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フライトシェイムって何?

コロナ禍によって国や地域を跨いだ移動が大きく制限され、航空業界は深刻な打撃を受けている。飛行機によるCO2排出量の多さは以前から課題とされていたが、コロナ禍で多くのフライトがシャットダウンされた現在、環境への影響は改善を見せたのだろうか。

外務省勤務時代に、100カ国以上もの国を訪れ、仕事をしてきた経験を持つ、ORIGINAL Inc.のシニアコンサルタント 高橋政司が、今話題のインバウンド用語をピックアップし、世界目線で詳しく、やさしく解説する本連載。

第10回では『フライトシェイム(Flight Shame)』について取りあげる。世界目線チームの若手筆頭、ヒナタが素朴な疑問をぶつけてみた。

ーーフライトシェイムとは何でしょうか

「フライトシェイム(Flight Shame)とは、飛行機は二酸化炭素をたくさん排出するので利用をやめよう、という運動です。2018年にスウェーデンで生まれ、その後、欧米を中心に世界的なムーヴメントとなっていきました。

『Shame(恥)』という言葉を使用することで、飛行機に乗ることに罪悪感を感じさせよう、という狙いがあります。ここで留意すべきは、飛行機や航空業界自体に非はないということでしょう。問題の本質は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量です。飛行機が排出するものだけで世界のCO2総排出量の2.4%を占めると言われています。」

ーーコロナ禍でフライトシェイムが再び注目されているのはどうしてでしょうか

「誰がいつどこにウイルスを持ち込むか分からない中で、移動することに対して世の中がとてもセンシティブになっていますよね。本連載、第5回のグリーンリカバリーにも通じる話だと思うのですが、新型コロナウイルスの影響で大きな被害を受けた航空業界が、今後、復興に向かう中でCO2排出量の問題も一気に解決してしまえたら、という文脈でフライトシェイムが再浮上しているのではないでしょうか。」

ーー飛行機の機内は三密になりやすいと言われますが、そういう意味でもShame(恥)とみなされる可能性もあるでしょうか

IATA(国際航空運送協会)によると、最近の機体は換気を何度も行うため、ショッピングセンターやオフィスよりも感染リスクは低いとのことです。またIATAは今年の1月から3月にかけて、世界の主要航空会社に対して調査を行ったところ、機内感染が疑われたケースは3件のみで、全て乗客から乗務員への感染だったようです。

感染者が確認された便の乗客1,100人を追跡調査しても二次感染者はゼロだったことからそのような見解に至ったのだと思います。これが事実なら、感染防止対策の観点においてはShameではないでしょう。」

ーーどのような人たちがこの言葉を使い始めたのでしょうか

「気候変動・環境問題への関心が高い科学者や政治家、環境保護団体の人たちがCO2を無くす手段について議論する中で生まれた言葉ではないでしょうか。

スウェーデンに端を発し、同国のオリンピック選手のビョルン・フェリや、一躍時の人となったグレタ・トゥーンベリといったオピニオンリーダーが発信することで広く普及したと考えられています。UBS銀行の調査によると、この運動を受け、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスでは約21%もの人々が航空機の利用を減らしたです。その影響力は計り知れないと言えるでしょう。」

ーー欧米を中心に取り沙汰されている印象があります。日本やアジアではあまり浸透していないのでしょうか

「私が人生のほとんどを海外で暮らしてみて思うのは、環境や社会を良くするためなら、個人を犠牲にしてでも取り組もうという意識が欧米では強いということです。

教育の影響も大きいのではないでしょうか。ヨーロッパは環境問題に割く時間が多いですね。環境に良くないことはやらないようにしよう、という啓蒙ができています。

例えば、スウェーデンの小学校では学習面のみならず、再利用が可能な食器を利用したり、靴を脱ぐことで校内における化学薬品を利用した清掃を減らしたりといった、学校生活のあらゆる面で環境意識を高める仕組みができています。

アジアは、温暖な気候の影響もあるのでしょうが、とにかく歩くのを避ける傾向があります。日本でも店舗の情報をみると『駅近◯分』といったアクセシビリティーが盛んに謳われています。

ところがヨーロッパでは20分歩くのを不便と感じる人が少ないんです。歩きながらその過程を楽しむ習慣ができているように感じます。これは個人的な所感ではありますが、欧米における環境意識の高さはこういった理由もあるのではないかと思います。」

ーーあえてShame(恥)という強めの言葉を使う意図はなんでしょうか

「フライトシェイムの内容はよく理解できますし、CO2削減という観点においては個人的にも賛成なんです。しかし、現時点において、『CO2を出すので、飛行機の利用をやめましょう』というのは我慢を強いる話になってきますよね。

これだと長続きしません。暑いのに環境に配慮してクーラーを消した場合、大きな苦痛を伴います。一時的にならまだしも、ずっと続けられる話ではありません。

そのような苦痛を伴わず、快適な生活をしながらCO2を削減するような技術は人類なら開発可能だと思いますし、そうあるべきでしょう。フライトシェイムという言葉を生み出して、飛行機に乗ることが何か社会的な悪であるかのように思わせ、乗りたくても乗れないという我慢を強いるやり方に持続可能性があるとはあまり思えません。」

ーーカーボン・オフセットはフライトシェイムの解決策として有効でしょうか

カーボンオフセットは、抜本的な解決方法ではないですね。なぜなら、二酸化炭素を出した分、吸収する植物を増やそうという発想は、引き算のゲームです。注力すべきはCO2を排出しない次世代エネルギーによる移動が出来る世界の実現です。しかし、緑は、もともと地球にあったものを人類が破壊し続けているので、植林などは今後も必要です。」

ーーフライトシェイムという言葉の広まらない日本で、CO2排出量への意識を高めていくためには、どんなことができるのでしょうか

「まず、日本が国をあげてフライトシェイムの運動に参加するのはあまり意味がないと思います。それよりもその背景にある『悪いのはCO2排出』という考え方に立ち返って、どうやったらCO2を出さずに快適な空の旅を実現できるのか、という問いに対していち早く解決策を導き出し、『フライトチャーム(Flight Charm)』として再提示するのが日本の役割ではないでしょうか。

むしろここで日本がイニシアティブをとって、世界でのプレゼンスを高めるチャンスと捉えるべきです。」

高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント1989年 外務省入省。日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。2019年、観光庁最先端観光コンテンツ インキュベーター事業専属有識者。2020年、宗像環境国際会議 実行委員会アドバイザー、伊勢TOKOWAKA協議会委員。

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