スマートモビリティってなに?
私たちの生活に不可欠な交通手段。技術の進歩とともに選択肢が増え、利便性は向上し、近年はゼロエミッションといった環境への負荷軽減にも注目が集まる。AIや5G、IoTといった技術の実装を控え、交通を取り巻く環境は新たなステージに突入しようとしている。
外務省勤務時代に、100カ国以上もの国を訪れ、仕事をしてきた経験を持つ、ORIGINAL Inc.のシニアコンサルタント 高橋政司が、今話題のインバウンド用語をピックアップし、世界目線で詳しく、やさしく解説する本連載。
第20回では『スマートモビリティ (Smart Mobility)』について取りあげる。世界目線チームの若手筆頭、ヒナタが素朴な疑問をぶつけてみた。
ーースマートモビリティとはなんでしょう
「一言で言うと、人とモノの移動を変える新しいテクノロジーの総称です。古くはGPSやカーナビからスタートし、今は自動運転やIoTを使ったセンサーなども含まれています。
その主な目的は都市部での移動をスマートにすることです。ここでの『スマート』とは安全性や効率の良さであり、都市部の渋滞を緩和し、大気汚染やCO2も削減し、SDGsにも大きく寄与することが期待されます」
ーーMaaS(Mobility as a Service)との違いは何でしょうか
「スマートモビリティという大きな集合体の中にMaaSが含まれている、というのが私の考えです。スマートモビリティと聞くと、利便性を追求したプラットフォームの実現を思い描く人が多いかと思います。
しかし、最も重要なのは車の技術の進化によって安全性が確保されることです。先進運転支援システムによってドライバーの死角に潜む危険が察知できたり、緊急時に自動ブレーキが発動することなどによって交通事故による死傷者を減らすことができる技術や、車両が人と接触した際に、人体へのダメージを最小限に抑える技術は、今日、スマートモビリティーを形成する上で重要な役割を担っています。
例えば、V2X (Vehicle-to-Everything)(注1)という技術を使用したスマートカーであれば、事故が発生した際、本人が意識不明であったとしても自動的に110番に通報し、救急車を呼ぶことができます。
次に大切なのがいかにスムーズに移動ができるかであり、ここで登場するのがMaaSです。先進運転システムによる安全性の確保と、MaaSが組み合わさることによってスマートモビリティが完成する、と考えれば分かりやすいのではないでしょうか」
(注1)
ドライバーの視線の先にある危険を察知し、リアルタイムでアップデートしていくことにより、車両にとって安全でタイムリーな反応を可能とする
「5G and V2X (Vehicle-to-Everything)」Samsung Newsroom U.S.
https://news.samsung.com/us/5g-v2x-vehicle-to-everything/
ーーなるほど。理解しました
「最先端技術に偏った形の問題解決は正しいスマートモビリティではないと私は考えています。人間の行動や考え方を変えることによって実現できるスマートモビリティもあります。
ドイツにはGreen Waveという言葉があります。例えば、ヒナタさんの運転する車が赤信号で停車しているとします。次に、信号が緑に変わり、緩やかに加速し、法定速度ピッタリで走行すれば、次にくる信号を全て緑で通過することができるというものです。
これがMaaSであれば道路のセンサーがスピードや交通量を感知し、信号の操作を行うことになります。しかし、このGreen Waveは仕組みであり、人間の考え方と行動一つで実現できます。Green Waveで重要なことは、『焦って運転しても何もいいことないよ、法定速度を守って運転すれば、安全でかつ環境と財布にも優しいよ』ということを交通参加者に気付かせることです。日本でも積極的に導入してほしいシステムです」
ーー日本では全製造業の20%近くが自動車産業です。これからスマートモビリティに対応した車両が必要となると、構造上大幅な変革が求められる気もします。加えてテスラの時価総額が54兆円などというニュースを見ると、日本の自動車産業は大丈夫なのだろうか、という気持ちになります
「現時点では、最先端技術が必ずしもいいわけではありません。私たちの周りにある車はテスラのような最先端のものもあれば、コスト重視の商用車も存在し、機能性にもばらつきがある状態です。
スマートモビリティを成立させるためには、全ての車に最先端技術が搭載されていることが必要です。ほとんどの車が旧式で、自分の車だけが自動運転によって制御されていても逆に不都合なことも多いでしょう。まずは日本の道路における走行車両の総入れ替えが必要ですし、まだ時間がかかります。その間、日本の自動車産業がどこまで進化できるのかが肝です」
ーースマートモビリティが実現すれば悲惨な事故は減りそうですね
「間違いなく減ります。例えば自動的に車間距離を取るような、安全性を確保するための機能はオプションではなく、標準的に装備されているべきです」
ーー自動運転ということは車の利用のハードルも一気に下がるのかと思います。スマートモビリティの普及によって交通の便が良くなれば、地方もより住みやすくなるのでしょうか
「もちろんです。スマートモビリティは地方においても機能します。地方では電車やバスといった二次交通(注2)がとても不便なんです。その改善は大きなミッションだと思います。
去年私は長野県の乗鞍(のりくら)という所で仕事をしていました。松本まではインターネットで交通機関の検索ができても、その先の詳細な情報は出てきませんでした。スマートモビリティが実現されていれば、地方の辺鄙な場所に行った時でも、利用可能な交通機関やその接続性、徒歩は必要かといった情報を瞬時且つ詳細に提供することが可能になります」
(注2)
拠点となる空港や鉄道の駅から観光地までの交通
「二次交通」JTBインバウンド総研
https://www.tourism.jp/tourism-database/glossary/secondary-traffic/
ーー先程、「人間の行動や考え方を変えることによって実現できるスマートモビリティもあります」とおっしゃっていましたが、私たちが今すぐ生活レベルで実践できることはあるのでしょうか
「究極のスマートモビリティは徒歩だと思います。あえて2、3キロ歩いてみませんか。外務省に勤めていた頃、霞ヶ関から半蔵門の先までの往復5キロを2年間、毎日歩いていました。その時の自分の健康のコンディションはとても良かったんです。
街の隠れた魅力にも気づきます。皇居の周辺を歩いていた頃は、桜が10種類ほどあり、開花する時期も異なることを知りました。そしてこういった体験はとてもトランスフォーマティブ(気づきやインスピレーションによって人生をより豊かにすること)なものです。
経済波及効果も期待できます。徒歩で移動をすることによって、途中でカフェやレストランに入ったり、買い物をしたりしますよね。一見無駄な時間や過程を楽しむことこそが、豊かさではないでしょうか。そしてスマートモビリティが普及すればするほど、歩く時間の価値は高まっていくと思います」
高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント1989年 外務省入省。日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。2019年、観光庁最先端観光コンテンツ インキュベーター事業専属有識者。2020年、宗像環境国際会議 実行委員会アドバイザー、伊勢TOKOWAKA協議会委員。