ショッピング珍道中
「このまえ、すごい変なおじさんがいてさ」
「変なおじさん?」
「友達と2人で車に乗って、服を買いに行ったんだよ」
「うん」
「あ、もちろん、2人ともマスクしてたよ。今のご時世、大事だから」
「エチケットな」
「何店か回ったんだけどさ、結局良いジャケットとパンツがなくて買わなかったんだけどね」
「はいはい」
「まず、1店目。この店は、店員さんのノリが面白くてさ」
「へぇ」
「鏡に向かって、ジャケットを合わせてたら『トップスとボトムスはあいしょうが大事ですよ〜』って横から」
「ふーん」
「だから『へぇ、そうなんですね。じゃあ、このトップスはマイケルで、ボトムスは武蔵でどうでしょう?』って聞いてみたの」
「そっち!? “あいしょう”って愛称!? いや、ちげーだろ、どう考えても相性だろ」
「そしたら店員さん苦笑いしてさ『バランスも大事ですからね〜』って」
「ほら、急にボケるから、店員さん困ってんじゃねぇか」
「『じゃあどうしたらいいですかねぇ?』って聞いたら『トップスがマイケルなら、ボトムスはケビン、ボトムスが武蔵ならトップスは大和、とかですかねぇ〜』ってさ」
「そっち!? バランスってそっち!?」
「まぁ、そこは商品がイマイチで次の店に移動したの」
「ノリのいい店員さんだなぁ……」
「2店目はちょっと遠かったんだけど、車に乗って行ったの」
「店選びにこだわりがあるのね」
「それで、2店目に入ってすぐに、これだ! っていうジャケットがあって」
「おお、よかったじゃん」
「店頭に並べてあるマネキンの1つが着てるジャケットがめちゃくちゃカッコよくてさ」
「その店のイチオシが着せてあったりするもんな」
「店員さんに『これと同じのありますか!』って聞いたら『ちょっと裏行って確認してみます!』ってさ」
「いや、目玉商品だったら在庫あるだろ」
「それで、待ってたら『ありました!』って持ってきてくれて」
「ほら、やっぱり」
「『裏に予備でありました! このマネキン!』って抱えてきてさ」
「そっち!? ジャケットじゃなくてマネキン!?」
「話聞いたら、入ったばっかりの新人さんだったらしくて」
「新人どうこうのレベルじゃねぇよ」
「結局そのジャケットは在庫がなくてさ」
「なんでだよ。じゃあ、マネキンに着せんなよ。ただの見せびらかしか」
「次の店に行こうと思ったんだけど、2店目がカフェを併設してたから、ちょっと休憩していくことにしたの」
「服はないのに、カフェはあるんかい」
「で、そのカフェでコーヒーを頼んだの。そしたら『ミルクとシロップはご利用ですか?』ってお店の人が。だから友達と、どっち派? っていう話になってさ」
「ああ、まぁ聞かれるよな」
「そしたら、友達は『うーん、俺は猫派かなぁ』って」
「そっち!?」
「俺は犬派だから、へぇそうなんだって盛り上がってさ」
「違うじゃん。ブラックかどうかの話だったじゃん。何でお前も普通に犬派猫派の話してんだよ。突っ込めよ」
「で、次に行こうと思ってた店の閉店時間が何時だったか、ちょっとハッキリしなくて。だから友達にちょっと電話で確認してもらったの」
「ちなみに俺は猫派だから、その友達と気が合うかもしれん。いや、そんな話題ブンブン変えるやつ合わんわ」
「面白いのがさ、電話だとやっぱりちょっと言葉遣い丁寧になるよな。こんな感じだったよ。『あ、もしもし。ちょっとお尋ねしたいんですけど。コーヒーはブラック派ですか? ミルクシロップ入れますか?』って」
「そっち!? せめて犬派か猫派か聞けよ! いや、それも違うわ!」
「そしたら『あ、ぼくはブラックですね〜』って答えたらしいよ」
「何で普通に答えてんの? 会話の文脈が存在しない世界線で生きてるの?」
「で、少し休憩して、3店目に行ったの」
「結局、開いてたんかい」
「3店目も遠い場所にあったから、結構時間かかったんだけどね」
「まぁ、時間に間に合ったんだから、よかったじゃん」
「そう。それで、3店目でついに、これは! っていうパンツを見つけてさ」
「おお、よかったじゃん」
「前の2店はジャケットはたくさん、あったんだけど、パンツの種類が少なくてさ」
「へぇ」
「それで、店員さんに『これ試着してもいいですか!』って聞いたの」
「うん」
「そしたら『いや……それは、ちょっと……』ってすげぇ困った顔されてさ」
「うん? 何で?」
「俺もそう思ってさ『え? 何でですか?』って聞いたの。そしたら『……何で、と言われましても……それは下着なので、試着はできません』ってさ」
「そっち!? パンツってそっち!?」
「試着断られるなんて初めてだったから、なんかちょっと嫌な気分になったよ」
「どの店でも断るわ! 逆に何でイケると思ったんだよ! 店員さんも困ってたわけじゃねぇよ! 引いてたんだよ! ドン引きだよ!」
「ほら、俺、試着しないと買わないタイプだからさ。違うサイズ感とかで失敗したくないし」
「じゃあ、今までのパンツどうやって買ったんだよ!? ……いや、答えるな。答えるな!」
「それで、しょうがないから4店目に行こうかって、車に戻って友達と話してたらさ」
「もう、いいよ。パンツ試着できる店なんかないって……」
「車押してたおじさんが『いや、ちょっともう無理っすわ』って言うから」
「!?」
「じゃあ、今日はしょがないかって」
「いや、話進めるな。説明しろよ。何? 車押してたおじさんって?」
「え? いや、だから人力車のおじさんだけど……」
「そっち!? 車ってそっち!? 人力!? 日常のショッピング人力車でするやついねぇよ!」
「え? そんなに変かな? ……まぁ考えてみれば、確かに人にジロジロ見られてたかもな」
「そりゃそうだろ。観光地でもないのに、人力車乗ってるやつがいたら、そりゃ見るわ。」
「でもさ、考えてみれば、移動中だけじゃなくて、店内でもジロジロ見られてたんだよな」
「え?」
「だから何回かトイレ行って確認したもんな。顔に何かついてるのかなぁって」
「……何かついてたの?」
「いや、何にもついてなかったよ。汚れひとつ付いてないタイガーマスク」
「そっち!? マスクってプロレスマスク!?」
「そうだよ? ちなみに友達は獣神サンダーライガー」
「つまり、プロレスマスクをした2人が人力車に乗って下着を買いに行ってたってことか……」
「そうだな」
「……そういや、おまえ。変なおじさんがいたって言ってたよな」
「うん」
「まさか」
「そうです。私が変なおじさんです」
「だっふんだ」