<灯台紀行・旅日誌>2020年度版
<灯台紀行・旅日誌>2020福島・茨城編#14 安ホテル
ひと仕事終えたような気分だった。午前、午後、夕方と、変化する灯台の姿を写真に撮り終えたのだ。これだけの時間をかけ、これだけのエネルギーを使い、これだけの数の写真を撮ったのだから、二枚や三枚は、気に入った写真が撮れた筈だ、と信じたかった。さらに、体力にも気力にも、まだ余裕があったのだろうか、明日の朝、朝日を受けた灯台を撮り来ようとさえ思った。思った瞬間に、朝五時起きすれば、五時半までには、公園に来られるなと算段した。今の時期、日の出は五時半なのだ。
辺りは暗くなっていた。車のライトが自動点灯していたと思う。安ホテルはすぐ近くにあった。駐車場がわからなくて、入り口付近に路駐し、受付のおばさんにたずねた。要領を得ないので、繰り返し聞いた。おばさんの方も、なぜ聞き返されているのか、わからない感じだ。一緒に外まで来て、指さしながら教えてくれた。
駐車場は、100m位離れた道沿いだった。さほど遠くはない。だが、ほぼ満車状態で、トラックなども止まっていた。いつものように、カメラバックを背負い、トートバックに食料、飲料水を入れて、ホテルに入った。出入り口付近には、何台かの駐車スペースがあったが、すべて満車。まだ五時すぎなのに、<入り>が早いなと思った。
受付には、品のいい小柄な、年齢的には、<おばさん>と<ばあさん>の間くらいの初老の女性が、先客のチェックイン対応をしていた。丁寧なのだが、まどろっこしい。なかなか終わらない。と、先ほど、駐車場を案内してくれたおばさんが、受付カウンターの斜め前あたりで、コピーを取っている。それも何枚も。やっと番が来て、今度は自分が、施設使用などについての、バカ丁寧な説明を延々と聞かされている。
そのうち、受付カウンターの中から、長身の浅黒い男が出てきて、コピーおばさんに、それほど険悪な感じではないが、<コピーは一枚取ってくれって言ったんです、こんなに何十枚もとっちゃって、どうするんです>と言っている。コピーおばさんの方は、自分のミスを謝ることもせず、なにか言い返している。息子が怒っているのに、まるで意に介さない母親のような感じだ。
チェックイン対応も最終段階になり、支払いも済ませ、<地域クーポン券>の話になった。¥1000分の券をもらった。どこで使えるのかと、受付の初老の女性に聞くと、なんだか、要領を得ない。すぐさま、近くいた、さきほどコピーおばさんを叱責していた、背の高い、顔立ちのいいインド人が、悠長な日本語で説明してくれた。なるほど、彼の話はすぐに分かった。同時に、おばさんたちと彼の関係も理解できた。おばさん二人はパートだ。顔立ちのいいインド人は、純粋な日本人か、さもなければ日本で育ったインド人で、というのも、その日本語から確信したのだが、ホテルの従業員だろう。
ここ何回か遭遇した、安ホテルで働く高齢者たちは、人手不足の折、パートで採用された人たちなのだろう。受付の応対に、それぞれの人生経験が色濃く反映してしまうのは、面白いといえば面白いし、致し方ないといえば致し方ないことなのだ。そんなことを思いながら、エレベーターに乗り、部屋に入った。値段相応の設備と内装だ。だが、埃だらけということはなかった。掃除は、パートの律儀な高齢者が、手抜きせずにやっているのだろう。
<17:00 ホテル 弁当 フロ ノンアルビール 日誌>とメモにあった。その通りで、ほかに何かあるかと言えば、なにも思い浮かばない。物音もせず、静かに眠れたのだろう。そうだ、おそらく、朝の五時に目覚ましをセットしたのだと思う。朝日を受けた灯台を撮る。やる気十分だった。それに、明日は帰宅日だが、朝撮り?しても、日立からなら三時間くらいで帰れるはずだ。高速走行も、今回で六回目になる。三時間くらいなら、ほとんど苦にならなくなっていた。
翌朝は、目覚ましが鳴る前に起きたと思う。窓の外は、まだ真っ暗。洗面も食事も排便も、要するに朝の支度は何もせず、着替えて、すぐに部屋を出た。出入り口の自動ドアが開かないので、明かりのついていた食堂を覗くと、賄いの優しそうなお婆さんが居て、裏口を教えてくれた。鍵はかけてないから、帰って来た時もそこから入っていい。それから、自動ドアは手でこじ開ければ開くとも言っていた。たしか、鍵をお婆さんに預けたと思う。
唐突だが、ここで、時間をワープしよう。この旅日誌は、一応、現実の時間軸にそって書いているのだが、構成上というか、枚数的にというか、要するに、この<安ホテル>の章を完結させるには、ここであと一、二枚、紙数を埋める必要があるのだ。なんでそんなことになったのか?以下、理由を説明しておく。
旅日誌も、今回で六回目になり、おのずと、構成が決まってきた。それは、ブログ形式で発表するという条件に、大きく影響を受けた。つまり、ブログ一回の分量が、あまりに多すぎても、読みづらいだろう。ということが次第にわかってきたので、適当な分量でおさめようと思ったのである。では、<適当な分量>とはどのくらいの量のことかといえば、およそ、今書いている紙数で五枚程度、400字詰め原稿用紙に換算すれば、10枚くらいだろうと考えた。
そこで当初の、字数制限なし、見出しなしで、延々と書き流していくスタイルを改め、見出しをつけ、章分けして書いていくことにした。つまり、読み物としての体裁を、多少整えたのである。というか、自分にとっても、書きやすく、読みやすくしたつもりである。
というわけで、時間的には、次の章の最後の方に出てくる、ホテルの従業員の態度についての記述を、内容的にはこの章にいれてもおかしくないな、と<我田引水>的に考えて、枚数的な均衡を保とうとした。要するに、体裁の問題で、どうでもいいことなのだが、一応言い訳しておく。
…朝の撮影終え、ホテルに帰って来た。八時ころだったと思う。すでに、駐車場の車は、半分くらいになっていた。カメラバックを背負った。ホテルは道路の斜め向かい側にあった。さっき出た<従業員用の出入り口>と、少し遠い正面玄関、どちらから入ろうかと一瞬考えた。少し近い前者を選択した。賄いのお婆さんも出入りしていいと言っていたしな。あとから考えれば、この選択が間違いだったのだ。
<従業員出入り口>からホテルの中に入った。食堂を覗いて、中のお婆さんに一声かけて、受付カウンターへ行った。誰もいないので、呼び出しベルを押した。すぐに、奥から男が顔を出した。名前と部屋番号を言って、鍵を受け取った。その瞬間、怪訝そうな顔をした男が言った。いま、あっちから入ってきましたよね、と<従業員出入り口>を指さした。監視カメラで見ていたのだろうか?ええ、おばあさんが・・・と言いかけたのに、その男は、にこりともしないで、<あっちは、従業員出入り口なので使わないでください>とぐっと睨みながら言い放った。頭ごなしのこの言葉と、威圧的な態度にイラっとしたが、自分の迂闊さにも気づかされた。
ホテルの防犯上の問題もあるわけで、部外者が立ち入ってはいけないところに平気で立ち入ったわけだ。四十代くらいの黒っぽい男は、ホテルの従業員というよりは、ガラの悪い麻雀屋の店員といった感じだが、安ホテルを仕切っているのかもしれない。でなければ、客に対して、あんな横柄で、威圧的な態度が取れるはずがない。部屋に上がった後も、この一件で心が動揺していた。なんて野郎だ!安ホテルに泊まったがゆえの代償なのか。今もって、思い出すと不愉快になる。この安ホテルにはもう二度と泊まらない、と心に決めた。
To be continued
<灯台紀行・旅日誌>と<花写真の撮影記録>
<灯台>と<花>の撮影記録
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