【3分で読める世界史】ルターの宗教改革
復活した【3分で読める世界史】、第2弾です。
今回はイタリア戦争と同時期に起きた宗教改革の話になります。
この記事を読めば、ルターの宗教改革マスターに!
■ルターの宗教改革
当時、神聖ローマ帝国(ドイツ)は、皇帝権が弱く、ローマ教皇からいろいろと搾取されていました。
このような状況からドイツは、「ローマの牝牛」と呼ばれます。
それを象徴するできごとが、教皇レオン10世が行った贖宥状(免罪符)の販売でした。
ローマのサン=ピエトロ大聖堂の改修費用のために売られた贖宥状は、生まれ持った原罪と生活を営むなかで知らずにまとった罪を赦し、天国に行けるとされていました。
しかし、これに異を唱える者が出現。聖書大好きヴィッテンベルク大学の神学教授マルティン=ルターでした。
聖書に書かれていることのみが正しいとするルターは「95カ条の論題」を提示し、贖宥状の効力について討論を行おうとします。
純粋に議論をしたかっただけのルターでしたが、活版印刷の技術により、論題がドイツ中に広まり、大反響となりました。
こうなると、教皇レオ10世も無視できなくなり、ルターを呼んで討論の末、破門。
さらに神聖ローマ皇帝カール5世も議会によびだし、説の撤回を求めましたが、ルターが主張を変えないため、ルターの法律上の保護を停止しました。(誰かがルターを殺しても罪にならない状態)
窮地に立ったルターでしたが、ローマ教会をよく思わない諸侯もおり、ザクセン選帝侯フリードリヒに保護され、ヴァルトブルク城にかくまわれます。
そこでルターは『新約聖書』をドイツ語に訳し、これまで聖職者や貴族にしか読めなかった聖書を、活版印刷により広くドイツ中の庶民にまで普及させることに成功しました。
■編集後記
今日はルターの宗教改革についてお話させていただきました。
好きなもの(今回は聖書)があると人間、大きな力が出ることを目の当たりにしました。
なおルターが保護されていたヴァルトブルク城は世界遺産として、いまも残っています。
調べてみるとルターが聖書を訳した小部屋も保存されているとのこと。
ぜひ一度行ってみたいものですね。
参考文献
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