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ダウンタウンファミリーとナイナイが共演NGだった時期における「吉本興業の派閥」
2024年4月11日放送のニッポン放送系のラジオ番組『ナインティナインのオールナイトニッポン』に明石家さんまがゲスト出演し、1993年当時の吉本興業内における「派閥」について語っていた(*1)。
「最初、『さんまのスポーツするぞ』で、生放送。第一回やったかな、あれ。要するに、特番になる前、前の生放送でやったんやな、あれ」
「そこで、岡村と今田・東野初共演やって。それまで共演ができなかった、会社の事情で…それがまた話せばちょっと、吉本の内側を抉るようで、喋らないけども。万博の方に行かれた方(大崎洋 元会長)と、色々君らは、色々あったんやね、そのマネージャー」
今田・東野らダウンタウンファミリー、そしてナインティナインのマネージャーの間で折り合いが悪く、共演ができない状態であったという。
状況を打開した『さんまの第1回オールスタースポーツするぞ!大放送』
マネージャー同士の確執などがあった一方、当のタレント同士は共演を希望していたという。
「共演は無理です言われけど、いや、今田も東野も共演したい、ナイナイも今田・東野と共演したい、と。ほんなら、共演さしてあげたらええやないのって。俺の番組でっていうことで、あれが実現したんやな」
このさんまの動きについて、ナインティナイン・岡村隆史は次のように語っている。
「我々の始まりというか…お笑いって凄く難しいなって。簡単なんですよ、さんまさんから言われたら、もう簡単なことやったんです、あの時は」
まさしくさんまの「鶴の一声」によって、共演が実現することになったという。
派閥ごとの「プロダクション」だった吉本興業
1993年当時の状況について、東野幸治は次のように語っている(*2)。
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