Sci-Con2023の星新一賞企画に参加しました
去る8月5日、浦和で開催された今年の日本SF大会、Sci-Con2023の中で、『星新一賞の部屋』と銘打って歴代受賞者が受賞の思い出などを語りあうという企画があり、私も登壇しました。
出席者は私の他に、津久井五月さん、安野貴博さん、揚羽はなさん、松樹凛さん、葦沢かもめさん、菊池誠さん(司会は甘木零さん、鵜川龍史さん)。それぞれの文学観や執筆スタイルなどがうかがえて、大変有意義な企画だったと思います。ただ何せ九十分と時間が短く、また生来の話し下手が災いして、事前に準備しておいた内容を十分にお伝えしきれないまま終わってしまい、パネラーとして少々心残りがありました。なので補足というわけではないですが、この四年間に考えてきたことの一端を備忘録的にここに書き留めておこうと思います。これから星賞にチャレンジする方々の参考になれば幸いです。
■理系文学とは何か
・個人的には、SFとニアリーイコールな概念だと思っています。理系とわざわざ接頭語が付いていても、結局、普段書いているSFと書き方を変えることはありませんでした。
欧米ではよくSTEM(Science,Technology,Engineering,Mathematics)こそが理系の本流と呼ばれたりします。ちょっとざっくりし過ぎですよね。これらはもちろん理系文学の対象になるわけですが、SFとしてよく扱われる分野を考えると、大学のカテゴリではどちらかというと文系に属する分野、例えば言語学、経済学、心理学、考古学、文化人類学なども理系文学の対象に含めてよいように思います。ただ、そうしたアカデミック上での分類よりも、理系的考え方の特徴である<論理性>を備えているかどうかが何より重要ではないかと個人的には思っています。例えば、不思議な道具を思いついたとして、どういう社会的需要のもとにそうした道具が生まれたのか、(嘘でもいいので)その道具がどのような仕組みで動き、どういう効果を発揮するかを、既存の科学技術体系の枠組み、あるいはその延長上にある理屈の中で、なんちゃってでも説明可能であることが理系文学を成立させるルールとして必要な気がします。
・そうした意味では、ハードSFもしくはセミハードSF(そんな言葉あるんか?)が一応の受賞モデルになるのではないでしょうか。完全なファンタジーだと苦しいですよね。ハードSFとは現実の科学技術を下敷きにしたリアリティレベルの高いSFのサブジャンルで、参考になる作家としては、日本人では小林泰三、野尻抱介、藤井太洋、松崎有理あたり(星賞は実質、<小林泰三賞>といっていいと思います)。星賞の先輩ではやはり八島游舷さんの作品群が素晴らしいです。海外ではいわずと知れたテッド・チャン、グレッグ・イーガン、アンディ・ウィアーとか。クラーク師匠も多少古いですが短編はキレキレです。それから日本SF作家クラブ編のアンソロジー『AIとSF』は、文字数上限が12000字で尺が星賞と似ていることや、AIという理系的なガジェットを作家それぞれのやり方で扱っていることから、星賞を目指す方々のよい参考になるのではと思います。
■執筆の際に気をつけたこと
・新聞社主催の公募であることは特に留意しました。公共性を考慮すると、過度な暴力描写、性描写、グロ描写はよほど必要でない限り避けた方が無難かと思います。政治的思想信条もあまり偏りすぎない方がよいですね。星賞はグランプリを受賞すると新聞に全文が掲載されるので、SFファンのみならず、一般のビジネスパーソンにも広く読まれることになります。なので、あまりにもマニアック過ぎる内容は避け、一般読者が読んでも受け入れられる内容であること、玄人好みのハイコンテクストな文学性よりも、誰もが楽しめるエンタメをつくることが大事ではないかと思います。
・SFとして科学技術を書く場合は、科学技術そのものよりも、一歩進んで、それが普及したことによって人の心がどうなるか、価値観や社会構造がどう変化するかをまず考えるとよいでしょう。上で道具の話をしましたが、実は考えるべきは道具ではなく、その道具がある世界についてです。それを突き詰めることで、結果として、〈人間とは何か〉〈人間にとって科学とは何か〉を描くことができれば、理系文学としては成功ではないでしょうか。
・物語のテーマを考える上で、まずは自分の専門や経験を踏まえて発想するのが手っ取り早く、かつ「強い」と私は思います。第九回でグランプリを頂いた『リンネウス』という作品は、私自身の長年の野外生物調査の経験を踏まえて、現場で考えたり悩んだりしたことをベースに一万字の作品として凝縮しました。誰でも、その人ならではのオリジナルな経験をしているはずで、そこから浮かび上がってくる発想はリアリティと切実さを備え、誰にも真似できないと私は思っています。是非、それを大切にしてください。
・とはいえ、そうした自分の専門分野の中で感じたワンダーは、その分野に従事する者ならではの特殊な感覚で、必ずしも一般読者には通じにくいかもしれません。作品は自分ではなく、あくまで読者の方を向いて書くべきです。せっかく感じたワンダーを、独りよがりにならずにしっかりと読者に伝えるためには、なるべく多くの読者に伝わるための「工夫」が必要です。例えば、科学に疎い読者であっても共感を得られるようなキャッチーなストーリーラインを設定する。語りはあくまで平易に、分かりやすく。読者からみて単なるオタク知識の披瀝に陥らないよう、知識は細部に散らして雰囲気づくりに使うにとどめ、カタルシスには普遍性をもたせる。『リンネウス』にしろ『楕円軌道~』にしろ、親子関係という誰にとっても身近なテーマをストーリーの軸に据えたのは、そうした狙いからでした。
■その他
・「星新一」賞だからといって、星新一的なライトなSFを志向することはないと思います(そうであってはいけないという意味ではありません)。芥川賞作品が芥川龍之介的な文学を志向していないのと同じことです。本賞のコンセプトはあくまで理系文学で、一般部門は上限10000字ですから、コンセプトにしろ尺にしろ、星新一が得意としていた王道のショートショートとは明らかに違います。なので、星新一先生にはリスペクトを払いつつも、その作風自体にはあまりこだわり過ぎない方がよいのではないでしょうか。
・審査員が誰かはあまり気にしませんが、学識系の審査員の専門分野については一応チェックしました。審査員ご自身と同じ専門分野を扱った作品には審査の目が厳しくなるだろうと想像したからです(あくまで想像です)。あと過去の受賞作で似たようなアイデアが既に使われていないかはかなり注意しました。アイデアが同じでも料理のしかたが違っていれば問題ないとは思いますが、やはり後発の場合は先人の業績に対する配慮が必要だと私は思います。
・SF評論家の鏡明さんが講評で仰っていたように、近年の一般部門の応募作のレベルは著しく上がっており、審査の場では単なるアイデア勝負ではなく、小説としての完成度が厳しく問われます。受賞作はどれも文章力・構成力が高く、そうした熾烈な競争の中で勝ち残るためには、とにかく時間をかけて推敲し、極限まで文章を研ぎ澄ませていく以外に対策はありません。よほど自分が天才だと思わない限り、準備を含めてなるべく早めにとりかかり、締め切りまでできるだけ多く推敲することをおすすめします(とはいえ11時59分応募とかはやめましょう。手続きに手間取ってタッチの差で応募できなかった人を私は何人も知っています)。時間をおいて原稿を見直すことで、思い込みが薄れて内容を客観的に見ることができ、文章の粗だけでなく論理の穴を見つけたり、要素どうしの意外なつながりを発見したりすることで、物語がより緻密で重層的なものになるかもしれません。
作家にとって、作品とは我が子のようなものです。簡単に手離してはいけません。せっかく自分のところに降りてきてくれたアイデアを、どこに出しても恥ずかしくないよう立派に育て上げ、染み一つない綺麗な衣装を着せて嫁に出すのは作者として最低限の務めではないでしょうか。
・なお細かいことですが、応募規程の中に、作品中で実在する企業名、本人が特定できる個人名を使用するのはご遠慮ください。とあります。これは歴史上の人物にも適用され、基準は著作権保護期間に準じて没後70年となります(これは事務局に問い合わせて確認しましたので間違いありません)。この基準に厳密に従えば、アインシュタイン(1955年没)もまだ使用できませんので、ご注意下さい。
■受賞するとどうなるか
確か津久井さんがこんなことを仰っていました。星賞は受賞が直接デビューに繋がらないので、ハヤカワや創元のコンテストに比べて受賞価値が低いと思われがちだが、一般的にはかの星新一の名前を冠した文学賞ということで(またAIをいち早く受容した賞という話題性もあり)、受賞したことの世間的なバリューは明らかに高い。私もその通りだと思います。ハヤカワや創元の名前を知らなくても、SFを読んだことがない人でも、星新一の名前を知らないという人はあまりいないでしょう。星新一という名前自体が既に一つのジャンルなのです。
私は受賞を機に日本SF作家クラブへの入会をお誘い頂きました。ご縁があってトウキョウ下町SF作家の会にも混ぜて頂き、商業誌への掲載はまだないものの(ご依頼お待ちしております)、いくつか原稿依頼を頂いて、一応、SF作家としての第一歩を踏み出すことができました。SF作家の名刺を作り、原稿料で確定申告を行い、大勢の前でスピーチをし、高名な天文学者と対談することもできました。全て一年前の自分には思いもよらなかったことです。
かれこれ40年以上前、小学校の卒業文集で、少年の私は将来の夢に「SF作家」と書きました。当時は文字通りの夢物語でした。それが今になって、まるで伏線を回収するかのようにSF作家への道が開けたのは、間違いなく星賞のおかげだと思っています。こんなおじさんになっても人生は変えられるのです。締め切りまであと残り二ヶ月弱です。腕に覚えのあるそこのあなた、チャレンジしてみる価値はあると思いますよ。