<灯台紀行 旅日誌>2020年度版
<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 愛知編#7 宿~移動
漆黒の闇に佇む灯台は、たしかに魅力的であるにはちがいない。だが、頭部が見えないことで、魅力は半減どころか、ほとんどなくなってしまった。灯台の全体像、機能美の極致ともいうべきその造形に魅かれていたことが、はからずも理解できたわけだ。もういいだろう、引き上げよう。
暗い砂浜を、ヘッドランプの光で照らしながら、広場に上がった。周囲は、街灯などの明かりで、意外に明るかった。正面から、灯台をちらっと見た。頭がうっすら見える。おやっと思って、肩に担いだ三脚をおろし、何枚か撮った。だが、露出差の関係で、頭部は真っ黒だった。それよりも、下からのライトを受けた胴体の窓などが、目だの口だのに見える。ちょうど、シャンプーハットをつけた、縦に目が二つ並んだお化けのような感じで面白い。すでに、灯台は不可思議なオブジェと化していた。
時計を見た、と思う。五時半は過ぎていたような気がする。六時二十分が夕食の時間だ。受付の女性にもらったメモを財布から取り出して確認した。10分あれば宿にはつける。十分に間に合う。陽は完全に落ちて、外は真っ暗、街灯や車のヘッドライトが眩しい。どことなく、夕方のせわしなさを感じたが、気持ち的には余裕があった。すぐ近くの国道沿いにガソリンスタンドがある。昨日来た時にインプットされていた。<地域クーポン券>が使えれば、ベストな消化方法だ。寄ってみるか。車を出した。正面の、ライトアップされた灯台が目に入った。お化けが、バイバイしているように見えた。ハンドルを右に切って、国道に出た。ちょっと名残惜しかった。
ガソリンスタンドはすぐだった。ハンドルを左に切って、中に入ると、おじさんが誘導してくれた。やや、つっけんどんな感じ。窓を開けて、<地域クーポン券>使える?とたずねた。使えるよ、とおじさんの声が聞こえた。そのあと、なんかごちゃごちゃ言っているが、聞き流して、¥2000分いれて、と言って券を渡したような気がする。
車を給油位置につけ、給油口をあけて、外に出た。制服を着た従業員が一人いて、彼が、ガソリンを入れている。となると、おじさんは、バイトかな?いや、あの口の利き方は、経営者かも知れない。私服だしな。そのおじさんが、<川越か>とこっちに聞こえるように言った。その後、給油が終わるまでの数分間、立ち話をした。駐車場のおばさんも<川越>のことは知っていたようだし、<川越>も有名になったもんだと思った。
宿についたのは六時頃だった。夕食まではあと二十分しかない。受付で部屋のキーを受け取り、狭いロビー内に併設されている、縦長の売店でお土産品を物色した。何しろ、クーポン券がまだ¥3000もあるんだ。品ぞろえは悪くないが、これといったものがない。と、一番端の棚に、<招き猫>が数種類ならんでいた。おっ、と思い、立ち止まった。大きな物はいらない。中くらいの物を手に取り、値段を見た。¥4000。意外に高いな。入り口に座っていた係の女性に声をかけ、そばまで来てもらった。
質問事項は二つ。ひとつ目は、本物?の<常滑焼>なのか?ふたつ目は、右手を上げているのと、左手を上げているのがあるが、その違いは?ひとつ目の答え、間違いなく<常滑焼>です。ふたつ目の答え、右手を上げているのはお金を招く、左手を上げているのは人を招く、とのこと。この答えには感心した。そういう意味があったとは、今のいままで知らなかった。ふと、壁に貼ってある、観光案内ポスターを見た。招き猫が、左手をあげている。なるほど、と二度感心した。
結局、招き猫は<中の中>の大きさの¥3000の物を買った。あとついでに、焼き海苔も買った。海苔は、宿の前の海で養殖されているのを見て、食べてみたくなったのだ。それに夕食に出た<岩のり>の小鉢が、淡い味付けでおいしかった。だが、帰宅後、この焼き海苔は失敗したと思った。常食しているスーパーの佐賀県産の物より、かなり味が落ちる。ともに¥500前後だが、愛知産の方は、量が倍くらいあった。その分、質が落ちるのかもしれない。一方、招き猫の方は、大正解だった。大きさ的にはちょうど、ベッドの頭の上に置けるくらいで、しかも、ニャンコの骨壺と並べると、ぴったりだ。三毛の招き猫には、ニャンコのお友達になってもらおう。
<地域クーポン券>¥5000分を、かなり有効に消化したので気分がよかった。部屋に入って、すぐ浴衣と丹前に着替えて、食堂へ向かった。その際、アメニティーの手ぬぐいを一本手にした。食事終わりに、温泉に入ろうというわけだ。予約してあった時間、すなわち六時二十分、少し前に食堂の入り口に立った。昨晩と同じ席に案内され、昨晩と同じように、食前の飲み物は断り、さっと食べて、さっと引き上げた。二日目の夕食は、多少目先が変わったものの、味が同じなので、さほどうまいとも思わなかった。むろん、この宿でおいしいものが食べられるとは思っていないので、不満はない。
温泉は、それに比べて、今日もグッドだった。入っているあいだ、誰一人姿を見せず、広い、きれいな温泉を独り占めした。透明で少しぬるっとした温泉は、肌に優しく、臭いもほとんどない。ちょうどいい温度で、縁に背中をつけ、両足を前に伸ばして、ゆっくりくつろいだ。十分満足して、気分良く部屋に戻った。その後は、冷えたノンアルビールを飲んだのだろうが、よく覚えていない。メモ書きが残っているから、メモだけは、しかたなく書いたような気もする。おそらく、八時すぎには寝ていたにちがいない。
三日目
<6:00 起きる ほぼ一時間おきにトイレ 眠りが浅い>とメモにある。その通りなのだろう。ちなみに、<眠りが浅い>のは物音のせいではない。ホテルは、やはりというべきか、朝の六時すぎまでは、しんと静まり返っていた。朝食の予約時間は、七時だった。それまでに、宿を引き払う支度を済ませたのだと思う。朝食は、昨日と同じで、納豆以外はすべて完食。うまい、まずいは関係ない。今日一日のエネルギー補給の意味でがっつり食べた。ただ、小さなプラ容器に入っていた納豆は、まずすぎて食べられなかった。そもそも、納豆は嫌いなのだ。だが、発酵食品でもあるし、体のためを思って、スーパーのプライベートブランドで、三個ワンパック¥80の格安納豆?を毎朝常食にしているのだ。それよりも、はるかにまずかったのだから、食品ロスになるとはいえ、お引き取り願うのは、致し方のない話だ。
<7:45 出発>。ナビを伊良湖岬灯台手前の、赤羽根防波堤灯台にセットした。この灯台は、ネットで見る限り、周囲のロケーションが素晴らしいので、寄ることにしていた。それと、ルート選択で<高速優先>を選んだ。というのも、三河湾沿いの一般道を走っていくルートもあるからだ。高速代¥2000をケチって、およそ140キロ、三時間半もの道のりを、一般道でたらたら行けないでしょう。もっとも、高速を使っても三時間半くらいはかかる。だが、半分以上は高速走行だ。疲労度が全然違う。目的地に着いた後には、ジジイには過酷な?写真撮影が待っている。移動で体力を消耗するわけにはいかないのだ。
最寄りの美浜インターから南知多半島道路に入り、伊勢湾岸道を北上。豊田ジャンクションで東名に入り、音羽蒲郡インターで降りて、知多半島の一般道を南下する。というナビの示したルートを眼で確認して、出発した。ところが、楽勝と思っていたこの移動は、朝からとんでもない緊張を強いられる結果となった。
まずもって、時間帯が悪かった。ちょうど、通勤時間帯とかさなってしまった。ということは、車の量が多いうえに、みんな急いでいるということだ。県民性云々の話はしたくないのだが、名古屋、豊田ナンバー、運転が荒い!さして広くもない片側二車線の有料道路を、自分としては、左側を謙虚に90キロくらいで走っていた。なのに、バックミラーに、黒いワンボックス車が迫ってくる。運転している若い女性の表情まで、手に取るように見える。と、その瞬間、女性の顔が消えて、今度はすぐ横を黒い物体が走りぬけていく。
おいおい、あさっぱらから勘弁してくれよ。ところが、彼女だけではなかった。次から次へ、あとからあとから車が迫ってくる。もうバックミラーで相手の顔を確認する余裕もない。何しろ、90キロ前後で走っている自分の車をさっと交わし、ほとんど車間距離もとらず、みなして車列を組んで?右車線を100キロ以上ですっ飛ばしている。自動車の種類とか性能とか関係ない。おそらく、性別年齢も関係ないと思う。何しろ、おとなしく左車線を走っているのは、タンクローリーと<川越>ナンバーだけなのだ。
名古屋、豊田ナンバーたちは、よそ者の川越ナンバーに、嫌がらせをしているわけでもあるまい。みんな通勤で急いでいるのだ。それはわかる。ただ、だあ~~~と、車間を詰めてくるのはやめてもらいたいものだ。朝っぱらから、血圧が上がってしまった。おかげで、標識を見間違え、降りてはいけないところで、高速を降りてしまった。
最初は、少し焦ったが、ま、そのあとは、腹を決めて、片側四車線の、高速道路が頭上に入り組んでいる、国道を走った。思いのほか道が広いので、一般道にもかかわらず、みな、70、80キロで走っている。といっても、適度の車間距離を保っているので問題はない。肩の力が抜けて、少しホッとしたのを覚えている。そのうち、この道が、国道一号線だということに気がついた。おそらく、名古屋の中心地を走っていたのだろう。なるほど、都心の道と遜色ない。広くて立派だ。だが、トラックが多いせいだろうか、排ガスが充満しているようにも感じた。
周囲はほとんど名古屋ナンバーだった。だが、あおるような運転をしている車は一台もないし、車間距離をつめられこともなかった。あの、悪夢のような、知多半島有料道路の、朝っぱらの三十分間は何だったんだ。ちょっと、キツネにつままれたような気がした。そのうち、大きな標識に導かれ、豊明インターから東名高速に復帰した。岡崎をすぎ、音羽蒲郡インターで降りた。
その後も、ナビを全面的に信じて、その指示に従った。交通量の多い一般道を走ったが、いつもの自分の運転で、ほとんど神経を使うことはなかった。知多半島を南下し始めたのが、ナビの画面でわかった。交通量が少なくなり、片側一車線の地方道だ。田原街道からそれて、半島の南岸?の道に入った。とたんに、道の両側にはビニールハウス、そのうち、一面のキャベツ畑だとか、なぜか、この時期に菜の花畑も見える。知多半島は房総半島のように温暖な気候なんだ、と思った。念願の、というか、多少因縁のある、伊良湖岬灯台に、かなり近づいていた。