人が重なってしまい、絵面が汚い。まあ~、これは宿命なのだろうか。防波堤灯台の周り、とくに根元には、平日だろうが休日だろが、必ず釣り人がいるんだ。
結局、根元まで行かないで、途中で引き返した。というのも、根本まで行って、釣り人と目を合わすのも嫌だったし、ロケーション的にも、灯台のフォルム的にも、是が非でも撮りたい、というほどでもなかったからだ。それに何よりも、曇り空だ。写真が撮るような天気じゃない。移動。いま来た道を戻った。ただし<田原街道>へは戻らないで、そのまま、まっすぐ、フェリー乗り場の方へ向かった。と右手、岸壁側に、広い駐車場がある。雰囲気的に、駐車しても大丈夫そうな感じだ。車を乗り入れた。
車から出て、辺りを見回した。高速船の係船岸壁が目の前にある。なるほど、あれで<神島>に行くことができるわけだ。ちなみに<神島>には、灯台50選に選ばれている、神島灯台がある。それに、この灯台は伊良湖岬灯台のペア灯台だ。あと、<神島>は三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となった島らしい。今回訪問を見送ったのは、次回の旅で<鳥羽>へフェリーで渡るわけで、その鳥羽港から、市営の船が出ているようなのだ。<菅島>という島にもシブい灯台があるようなので、一日かけて、この二島を巡るつもりでいる。
立ち入り禁止の岸壁際に立った。隣では爺さんが釣りをしている。海の向こうに、さっきの白い灯台と、別の防波堤の先端部にある赤い灯台が見えた。目に映っているのは、左側に赤い灯台、右側に白い灯台だ。だが、頭の中で、瞬時に、陸に向かって、右は赤い灯台、左は白い灯台と判断した。なるほど、これが防波堤灯台の決まり事だ。赤いのも見に行ってみるか。なぜか、そっちの方の空だけが青空だった。
赤い防波堤灯台を目指して走りだした。途中にはフェリー乗り場がある。その手前の大きな建物の前が駐車場だ。建物は<道の駅 伊良湖クリスタルポルト>。車から出て、入口へ行った。自動ドアが開かない。扉に額をくっつけて中を覗くと、電気がついていない。閉店中なのか、休業中なのか、何の張り紙もなく、告知もされていない。実は、昨日も、この建物には、ちょっと寄っている。その時も閉まっていた。今日と全く同じ状態だった。休業中なのだ。と、腰の曲がった婆さんが近寄ってきて、自分と同じように、自動ドアに額をくっつけて、店内を見回している。やってないみたいよ、と声をかけると、じろっと見ただけで返事もしない。ぶつぶつ言いながら、立ち去っていった。
そうそう、どうでもいいことだが、昨日この建物に寄ったとき、建物内にあるトイレに寄って、大きなウンコをしたのだ。建物には入れないが、なぜか、トイレだけは、24時間使用できるようになっている。つまり、トイレの扉は、駐車場に面していて、鍵がかかっていないのだ。それに、予想外だったのは、温水便座だったことだ。ただ、座るときには、やや抵抗感があった。が、便意には勝てなかったわけだ。
とはいえ、昨日の、どのタイミングで、トイレに寄ってウンコをしたのか、正直な話、よく覚えていない。いや、昨日は<小>で、この日が<大>だったのかもしれない。気持ちを集中して、思い出そうとすれば思い出せるだろう。しかし、今はそんなことに、エネルギーを使っている場合ではない。この旅日誌を早く書き終えることの方が重要だ。そもそもの話、ウンコをした日を確定することに、さほど意味があるとも思えない。
移動。フェリー船の、乗船口の前を通って、岸壁の行き止まりまで行った。そこは、防波堤で区切られた、駐車場、というか駐車スペースで、その防波堤の、はるか彼方に、赤い防波堤灯台が見えた。一瞬たじろいだ。あそこまで歩いて、撮りに行きべき灯台なのか?とはいえ、時間的な余裕があった。つまり、スマホの天気予報を見る限り、二時までは曇りマークがついている。もっともこれもおかしな話で、朝見た時には、曇りマークは十一時までだった。まだ、昼前だった、とにかく、伊良湖岬灯台は、二時までは写真にならないわけで、時間調整が必要だったのだ。
車の中でぼうっとしていてもしようがないだろう。防波堤の上、というか下を歩くだけで、危険もない。体力を消耗することもない。すいません、すいませんと言いながら、釣り人の前を通って、赤い灯台に近づいた。ところが、やっぱり、根元に釣り人がいた。今回も、根元の手前で、これ見よがしに写真を撮った。
なぜか、赤い灯台の背後だけが青空になっていた。写真的には、さっきの白い灯台よりはましだろう。だが、フォルムがパッとしない。撮影位置が局限されているわけで、防波堤の先端に立っている灯台を、真正面から撮るだけだ。それに、防波堤の上は、さほど広くないから、左右に少し動いて、横にふったとしても限度がある。何よりも、釣り人が灯台の根本に居座っているのだから、絵面汚い。こっちも、写真にならないだろう。
引き返した。短時間に、二度も同じ釣り人の前を通ることに、少し気が引けた。防波堤の下の通路は、人一人が通るのがやっとの幅で、釣り人が座りこんでいれば、まったく通れない。だが、釣り人たちは慣れたもので、こっちがすいませんと言う前に、体をよけてくれた。プロレスラーの<蝶野>みたいなおじさんも、指にタバコをはさんで手で、自分の足をまたいで行け、と合図を送ってきた。気配を感じて、かなり前から、立ち上がっている人もいた。恐縮したふりをして、五、六組の釣り人の前を通った。
駐車場が、かなり近くに見えてきた辺りで、爺さんに声をかけられた。この爺さんには、さっきも声をかけられていた。なにを撮りに行くんだ。この先の灯台です。黄緑色のウィンドブレーカーを着て、白髪だった。そばに、同じような年恰好の奥さんがいた。今回は、うまく撮れたかい、ときた。その後、かなり長い立ち話をした。あまりに長くて、途中で、防波堤に座りこんで、話を聞くことになってしまった。
結局は、この爺さんも、釣れない釣りをしていて、暇だったのだろう。そこに、自分が、ニコンのでかいカメラを二台ぶら下げて、のこのこやってきたわけだ。恰好の、暇つぶし相手が、ネギまで背負ってきたのだから、話しかけないわけには行かないだろう。つまり、爺さんも写真をやっているようなのだ。だから、話の中身は、だいたいは写真に関することだった。
鳥を撮っているとか。ミラーレスカメラがどうのこうの、型落ちのカメラの方が得だとか、あるいは<伊良湖ビューホテル>には、年に一回、珍しい鳥を撮るためにカメラマンが終結するとか、こちらが聞いてもいないのに、ホテルの展望台からの景色が最高なので、撮りに行けばいいとか、延々としゃべっている。途中、奥さんも参戦してきて、スマホで撮った写真などを見せてくる。何度も、腰を上げかけたが、その都度、獲物を逃すまい、と言わんばかりの話しぶりで、引き留められた。ま、こっちにも時間的余裕があったからね。
十五分くらいは、爺さんと、ある事ないこと、話していたような気がする。流石に飽きてきて、爺さんの話している最中に、腰を上げ、では、と言って、その場を後にした。車に戻って、一息入れた。来た時に止まっていたキャンピングカーはなかった。さっきの黄緑色の爺さんの車かもしれない、と話の途中でふと思い、もしそうならば、キャンピングカーには多少興味があったので、その話がきけるかもしれないと思い、長話に付き合っていた、という気がしないでもない。ま、いい。また、外に出た。二時までにはまだ時間があった。岸壁の前に立ち、フェリーが入港してくる様を、面白半分に観察しだした。
まずは、係船岸壁で、作業員がフェリーの接岸準備をしている。門型クレーン?を使って、大きな鉄板を下におろしているように見える。おそらく、あの上にフェリーの車両ゲートがのっかるんだ。準備が整うと、フェリーが、バックでゆっくり入ってくる。作業員が、動き回っている。と、船尾が開いて、ゲートがゆっくり下りてくる。思った通りだ。作業員が、そのゲートを、岸壁にぴったり固定する。少し間があって、始めは徒歩の人間が十名ほど、次に、乗用車が、これまた十台ほど、最後に、バイクが五、六台、フェリーの腹から飛び出してきた。人間も車もバイクも、どこか、晴れがましく、元気に明るい世界へ出て行った。
この一部始終を見終わって、意味もなく、感動していたような気がする。風もなく、十二月にしては、暖かい陽気だった。防波堤の彼方に、黄緑色がみえた。さっきの爺さんと奥さんが、連れ立って、こっちに向かってくる。釣れない釣りを終わりにしたようだ。