世界目線ミニ講座【特別編】 星野佳路氏との対談 「サステイナブルツーリズムとレジリエントな環境づくり」
2020年10月23日から25日までの3日間、第7回となる『宗像国際環境会議』が行われた。当会議は海藻が減少し、繁茂(はんも)しなくなる現象である「磯焼け」やマイクロプラスチックなどの漂着ゴミといった環境問題に取り組み、国内外に向けて情報発信や提言を行うために2014年に設立された。
実行委員会でアドバイザーを務めるORIGINAL Inc. 執行役員シニアコンサルタントの高橋政司は、星野リゾート代表 星野佳路氏とともに本会議に登壇し、「サステイナブルツーリズムとレジリエントな環境づくり」をテーマに対談を行った。
外務省勤務時代に、100カ国以上もの国を訪れ、仕事をしてきた経験を持つ高橋が、今話題のインバウンド用語をピックアップし、世界目線で詳しく、分かりやすく解説する本連載。第19回は星野氏との対談を記事化した特別編となる。
高橋「本日は対談にご参加いただきありがとうございます。この対談のテーマは『サステイナブルツーリズムとレジリエントな環境づくり』です。星野さんはこれまでさまざまな形で環境問題に取り組まれてきました。それらについても紹介いただきながらお話ができればと思います。
サステイナブルツーリズムを、単純に持続可能な観光として捉える人もいます。観光が持続可能であるためには、観光を作り上げている資源そのものが持続可能でなければなりません。
2015年、持続可能な開発目標(SDGs)が国連において採択されました。その2年後、今度はUNWTO(世界観光機関)で「観光と持続可能な開発目標」が立てられました。温暖化ガスの排出量の約10分の1が観光業によって発生しているとされています。SDGsと観光は当然関係してくるわけです。星野さんが考える『環境とツーリズム』とは一体どのようなものでしょうか」
星野「観光と環境の上手な両立については90年代から取り組んでいます。当時から『エコツーリズム』が取り沙汰されていました。私の祖父は野鳥が好きだったので、会社を継いだ時、祖父や父から森と事業の両立をルールとして与えられたのです。
そこで環境を維持しながらビジネスにつながる仕組みはないだろうか、と考え、世界のエコツーリズムのカンファレンスに参加し始めました。 結局、観光においては自然の魅力をお客さまに伝えていかざるを得ない。つまり、観光事業においては、豊かで素晴らしい自然を維持することが競争力を維持することになる。
バブル期の開発では環境が軽視されていました。逆に、環境を守るのであれば手をつけてはいけない、という二者択一。そのような極端な話だと、環境も守れず、資源も確保できません。
地域としてなんとか稼ぎながら、環境も維持できる観光の在り方を考えよう、という気持ちがありました」
高橋「私たちがサステイナブルについて話をするとき、ターゲットが広範なので漠然としてしまうことが多いんです。なので、今回は星野リゾートの取り組みと、その目的についてお聞きしたいと思います。
今ヨーロッパでは『グリーンリカバリー』が始まろうとしています。コロナ禍で人間の活動が停止したことによって、各所で環境が改善し、例えばインドからヒマラヤが見えたり、ベニスの水が奇麗になったりしているんです。こういった現象を受け、今まで我々が解決できなかった環境問題を、コロナを機に一気に解決してしまおうという動きがグリーンリカバリーである、という認識です。
この間、星のや軽井沢に伺いました。そこでは、大正時代に作られた発電施設によって、施設で使用される電力の70%近くを自然エネルギーで賄うシステムが取り入れられていた。これについてお聞かせください」
星野「リゾートはコンセプトが大事です。私は軽井沢の家業から始まりました。ほかの再生案件でも、そこに携わってきた人たちの志や夢といったものを起点に次のステップを考えます。
急に方向転換するよりも、過去の歴史の上に今があるので、そこからどのようにいい状態にしていけるのかということ。軽井沢の場合、そのテーマが環境でした。私は決して環境に意識的な人間ではなかったのですが、環境への知識を増やすうちに観光の将来におけるその大切さに気付きました。
星のや軽井沢は電気がなかったので、自家発電をしていました。川から水を引き、その動力を用いて3カ所で発電していました。それを維持するコストは高く、本当は中部電力から電気を買った方が安かった。そこで、なんとか採算を合わせなければということで私が注目したのが『捨てている電気』なんです。
浅間山の火口が近くにあるので、地中を掘っていった時の温度の上昇がほかの地域より高い。なので、パイプを使って地中に水を送り込むと、温かくなって戻ってきて、そこで地熱を使った暖房ができます。そのヒートポンプを回すために電力が必要となります。軽井沢は夜が寒いので、これまで捨てていた夜の電気をそこに充てることによって、地熱と水力による全館暖房ができるようになります。
そこで私たちはスイスの地熱発電を参考にした独自のシステムを、改築に合わせて盛り込みました。それによって灯油の購入もゼロになり、水力発電所の採算も合うようになりました。それがエコリゾートとしてのベースになったのです。同時に『野鳥の森』も管理しており、そこではインタープリターの『ピッキオ』を導入しています。
部屋もできる限り暖房・冷房負荷をなくし、パッシブ(自然エネルギーを活用して、快適さを生み出すこと)なデザインにしました。私が子どもの頃は冷房がありませんでした。ところが、最近は顧客の体感(温度)が変わったのだと思います。冷房があまりない頃、軽井沢は涼しかったのですが、今は冷房に慣れてしまっているので、暑く感じてしまうのです。なので、軽井沢でも冷房を導入せざるを得ない状況なのですが、なんとかパッシブな建物を作ることによって外気を循環させる風路をつけ、冷房の稼働時間を低くする工夫をしています。
自家発電をしているので、その電力を無駄なく使うのですが、ピークタイムはどうしても足りなくなります。そこは中部電力から買うのですが、それをできる限り少なくするためにはどういった建物にすべきか、といった事が繰り返されていき、現在のエネルギー自給率74%のエコリゾートが誕生しました。そこで得たノウハウを、ほかの施設の設計にも生かしています」
高橋「フードロス、フードマイレージの話についてもお聞きしたいと思います。SDGsとの観点においても、これらは常に出てくるトピックです。例えば、結婚式などの大きなイベントが行われるとき、大量のゴミや食べ残し、食材の移動距離といった問題があります。
そういったなかで星のやでは、結婚式の参加者の出身地や食がどのような傾向にあるのか、といったことをデータ上であらかじめ調べたり、その日に食べる量も決めてもらったりすることによって、フードロスをなくしています。そして、廃棄物もリサイクルされています。このあたりについてお話を聞かせてください」
星野「そもそもの話として、石油燃料に頼らずにエネルギー供給もできていたので、トータルでゼロエミッションを目指し、エコリゾートとしてのコンセプトを追求していこう、ということになりました。
結婚式、いわゆるBanquet(宴会)でのフードロスが大きいです。その理由は、『食べたくないもの』そして『食べられない量』が出されているから。参加者は自分で食事を注文しないですし、幹事はたくさんの料理でもてなそうとします。なので、宴会においても食べたいものを食べたい人に出そう、という発想からスタートしました。
披露宴でも『和洋折衷料理』というのがありますが、これが最もフードロスを出していました。そこで、和食が好きな年配の方には和食を、洋食が好きな人には洋食を、ということにしたのです。宴会にいらした方には席に着いた時にメニューを出し、披露宴でも和食か洋食か選んでもらうような仕組みに変えました。
これはホテルの披露宴としては常識外れで、不可能だといわれますが、飛行機のビジネスクラスでは行われていることなんです。飛行機でできることが、なぜ地上にいる我々にできないのか、ということ。そしてキッチンにも工夫を凝らし、実現したことでフードロスは激減しました。
また、料理の工程においてもフードロスは大量に出てきます。その生ゴミを堆肥化しようということで北軽井沢の農家の方と連携していますが、そこでも面白いことが分かりました。私たちが農家の方々から怒られる一番の原因が、生ゴミの中の不純物。それらは堆肥化する上で大きなマイナスとなります。そして、その不純物の大半がフォークとナイフでした。
ホテルで働いていると分かるのですが、なぜかフォークとナイフはなくなることが多い。誰かが持って帰っているのではなく、実は捨てていたということが分かりました。なので、金属探知機を使用するなどして、フォークとナイフが混入していないか確認するようにしたことで、コスト削減にもつながったのです」
高橋「私は世界遺産の登録に携わってきました。特に自然における世界遺産でまず考えるのが、『保護保全』です。これは賛否両論あるとは思いますが、世界遺産、そして自然を守るのであれば、活用してもらい、自然の楽しさ・大切さを理解してもらうというプロセスが絶対に必要になってくると思います。
その観点で、現在、星のや軽井沢に併設されているピッキオでは、インタープリターによる自然の楽しさや大切さを理解しながら楽しむツアーが組まれています。これは日本でももっと進めて行くべきことだと思います。日本の自然は素晴らしいにもかかわらず、日本人がその価値をあまり理解できていない気もするんです。そこで、自然とインタープリターについて星野さんの考えをお聞かせください」
星野「インタープリターも私が海外から学んできた仕組みで、分かりやすく言うとツアーガイドです。しかし単なるツアーガイドではなく、その自然やそこにいる動物について圧倒的な知識を持っていて、その知識を面白く、楽しく説明する能力が問われます。そこで顧客の満足度も上げていこう、ということなんです。
利用者にはゴミを捨てない、枝を折らない、といったルールを守って楽しんでもらう必要があります。インタープリターがいることによって、そのルールを説明し、守らない人にはその場で注意ができる。ですので、ガイドのみならず、監視をする人でもあります。
インタープリターが目指しているのは、リピーターの確保。写真を撮ってもらうだけでは再訪につながりません。その日の満足度を上げるだけではなく、季節ごとの楽しみ方も知ってもらい、ピッキオのスタッフを気に入っていただくことで、また来ていただけるようにしています。
観光にとっての持続可能とは環境にとっての持続可能であり、事業にとっての持続可能でもあります。ですので、リピーターを生み出す上でもインタープリターの役割は非常に大きいのです。
①満足度を上げる
②ルールを守ってもらう
③リピーターを増やす
これらを確保することによって、事業の長期的な持続可能性を高める。このことについて学んだ時、インタープリターの存在は日本の観光には不可欠であると感じました。
日本における世界遺産の自然は素晴らしいですが、集客という観点において、登録直後は高いですが、その後は下がっていく傾向にあります。ですので、もう少し持続可能な形で集客があると良く、ここでもインタープリターの役割とは欠かせないものだと私は思います」
高橋「ここ宗像にも世界遺産があります。星野さんがおっしゃったように、世界遺産に登録された1、2年目は物珍しさもあり人が訪れますが、それらは残念ながら右肩下がりになっていきます。
文化遺産と自然遺産には共通点があります。これは今出てきている『インタープリテーション』という言葉ですが、UNESCO(国連教育科学文化機関)でも『Interpretative Strategy(説明戦略)』として重要視されています。これはつまり、『自然や文化といった資産の素晴らしさを、自己満足ではなく、相手が分かるようにどう説明していくか』ということなんです。
宗像を含め日本の世界遺産も登録されるときに、UNESCOから『インタープリテーションをしっかりやるように』という宿題をもらいます。これは自然の素晴らしさをどう説明し、人々に伝え、我々がそれをどう守っていくか、ということです。そういったミッションを抱えているのがインタープリターだと私は考えています。
日本でも本当の意味で、自然におけるルールとその楽しみ方を楽しく教えられる人たちを育て、そこから我々も自然の価値、遺産の価値を勉強し、感じたものを自身の生活に生かしていくということがSDGsに資するのではないでしょうか。
私は最近、こういった体験を『トランスフォーマティブ・トラベル』と呼んでいます。要するに旅先で得た経験、これは有形というよりは無形の価値だと私は思いますが、これらを自分の生活に取り入れることによって、豊かになったり、SDGsに貢献できたりすることなんです。自然への畏怖・畏敬の念を持ちながらも共存していくツーリズムを実現するためには、どのようなことをしていくべきでしょうか」
星野「自然が豊かな場所での観光において、自然との両立を考えざるを得ません。自然環境が破壊されているという事実があると、途端に利用制限がなされます。つまり、保護の理念が錦の御旗になってしまうと、地域の経済・観光が成り立たなくなってしまいます。かといって観光だけを無秩序にやっていくと、自然環境が壊れていきます。
私たちが作らなければいけない仕組みというのは、活用をすることによって守る理解が高まり、そこで得た資金を保護にも回していけるというものです。そういった良い循環を作っていくことが大切でしょう。
ここはお金の話になりがちですが、私はとても大切なことだと思っています。環境保護にもお金はかかります。そのお金をどこから調達し、どのような循環で回していくのかということをエコツーリズムの中で確立できれば、これは強い仕組みになるでしょう。
毎年どこからか税金をもらってきても、それは環境保護にとって十分ではありません。自分たちで十分な資源を確保するためにも、経済との両立を図っていくというのが大切だと思います」
高橋「環境を守るためには資金が必要であり、それを確保できなければサステイナブルなツーリズムにもならず、レジリエンスにもならないということですね。世界中の自然遺産を見ていると、素晴らしいビジターセンターがあります。自然についての説明が楽しく聞けたり、食事もできたり、アトラクションが豊富な施設があるんです。アメリカやオーストラリアでは一日中過ごしていても退屈しませんでした。それが日本となると、退屈なものが多い印象です。星野さんにとってのビジターセンターの価値とはなんでしょう」
星野「環境省が各国立公園にビジターセンターを作り、多言語化などの整備も進んでします。しかし、そのターゲットはまだ学生の修学旅行であるかのように私には見えてしまいます。ファミリーや大人だけで来て楽しめるものにはなっていないと思うのです。なので、例えば飲食や滞在との連携を考えるべきでしょう。
さらにはインタープリターがビジターセンターと連携し、そこからいろいろなツアーが実施されるようなものに変わるのが、一番いいのではないかと思っています」
高橋「今年はコロナウイルスの影響で世界遺産委員会が開かれていません。現在、日本は、西表や山原(やんばる)、徳之島、奄美大島の審議を待っている状態です。西表では、イリオモテヤマネコが絶滅危惧種として指定されています。彼の地では無農薬の稲作を何百年もやってきており、島民がその習わしを守ることによって、イリオモテヤマネコの餌場を荒らさずに済んできたという伝統があります。
西表のような場所で、これから我々がサステイナブルツーリズムをするとした場合、考えていくべきこと、取り組んでいくべきことは何だと思いますか」
星野「イリオモテヤマネコの生息域や食事を保護しよう、というのは理解できますが、実際に数を一番減らしているのはロードキルです。車との衝突を減らすべく現地のNPO(民間非営利団体)などが活動をしていますが、彼らも資金が足りていません。なので、どうすれば観光がその収入をそういった活動に回していけるのか、ということだと思います。
先ほど、ビジターセンターの話がありましたが、自然について一番面白い話を持っているのは実は研究者なんですよね。彼らが持っている話のタネはとてつもない観光資源です。なので、各国立公園の中で研究者たちの活動を紹介できればとても面白いと思います。研究者の資金不足を軽減するために、観光収入とうまく両立できればとてもいい活動になるのではないでしょうか。こういったギブ・アンド・テイクが大切だと私は思います」
高橋「以前登録された世界遺産で、長崎の端島という炭鉱があります。俗にいう『軍艦島』です。あそこに行った時に気付いたのですが、あの島を支えている柱の侵食が進み、グラグラになっていました。そういうことに気付けるのは行ってこそであり、そこにツーリズムの価値があると思うんです。
そして、例えば端島までの船移動が2,500円だとしたら、そのうちの500円を柱の修繕に使っていこう、ということになればおそらく多くの人が『自分も協力したい』と思ってくれるのではないでしょうか。それが文化や自然の保護にツーリズムを活用していく上で、大切なことではないかと思います。
そして先ほどのビジターセンターについてもそのような役割を担う場所として使っていけば、より多くの資源を守っていけるのではないかと、今日の話を通して思いました」
星野「企業が一番得意とするのは『収益を稼ぐ力』です。そのパワーを自然の保護に使えるような仕組みにし、収益を上げる活力としていただけると両立ができた仕組みになっていくのではないかと思います」
高橋「サステイナブルツーリズムとレジリエントな環境づくり、これからぜひ作っていけたらと思います。本日はありがとうございました」
星野佳路(ほしのよしはる)氏
星野リゾート代表
1960年長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士を修了。帰国後、91年に先代の跡を継いで星野温泉旅館(現星野リゾート)代表に就任。以後、経営破綻したリゾートホテルや温泉旅館の再生に取り組みつつ、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」などの施設を運営する“リゾートの革命児”。2003年には国土交通省の観光カリスマに選出された。
高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント1989年 外務省入省。日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。2019年、観光庁最先端観光コンテンツ インキュベーター事業専属有識者。2020年、宗像環境国際会議 実行委員会アドバイザー、伊勢TOKOWAKA協議会委員。