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結果02-1:「文化百貨店」における山崎晴太郎の話術

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本連載は、アートディレクターの山崎晴太郎が、社会学者加藤晃生との出会いにより、自身の理論化されなていない活動をアカデミズムに客観視してみたい。そしてそれを言語化し構造化したもの見てみたいという、純粋な知的欲求に基づき始まった連載である。あわよくば、それが後世のクリエイティブを志す人たちへの一つの武器となることを願いつつ。
山崎晴太郎 序文|『透明な好奇心』参照

 本節では一旦A社のプロジェクトから離れ、オーラル・コミュニケーションにおける山崎晴太郎の話術についての分析を行う。

 これはセイタロウデザインに限ることではないが、ブランディングのプロジェクトでは、クライアント企業とコンサルティングファームは何度も音声会話による議論を行い、情報取得・合意形成・意思決定を進めてゆく。この際にコンサルティングを行う側の担当者において重要になるのは、クライアント企業の人びととどのようなコミュニケーションを行うか、である。

山崎自身、セイタロウデザインのブランディング事業において最も属人化の度合いが高い技能として、このオーラル・コミュニケーションの技能を挙げている。

山崎「(セイタロウデザインのブランディングプログラムを構成する諸要素の中で)僕個人のある意味固有の特殊能力のように扱われて、大きな評価をしてもらっている部分が、この会話の部分」(2021年3月11日、Slackでの会話における発言)

マーケティングやブランディングの実務の現場で行なわれるこうしたコミュニケーションは、社会学や文化人類学における面接調査とかなりの部分で共通するものがあるが、面接調査においても高度な能力を持つ面接者の育成には時間がかかることが従来より指摘されている(*1)。

 そこで本節では、実際に山崎が行っているオーラル・コミュニケーションを、複数の状況を設定してそれぞれに分析し、その特徴を抽出する。


1:方法

 本節で分析対象とするのは、山崎がパーソナリティを務める「文化百貨店」における話術である。ここでの山崎の役割は、ゲストから可能な限り興味深い談話を引き出すこと考えられるが、これは学術的な社会調査の自由面接法に近い(*2)。本節では漫画家の浦沢直樹がゲストとして登場した回の「文化百貨店」を社会学の会話分析の技法を一部借用した(*3)方法で分析し、加藤と山崎がそれぞれに考察を行う。考察の順序は前節と同じく、加藤、山崎となる。また、山崎は加藤による考察を読んだ上で、それについての見解も示す。

なお、会話分析においてはエスノメソドロジー・会話分析研究で用いられるトランスクリプト用の記号を必要に応じて用いる(凡例参照)(*4)。

本稿で用いるトランスクリプト記号
発話の重なり
[ ]を用いる。
例:ゲスト おそらく皆さんが推し量れないような状況だったと[思います]よ
  晴太郎                      [ふんふん]  
発話と発話の密着
=を用いる。
例:ゲスト そう=す
聞き取りの不可能な箇所
( )を用いる。
例:晴太郎 めっちゃ(  )と思いますよ。
伸ばされた音
:を用いる。:の数で長さを表す(*5)。
例:晴太郎 え:::::
途中で途切れた言葉
-を用いる。
例:ゲスト 
呼気と吸気
呼気はh、吸気は.hを用いる。
笑い声
笑い声のみはhで、笑いながらの発話は当該箇所を\で囲む。
例:晴太郎 hhhh, \マジか::\
強く発音された音
下線で示す。
例:晴太郎 ずっと
要約
注記発話内容の要約や注記は(( ))を用いる。
例:ゲスト あのね:: ((5秒省略))自問自答というかね


結果1:「文化百貨店」


事例1:「文化百貨店」(ゲスト:浦沢直樹)
 今回、「文化百貨店」での山崎の話術のサンプルとして取り上げるのは、2019年4月28日と5月5日の2週に渡って放送された回で、ゲストは漫画家の浦沢直樹である。ただし、収録は同じ日に連続して行なわれている。また、分析に用いたのは編集前の録音素材で、以降のタイム表記は実際の放送のタイムではなく、編集前の素材のタイムを表している。実際の放送では言いよどみの部分を編集によって削除するなどの加工が行なわれているため、このタイム通りには放送されていない。

1:全体の構成

 これは、実際に収録されたものから加藤が作成した、構成の一覧である。
 本稿では、話題とスコープ(*6)が同一性を保って続いている会話を「セクション」と名付けて、分析の基本単位とする。
 黄色で塗られた部分は、台本通りの質問、黄緑色で塗られた部分はゲストの新作についての質問や番組のコンセプト上必須の質問など、絶対に行なわなければならない質問で、やはり台本に書かれているもの。水色で塗られた部分は、台本にある質問を変形(後述)したと考えられる質問、灰色で塗られた部分は台本にある質問の絞り込み(後述)をしたと考えられる部分、緑色で塗られた部分は質問の展開(後述)をしたと考えられる部分。色が塗られていないものは、山崎の即興による質問である。太字は、直前までのトークから継続される要素が無い質問で、ここでがらりと話題が変わったことを意味している。

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実際の質問の数 台本の質問の数 台本の質問の採用数/率スクリーンショット 2021-05-31 21.54.35

 これは統計の数字ではないので山崎の話術全体に敷衍することは出来ないが、少なくともこの回においては以下のような傾向を指摘出来る。すなわち

1;山崎は用意された質問の3割程度を採用し、残りはその場の流れによって新しい質問を生成している。
2:インタビュー開始直後からいきなり用意された質問をそのまま並べるのではなく、序盤はゲストとのラポール(*7)構築を行い、充分なラポール構築が完了した後に用意された質問を提示している。
3:ラポール構築が完了した2週目分では、必ずしなければならない質問(必須質問と表記)以外はほとんどが即興による進行である。

 こうした流れは、社会調査における面接調査の一般的な流れに極めて似ている。すなわち、基本属性確認、アイスブレーキング、事前に用意した質問、質問への回答を受けての即興的な質問という流れである(*8)。
例えばセクション1のゲストプロフィール紹介が面接調査の冒頭に行なわれる被面接者の基本属性の確認、セクション2でおよそ1分間に渡って行なわれている挨拶とちょっとした雑談がラポール構築のためのアイスブレーキングに相当するだろう。続くセクション3から5はアイスブレーキングからそのままの流れで台本質問の1から4までを聞き出している。
また、セクション28から始まる5月5日放送分はほとんどが山崎の即興的な質問であるが、これも自由面接法や半構造化面接法の後半の、話題が面接者と被面接者との相互作用で様々な方向に展開してゆく流れと非常に似ている。

2:アイスブレーキング

 ここでは山崎の話術のうち、アイスブレーキングの方法を細かく検討する。以下は、アイスブレーキングから最初の台本質問に入っていく流れのトランスクリプトである。[]で囲まれた部分は二人の発話が重なっている箇所、\で囲まれた部分は笑いながらの発話であるが、この2要素は後段の山崎による分析でも言及されるので、その位置と出現頻度に注意して読んで頂きたい。

会話1:4月28日放送分 録音2’22~
1. 晴太郎 はじめまして。
2. 浦沢 はじめまし[て。
3. 晴太郎 [ず]っと、読んでました。
4. 浦沢 あ、ありがとうございます。[どうも]。
5. 晴太郎 [hhh] \なんか、不思議な感じしますね、なんか。ずーっとこう、作品を読ませていただいた方が:、目の前のゲストっていうのは。なんかそういうの、言われないですか、よく\
6. 浦沢 あ:、言われますよ、やっぱ[り]
7. 晴太郎 \[言]われます[よね]\
8. 浦沢 [う::]ん、何でしょうね、あれね
9. 晴太郎 \何でしょうね、なんか[い\
10. 浦沢 [あの::]、きっとなんか、ひとの日記をこっそり読んでたような気持ちになるんじゃないの
11. 晴太郎 \hhでも、そうかもしれない\。何だろうなあ、なんかほんとふし-、だ、なんだ、僕がこういう仕事する前から::
12. 浦沢 うん
13. 晴太郎 プリミティブな体験として読んでたから::、\すっごい不思議な感じがするんですけどね\
14. 浦沢 ああ、ありますよね。あ:の僕なんかあのう、吉田拓郎さんって人があの、1970年代に;、
15. 晴太郎 ええ
16. 浦沢 こう出て、テレビとかあまり出られ:[ない方だったわけじゃない]ですか
17. 晴太郎 [はいはいはい、ええ]
18. 浦沢 で、その::人がたまに::
19. 晴太郎 うん
20. 浦沢 テレビとか出るときに::、照れちゃうんですよ、逆に。\見てて\。[hhh]
21. 晴太郎 \[なるほどね]\,
22. 浦沢 こっちがね、見てる方[がね]
23. 晴太郎 \[はいはい]\
24. 浦沢 なんかこ:::う、慣れないことをされているなあという[hhhhh]
25. 晴太郎 \[なるほどね、昔を知っているからこそみたいなところですよね::]\
26. 浦沢 \[そうそうそうそうそう]\
27. 晴太郎 は::い、ありがとうございます。是非ね:、色々お話を聞かせてもらえれば[なあと思って]いるんですが
28. 浦沢 [はい、はい]

検討
これらの会話のうち、行3から9まででは、山崎自身の個人的な感懐を語りつつ、ゲストである浦沢との距離感を、昔からの読者であったという事実を示して縮めようとしていると解釈出来るだろう。
ここを更に詳しく見ると、まず行5では「言われる/言われない」の二者択一の回答が可能な質問を提示し、これに答えるという形でゲストが話を始めやすいように誘導している。これがアイスブレーキングの最初の働きかけである。
続く行7、9、11、13で山崎はゲストである浦沢の発話量に匹敵するような発話を行っているが、これは浦沢に行5の質問から連想されるエピソードを検討する時間を与える機能を持っているとも考えられる。実際、行8の浦沢の発話に対しての行9を見ると、前半では浦沢の発話を繰り返す形で共感を伝えているが、後半([なんか]以降)では自分自身の体験ないし見解を示そうとしている。ところが行10で浦沢が発話を開始すると、山崎は直ちに自身の発話を打ち切っている。
行7-13と対称的なのが行14の会話だ。行14で浦沢が吉田拓郎に関するエピソードの語りを開始すると、山崎はそれまでとは打って変わって自分自身の体験や感懐は一切発話しなくなり、行25まで共感を示す相槌のみを行っている。これもまた、行7-13はその後の浦沢の饒舌なトークを引き出すための準備だった可能性を示唆している。

3:質問の変形・絞り込み・展開・パラフレーズ

 ここでは山崎の話術のうち、質問の形が台本から離れてゆくプロセスを検討したい。
 今回、分析のための仮の枠組みとして準備したのは、「変形・絞り込み・展開・パラフレーズ」の三つの概念である。以下にそれぞれの本稿における定義を示す。

名称 定義
変形
ある質問を、スコープを保ったまま別の言い方に変えて問う発話。例:「漫画の原体験を教えて下さい」→「きっかけは何だったんですか?」

絞り込み
ある質問に対する回答について、スコープを更に絞りこんだ質問を続ける発話。「変形」との違いはスコープの同一性の有無による。例:最初の質問「漫画家としてどこを目指しているのか?」→回答「目標とする人々と自分の作品を比較出来ないので、一生追いつけない」→絞り込んだ質問「では、漫画家を辞めようと思ったことは?」

展開
ある質問に対する回答について、それ以前のやり取りの中には存在しなかった概念・論点を取り上げて質問を行う発話。絞り込みとの違いは、問いのスコープの継続性にある。絞り込みでは台本あるいは直前の質問のスコープの範囲を狭めているが、展開では回答者によって持ち込まれた新しい概念・論点に対して質問者が新規にスコープを設定する。

パラフレーズ

ある質問に対する回答について、質問者が自身の言葉で回答者に対して語り直す発話。


質問の変形 TRANSFORM
まず検討したいのは、山崎がいかに質問を変形しているかである。
 変形とは、ここでは質問のスコープを変えずに表現のみを変える発話を指すものとする。
次に示すのは、山崎が台本の質問1「「漫画」の原体験を教えてください」を別の言い方に置き換えて浦沢に尋ねた下りのトランスクリプトである。この部分では山崎による質問の変形のプロセスが最もよく観察出来る。

会話2:4月28日放送分 4’41-
1. 浦沢 だけど、見る目やら、その、評論する力は[ありましたので:]。
2. 晴太郎 [はいはい、うん]
3. 浦沢 だか[ら::
4. 晴太郎 [近づこう]近づこうみたい[な
5. 浦沢 [すっごいうるさい子でしたよ。
6. 晴太郎 へ:::::=なん、\なんでそうhなったhんですか\。その前は何だっ-、何だったんですか。家に、めちゃめちゃ漫画があった[とか。(台本質問1の変形)
7. 浦沢 [う::んと、2冊くらい手塚先生のね
8. 晴太郎 はいはいはいはい。
9. 浦沢 光文社の、カッパ、の、[カッパコミックスって
10. 晴太郎 [うーん
11. 浦沢 ちょっと大きいサイズで。
12. 晴太郎 はいはい。
13. 浦沢 それ::を目の前に、手元に、4,5歳の時ですよね、2冊くらい置いてあって。
14. 晴太郎 ふーん。
15. 浦沢 それだけですよ。
16. 晴太郎 えー、なん、きっかけは何だったと思います? そんなにこう、そこに、ま、色んな環境あるじゃないですか。漫画もあるし:、
17. 浦沢 うん
18. 晴太郎 それこそ音楽もあるし映画もあるし::、
19. 浦沢 う::ん
20. 晴太郎 まスポーツもあったでしょうし:: (台本質問1の変形)
21. 浦沢 や、逆にやることが無かったんじゃないの?
22. 晴太郎 hhhhh[そういう感じですか
23. 浦沢 \[あの当時]、[昭和
24. 晴太郎 [はあ]
25. 浦沢 さんじゅう、年代。[う::ん]。
26. 晴太郎 [へえ]
27. 浦沢 やること無かったんですよきっと。
28. 晴太郎 な::るほどね、じゃず:::っとやっぱり描いたり模写したり想像したのを、[描いたり
29. 浦沢 [う::んそうですねだから気がついたらもう今の状態とあまり変わんなかったすね。
30. 晴太郎 [へ:::じゃもうそのまんま来てるって感じなんですねご自身の(パラフレーズ)
31. 浦沢 そうですね
32. 晴太郎 感覚[としては
33. 浦沢 [それで::、あの::描いてない自分とか::、アイデアが浮かばなかったりとか上手くないとか、そういうのに対しての::、あの::あと描き始めたなら最後までか-続けられない[とか::
34. 晴太郎 [う:::ん
35. 浦沢 そういうのを、ず::っともう一人の頭の中の、自分が、お前はダメだっつってず:::っと言ってるのが、今もず:::っと続いてますよね。
36. 晴太郎 \ま::::じか::::\
37. 浦沢 は::-
38. 晴太郎 \すごいなあ\。へ::そういう感じ=じゃあどう、学んだっていう感じじゃないんすか?(台本質問3)
39. 浦沢 学んだことは無いです[ね
40. 晴太郎 [ほ::てことですよね::
41. 浦沢 はい。
42. 晴太郎 へ::じゃ今もその途中っていう感じなんですか?
43. 浦沢 う:::ん感覚としては全く変わんないですよね::。うん。
44. 晴太郎 へ::::そ、逆になんか、どこをどこを目指してるみたいなのってあるんですか?

検討
 以下、少し細かくなるが、行番号を示しながら、山崎の話術を検討していく。

台本質問2から台本質問1への導入
行1から5までは構成表のセクション3で発せられた質問「そもそも::、こう漫画::って、昔からやっぱ好きだったんですか?」から続くやり取りの終盤である。このやり取りの中で浦沢は小学校低学年の頃から今と同じような長編漫画を描いていたが、プロとのレベル差もよく認識しており、プロになろうということは考えもしなかったが、一方で漫画にはうるさい子供であったと述べている。
更にこのやり取りを細かく見ると、行4で山崎は少年時代の浦沢が当時の憧れの存在であった人々を目指して、その領域に近づこうとしていたのではないかという例示を行っているが、行5で浦沢はそれには答えていない(*11)。
続く行6の冒頭で山崎は感嘆を表現する「へ:::」を1秒近く続けているが、浦沢が行4に関連する発話を行わないことを察すると、すぐに次の質問に進んでいる。これが台本質問1「「漫画」の原体験を教えてください」の変形と思われる部分で、山崎は「何故そのような漫画に強いこだわりを持つ子供になったのか」と問い、これでは言葉足らずと考えたのか、続けて「そうなる前はどんな子供だったのか」「例えば家に大量に漫画があったというような環境だったのか」という質問を足している。

例示とパラフレーズによる語りの引き出し
行6での山崎の三つの質問に対して浦沢が反応したのは三つ目のものであった。この後、浦沢は行15まで、漫画に出会った当初に家にあった僅かな漫画本についてのエピソードを語っている。だが、これだけの語りでは、浦沢の漫画の原体験のうち、最初に接したものは何だったのかについての説明ではあっても、何故、これほどまでに漫画にのめり込んだのかの説明は得られていない。
そこで山崎は行16、18、20では、漫画以外に音楽や映画やスポーツといった他の趣味の選択肢を並べ、何故これらの中から漫画が選ばれたのかという形の質問に台本質問1を変形して再提示する。しかし、浦沢は行21-27で「他にやることがなかったんじゃないの」という、当時の自分を三人称で描写するような語りを行ってこれに応える。
ここに至って山崎は、浦沢から「これが決定的なきっかけだった」というような語りを引き出すことは出来ないと判断したのか、行28から32ではそれまでの浦沢の語りをパラフレーズしてみせる。このパラフレーズにより、行33および35の浦沢の豊かな語りが引き出される。山崎の話術が最も冴えるのはこの次の行36から38までで、行36で感嘆の声を上げて会話のリズムを維持しつつ、38において、浦沢は漫画を「学んだ」という感覚を持っていないのかという台本の質問3を変形して繋いでいる。
結果的に山崎はセクション3から6までで台本の質問1-3を巧妙に変形し、なおかつ順序も変えて浦沢に提示して、興味深い語りを幾つも引き出していると言える。

質問の絞り込み REDUCE
 次に検討するのは、山崎がいかにして質問を絞り込んでいるのか、そして、展開された質問は、どのような効果を生み出しているのかである。
 質問の展開とは、ここではある質問のスコープの範囲を変えることを指す。
以下に示すのは、2週目に放送された分で、収録再開から5分30秒ほど経過した箇所のやり取りだ。ここで浦沢が「あのおじいちゃん」と呼んでいるのは、「YAWARA!」(小学館、『ビッグコミックスピリッツ』1986-1993年連載)に登場した猪熊滋悟郎のことである。ここは、先程示した構成表で言うとセクション31の質問25、「特に思い入れの強いキャラクターはいるか?」という質問(台本質問18の変形と考えられる)に対して浦沢が猪熊滋悟郎を挙げた部分の終盤から、セクション32の質問26へと入っていく部分である。

会話3:5月5日放送分 5’30-
1. 浦沢 あ:::::::すっごく勉強になりましたね。あのう、キャラクターが、ドラマを、[切り開いて]いってくれるという::ことですよね。
2. 晴太郎 [あ、う::ん]
3. 浦沢 う:::ん、あのおじいちゃん助かったな。
4. 晴太郎 う:::ん、そ-、どこまで、決め-、決めておくんですかその、ひと-、一人ひとりのキャラクターについてというか。あんま決め過ぎるとなんか勝手にこう(台本質問15)
5. 浦沢 [う::ん]
6. 晴太郎 [なんだろうな]、走り始める余地も無くなっちゃったりとか、すると思うんです[けど::]。(台本質問15)
7. 浦沢 [はい]、決めるって何だろうかなあ。あのね、決めるんじゃないんですよ。居るんですよ、その人が。
8. 晴太郎 [う:::ん]
9. 浦沢 で、その人じゃないことをすると、そういう風にはしないです。た、正しい、演者は。
10. 晴太郎 はいはいはい。
11. 浦沢 それは、私はそういうことは、しないって[言うんですよ]。
12. 晴太郎 [ほお::ん]。
13. 浦沢 え:::::、だから、え:、作者の都合で、え::::わずか一コマ、で、この行動を取って[ほしいんだけど]。
14. 晴太郎 [ええ、ええ]
15. 浦沢 そうすと、手っ取り早いんだけど、ってなんだけど。そうは、しないって言う[んです]
16. 晴太郎 [うんまあ言い始める]みたいな[の]
17. 浦沢 [うん]。またこれも将棋の
18. 晴太郎 ええ
19. 浦沢 例なんですけど::、あの、桂馬ってあるじゃないですか
20. 晴太郎 \はいはい\
21. 浦沢 あれ、すんごい変な動き方するじゃないですか
22. 晴太郎 こっちにしか飛ばないですもんね。
23. 浦沢 そう。で、(空白)桂馬みたいな[キャラ]=
24. 晴太郎 [うん]
25. 浦沢 =クターばかりなん[ですよ]。
26. 晴太郎 [はいはい]はいはい。
27. 浦沢 だから、目の前の[一個の]
28. 晴太郎 [ほお]
29. 浦沢 いち、一本進みたいんだけど、桂馬って目の前の一本には行けないわけじゃ[ないですか]。
30. 晴太郎 [はいはい]。うんうんうんうん。
31. 浦沢 .hで:::なんぼか先にはこう行ってこう行かなきゃいけないみたいな[ことって]
32. 晴太郎 [う::ん]
33. 浦沢 あるじゃないですか。
34. 晴太郎 あります[ねえ]。
35. 浦沢 [そう]しないとそっちには行きませんよっていう、
36. 晴太郎 [はあはあはあはあ]。
37. 浦沢 [そういう]、でもまたそういうキャラクターの動きがねえ、ドラマを面白くするんですよねえ。

検討
 山崎は直前の猪熊滋悟郎についての浦沢の語りに話を継ぐ形で、行4において「どこまで決めておくんですか/一人ひとりのキャラクターについて」という質問を発している。これは、一見すると台本質問15「キャラクターづくりについて伺いたいのですが、キャラクターが自分の思惑を超えて動き出す、というようなことはあるのでしょうか」のスコープを保ったまま変形したようにも見えるが、山崎はすぐに続けて「あんま決め過ぎるとなんか勝手にこう/走り始める余地も無くなっちゃったりとか、すると思うんです」という発話を付け足しており、元の質問のスコープである「キャラクターが思惑を越えて動きだすことはあるか」から「設定を厳格に決めることと、キャラクターが思惑を越えて動きだすこととの関係はどのようなものか」に絞り込まれている。
これに対し浦沢は、山崎の言いたいことはわかっているという合図の相槌を打ち(行5)、行7以降で饒舌に彼の漫画のキャラクターの、作者から見た特徴を語っている。
 ここで考えてみたいのは、山崎が行4・行6のような質問の展開を行わずに、台本に書かれた通りの発話をしていたならば、結果はどのようになっていたかである。
 まず注目したいのは行1の浦沢の発言だ。これは5’04付近で行われた「逆に、思い入れある、一番思い入れあるキャラクターって、います?」という質問への回答の終盤であるが、ここで既に「キャラクターがドラマを切り開いていってくれる」という言い方で、台本質問15の「キャラクターが自分の思惑を超えて動き出す、というようなことはあるのでしょうか」の答えも語られてしまっている。つまり、この時点で台本の通りの質問を山崎がすることは、既に二人の間で共有されているはずの知識について再び尋ねることであり、浦沢を確実に困惑させる選択肢になってしまっているということだ。
 この時、山崎が取りうる選択肢は二つである。台本質問15そのものを既に回答が得られたものとして処理するか、台本質問15の変形を行うかだ。実際には山崎はここでスコープの絞り込みという形での質問の展開を行い、浦沢から豊かな語りを引き出すことに成功している。

 もう一例、スコープの絞り込みの事例を見てみよう。
 以下に示すのは、4月28日放送分で、会話1で見たアイスブレーキングが終わった直後のやり取りである。

会話4:4月28日放送分 3’25-
1. 晴太郎 そもそも::、こう漫画::って、昔からやっぱ好きだったんですか?(台本質問2)

2. 浦沢 (1.5秒空白) す::きとかいうような問題じゃないんじゃないですかね::。あの::::::、おそらく、皆さんが推し量れないような状況だったと[思いますよ]。
3. 晴太郎 [ほうほうほう]。どういう-。僕の周りのイメージだと::
4. 浦沢 は::い
5. 晴太郎 何か小学校の::
6. 浦沢 はい
7. 晴太郎 休み時間とかに::
8. 浦沢 はい
9. 晴太郎 こう、休み中にノートに書いて::
10. 浦沢 はい
11. 晴太郎 で、それがその、そのまんまデザインになったり漫画になったりイラストレーターになったり、みたいな感じのイメージが凄い強いですけど::
12. 浦沢 うん
13. 晴太郎 そんな感じでした?
14. 浦沢 .h::あのね::::::、その、好きとかゆう::::よりも、もう、既に今とおんなじで、あの、自問自答というかね::
15. 晴太郎 へ:::
16. 浦沢 あ、も=小学校の低学年のときにもうわりと長い長編漫画みたいなの描いてましたから::、
17. 晴太郎 [へ::::
18. 浦沢 [いまみ]たいのを描いて[ました]
19. 晴太郎 \[へ:::]\
20. 浦沢 あ:::んで:::その:::いわゆるプロの技術:::の人と自分のギャップみたいなものだとか::、
21. 晴太郎 ほ::
22. 浦沢 で::だか:::う::::、当時はだからなんていうの、なりたいだとかなんだとかっていうようなものなんてのは、僕はそのプロの技術のすごさを:::
23. 晴太郎 ほ:::[う
24. 浦沢 [見てわかりますから::
25. 晴太郎 はあはあ[はあ
26. 浦沢 [その::小学生の自分とのあまりの落差に::
27. 晴太郎 う::ん
28. 浦沢 なろうという気さえしなかったですよね。

検討
 行1で山崎が発している「漫画って、昔からやっぱ好きだったんですか?」という質問は台本の質問2「「漫画家になる」という夢は、子供の頃から持たれていたのでしょうか。」の変形と考えられる。
これに対し浦沢は行2冒頭で考え込んだ後、「好きとかいう問題じゃない」「皆さんが推し量れないような状況だったと思う」という、山崎の問いの立て方が的を射たものではないという回答を示している。
そこで山崎は行5から11にかけて、具体的な小学生の姿を描写してみせてから、行13で「そんな感じでした?」と改めて質問を行った。このプロセスがスコープの絞り込みである。こうしてスコープを絞った質問が提示された結果、浦沢はまず行16と18で実際の小学生時代の自分の姿を解説し、更にこれを掘り下げる形で行20から28にかけて、小学生時代の自分の内面を描写している。
このような質問の展開を行った結果、山崎は台本質問2「「漫画家になる」という夢は、子供の頃から持たれていたのでしょうか。」への回答を浦沢から過不足無く引き出すことに成功した。

質問の展開 PIVOT
3番めに検討するのは、直前に行なわれていた質問・回答セットにおいて新たに現れた概念・論点を取り上げて発話される質問である。これを本稿では「質問の展開」と呼ぶ。
 質問の展開はその仕組み上、必ず他の種類の質問とそれに対する回答のセットに続いて生起することになる。次に示すのは5月5日放送分で、セクション32の「キャラクターについてはどの程度、予め設定を固めておくのか?」(台本質問15)の終盤からセクション33のパラフレーズを経て、質問が展開されていく部分である。

会話5:5月5日放送分 6’28-
1. 浦沢 あの、またこれも将棋の、例なんですけど、あの、桂馬ってあんじゃないですか
2. 晴太郎 \はい\
3. 浦沢 あれ、すんごい変な動き方するじゃないですか
4. 晴太郎 \うん\、こっちにしか飛ばないですもん[ね
5. 浦沢 [そう。で、(1秒空白)桂馬みたいなキャラク[ター=
6. 晴太郎 [うん
7. 浦沢 =ばかりなんですよ。
8. 晴太郎 はいはいはい[はい]
9. 浦沢 [だから]、目の前の1個の、い=
10. 晴太郎 [う::ん]
11. 浦沢 =[一本]進みたいんだけど桂馬って目の前の一本には[行けないわけじゃ]ないですか。
12. 晴太郎 [はいはい、うんうんうん]
13. 浦沢 で:::なんぼか先にはこういってこういかなきゃいけないみたい[のってあるじゃないですか]
14. 晴太郎 [う::ん]、あります[ねえ]
15. 浦沢 [そう]しないとそっちには行きませんよっていう
16. 晴太郎 はあはあはあ
17. 浦沢 そういう、またそういうキャラクターの動きがねえ、ドラマを面白くするんですよね。
18. 晴太郎 あ::なるほどね。
19. 浦沢 うん
20. 晴太郎 ちょっとクセあった方が面白いみたいな感じですか?(パラフレーズ)
21. 浦沢 そうそう
22. 晴太郎 \[人間の]\
23. 浦沢 [だから]、僕が生み出したものではあるんだけど、
24. 晴太郎 う::ん
25. 浦沢 全然僕の言う通りにはならないんですよだから。
26. 晴太郎 う::ん[なるほどね:]
27. 浦沢 うん、こう、手っ取り早くこう風になってくれれば都合が良いのにってのは、だから作者の都合良く動いたキャラクターってのは、やっぱ、ダメですよね。
28. 晴太郎 う::ん、なるほどなるほど
29. 浦沢 逆言っちゃえばね
30. 晴太郎 うんうんうんうん
31. 浦沢 そういう形でせ-構成されたドラマも面白くないし
32. 晴太郎 はいはい。へ::、そ、つく-、作者ってどういう、どういう意識っていうのもあれですけど、僕ずっと20年間くらい役者やってたんですね
33. 浦沢 はい
34. 晴太郎 で舞台やってたんですけど::
35. 浦沢 はい
36. 晴太郎 なんかこう、一人のつ、を、作ってく感じはまあすごいよくわかるんですけど::、
37. 浦沢 はい
38. 晴太郎 演出家みたいな感じですか。ストーリーテラーみたいな。ど、どういう-
39. 浦沢 う:::、そ、全部。
40. 晴太郎 ほ:::コンダクターみたいな?
41. 浦沢 演出家、役者、美術、[カメラ]
42. 晴太郎 [そうですよね]う::ん
43. 浦沢 全部、全部自分なんで
44. 晴太郎 \そうですよね\
45. 浦沢 [はい、それら全部]
46. 晴太郎 [思わないものは無いわけですもんね]、絵に。思ったものを描くわけだから。
47. 浦沢 そう。それでえ、演者も全部演技、感情の演技とかしなくちゃ[いけない]。
48. 晴太郎 [ええ、ええ]
49. 浦沢 結局はしなくちゃいけないんで。
50. 晴太郎 [う::ん、まあそうですよね。]
51. 浦沢 [彼らがやってるように見えてる]けどね。そういうの全部やんなきゃいけないんで、それ、漫画家が一番やること多いかもしれないですよ。
52. 晴太郎 そうすよね::、めちゃ[めちゃ-]
53. 浦沢 [それ]を::、右手、まあ左利きの方は左手ですけど
54. 晴太郎 う::ん
55. 浦沢 の、一本で、え:::::ペン先を通じて、それを表現するってこと、[最終的に技術が]必要なので::、
56. 晴太郎 [うんうんうん、はいはいはい]
57. 浦沢 だから::、かなり大変な作業ではありますよ
58. 晴太郎 や、かなり大変ですよね::
59. 浦沢 うん
60. 晴太郎 一番好きなや、役柄、役柄つうかなんか、あるんすか? たと-描いてるときがやっぱ一番好きだな::とか::、なんかそれを考えてるときが好きだな::とか::、
61. 浦沢 ん::、なんだろう
62. 晴太郎 カット、割ってる時が好きだな::とか::

検討
 ここでは2箇所で「展開」が行なわれている。
 最初は行32-38で、山崎は行17および31で浦沢が提示した「ドラマ」というキーワードを継承し、漫画家は劇で言えば役者なのか、演出家なのかという質問へと展開している。
 これに対して浦沢が行39と41で「演出家、役者、美術、カメラ」「全部」という回答を提示すると、今度は山崎は行60と62で、それらの多種多様な漫画家の役割の中ではどれが好きなのか、というように、やはり前の質問に対する回答中に新しく現れた概念を軸とした質問の展開を行った。
 質問の展開はこのように複数が連鎖して生起することもあるが、後に見るように1度だけ生起して質問シリーズ(後述)を構成することもある。

パラフレーズ
 本項の最後は、山崎が時折会話中に差し挟むパラフレーズがどのように機能しているかの検討である。
 パラフレーズとは、ここではゲストによる回答をホストが別の言い方で表現してゲストに提示する発話を指す(*12)。山崎はこれを4月28日放送分で2回、5月5日放送分で2回行っているが、それによってどんなやり取りが生まれているのだろうか。
 最初に見るのは4月28日の最初のパラフレーズ部分(紫色)である。

会話6:4月28日放送分 15’56-
1. 晴太郎 ちなみにこう作品づくりについてちょっとうかがい[たい

2. 浦沢 [はい
3. 晴太郎 んですけども::、こ-ま-色んな題材を今まで描かれてきてると思うんです
4. 浦沢 はい
5. 晴太郎 けど::、題材ってのはどうやって決めてくんですか?(台本質問7)
6. 浦沢 ん:::::::と:::::h、\ほ\、題材からは入らない?
7. 晴太郎 はあはあはあはあ、うんうん、ど::、どこから入ってく感じで? ま題材って感じでも\ないと思うんですけど\ なんか
8. 浦沢 う::ん、なんかその作品に=の感情、みたいなもの、どういう感情なのかみたいな
9. 晴太郎 ほう。読んだ人の読後感みたいな感じですか?
10. 浦沢 読んだ人なんかどうでも良いんです。hhhhhh
11. 晴太郎 \なるほどね\ 感情? 感情ってどういっ[た
12. 浦沢 [読んだ人がどう受け取ろうが僕はほんとどうでも良いんですよ
13. 晴太郎 ほうほうほうほ[う
14. 浦沢 あの::、その作品に僕が何を込めるかなので。
15. 晴太郎 なるほどなるほ[ど
16. 浦沢 [どうい、だ=ムードとか、感情が漂っているものだとか、
17. 晴太郎 [ほう]
18. 浦沢 [って]いうことで
19. 晴太郎 [あ::]なるほどね
20. 浦沢 [う:::::]
21. 晴太郎 [ああ]
22. 浦沢 [て]考えていくと、テニ、ス、かな? とか言ってhhhhhh
23. 晴太郎 [あ、そ-]
24. 浦沢 \[はじめ]るのはね\
25. 晴太郎 そういう感じなんですね。たしかにそういう意味だと、ちょっと音楽の作り方に似てるって意味もわかります[ね]
26. 浦沢 [う]::::ん、あとは、だ=例えば「20世紀少年」、とかだと
27. 晴太郎 うん
28. 浦沢 あの:::国連の事務総長の挨拶が突然、彼らがいなければ我々人類は21世紀
29. 晴太郎 [う::ん]
30. 浦沢 [を迎える]ことは無かったでしょう
31. 晴太郎 [はい]
32. 浦沢 [って]いう言葉だけが、頭の中にポーンとひらめいて、
33. 晴太郎 う::ん
34. 浦沢 なんだこのドラマは
35. 晴太郎 [はい]
36. 浦沢 [って]思うんですよね。で、そういうようなことですよね。
37. 晴太郎 へ:::じゃそ=し、なんか一個のシーンというか、言葉からバーって気配が広がる場合もあれば::、なんとなくモヤモヤした、なんだろう、例えばなんかこう沈殿した気配だとかそういう、風に作ってくってこともあるってことすか
38. 浦沢 .hhhhhう:::::ん、.hhhhhうん、いう:::ん、
39. 晴太郎 [元気な感じとか]
40. 浦沢 [そう、む、ムードね]
41. 晴太郎 [うん]
42. 浦沢 [む、ム]ードね。あとは、あの::、予告編
43. 晴太郎 [うん]
44. 浦沢 [映画]の予告編なんかみなさんご覧なったときに、パッパッパッパッとこうカットバックみたいに色んなの
45. 晴太郎 [う::ん=はい]
46. 浦沢 [出てくるじゃないすか]、うんで台詞がなんかパッとか浮かんだ[り]
47. 晴太郎 [お::]
48. 浦沢 で、なんか面白そう
49. 晴太郎 [お::お::お::]
50. 浦沢 [だな::これつって。まさにあれが頭に浮かんで、何だこれはって、それを自分で探求、探しに行くみたいな
51. 晴太郎 なるほどなるほど
52. 浦沢 なんだこの話は
53. 晴太郎 はいはいはい
54. 浦沢 なんか面白そうだけど
55. 晴太郎 う::ん
56. 浦沢 それがいちばん近いですよね。
57. 晴太郎 なるほどね::面白いすね::。ちなみに、18年9月から、
58. 浦沢 はい
59. 晴太郎 ビッグコミックスピリッツ。小学館さんですね。
60. 浦沢 はい。
61. 晴太郎 で本格連載をスタートさせた「あさドラ!」。
62. 浦沢 はい。
63. 晴太郎 これ、第1巻発売中ということで。

検討
 まず山崎は行5において、台本の質問の7番目「作品作りについて伺っていきたいのですが、どのように題材を決めるのでしょうか?」を発している。これは台本でも曲の直後に書かれているので、ほぼ予定通りの発話位置だ。
 ところが浦沢には直後の行6で「題材からは入らない」と回答されてしまう。このままでは話がそこで終わってしまうので、山崎は行7から11にかけて「題材」ではなく「どこから入るのか」という部分にスコープを移した質問の展開を行い、行12から36にかけての浦沢の興味深い語りを得た。
だが、ここでの浦沢の語りは浦沢自身も言葉を探しながらのものであったのか「ムードとか、感情が漂っているもの」(行16)、「テニスかな」(行22)、「言葉だけが、頭の中にポーンとひらめいて、なんだこのドラマはって思う」(行32, 34, 36)など、興味深くはあっても断片的なものに留まっており、それらを貫く(山崎がブランディングの仕事でよく使う表現を借りるならば)背骨のようなものの位置が特定出来ていない。
 そこで山崎は行37で「一個のシーンというか、言葉からバーって気配が広がる場合もあれば、なんとなくモヤモヤした / 沈殿した気配だとかそういう風に作ってくってこともあるってこと」かというパラフレーズを行い、これに触発された形で浦沢は行44から行54にかけて、頭の中に浮かんだ映画の予告編のようなものの探求という、より具体的な語りを行った。
 すなわち、ここでのパラフレーズはゲストの断片的な回答を仮に図式化してみせて、それに対するゲストの反応を引き出すという機能を与えられていると言える。
 次にもう一例、5月5日放送分の終盤を見てみよう。
ここはセクション39の質問31「アシスタントに任せる部分はどこか」への回答が完全に終わった直後である。山崎は自身が強く拘っている身体性の問題を浦沢に尋ねている。

会話7:5月5日放送分 24:45-
1. 晴太郎 ((略)) ちなみに、漫画って結構、何だろうな、物性があるというか::

2. 浦沢 はい
3. 晴太郎 この、めくったときのいきなりバーンて見開き=
4. 浦沢 はいはい[はいはい]
5. 晴太郎 =[になったり]とか、色々やっぱりこう身体的な部分あるじゃないですか。取り込んでくる。
6. 浦沢 はい、はい
7. 晴太郎 でもなんか最近って、結構こう何だろうな::、電子[書籍=
8. 浦沢 [はい、はい]
9. 晴太郎 =だったり]とか::、なんか流れがどんどんなんかまあ音楽に[ね、
10. 浦沢 [はい、はい]
11. 晴太郎 追随してるのかもしれないですけど、あの辺てなんかどう、どう思われてます?
12. 浦沢 ま::ね時代の趨勢でしょうがないのかなとも思いますけど::、.hhあとは::、あ::::なんつ::の、家の本棚のね、本棚の[問題があるじゃないですか]。
13. 晴太郎 [まあね::、ありますね::::]漫画は特にね:::::
14. 浦沢 買っても買ってもどんどん増えるばっかりなんでね:::
15. 晴太郎 そうですね::、あ::
16. 浦沢 だ-それも非常にわかるんですけど::、.hhhhあ::の:::やっぱり、あの、ス::::マートホンで見ているっていうサイズは、あきらかに小さすぎますよね。
17. 晴太郎 う:::ん
18. 浦沢 あ:::ん=僕ら描いてるのはB4版なので:::
19. 晴太郎 はいはい、たしかに[描き込みの]量とスケールは合ってない感じが=
20. 浦沢 [う:::ん]
21. 晴太郎 =[しますよね:::]
22. 浦沢 [言っちゃえば]、僕らで、の時代で言うと豆本みたいに[なっちゃってますからね]:::
23. 晴太郎 [はいはいはい]
24. 浦沢 あれはちょっといくらなんでも小さすぎるなあと。であとは、あの漫画っていうのは、あの:::そのび:::::B4版が雑誌だとB5版に[なりますよね]。
25. 晴太郎 [うんうんうん]
26. 浦沢 で、B5版でえ::そのコマがそのB5版の中で::、僕わりと入れるんですけど8コマとか、[9コマみたいな]
27. 晴太郎 [うんうんうん]
28. 浦沢 ま=し-こういう風になってたときに::、さ=次のページになったときに::、
29. 晴太郎 はい
30. 浦沢 それがB5版の倍になった瞬間に
31. 晴太郎 う::ん
32. 浦沢 バ::ンと見開きになったり[する]、
33. 晴太郎 [はいはいはい]
34. 浦沢 [それが]
35. 晴太郎 [あ::ありますね]
36. 浦沢 漫画における最大の演出なん[ですけど::]
37. 晴太郎 [ええ]
38. 浦沢 そすと::あの::ああいう:::::そういうなんつんですか
39. 晴太郎 [ええ]
40. 浦沢 [タブレット]のようなもので見ると::、
41. 晴太郎 \はは、たしかに\
42. 浦沢 半分になるんですよね
43. 晴太郎 \そうですね\
44. 浦沢 あの見開きはね。だからどっちにしろサイズは変わらない[ですよ]。
45. 晴太郎 [ええ]。
46. 浦沢 あの::::::う大友克洋さんが::、映画の方をやられるように[なって]::
47. 晴太郎 [ええ]
48. 浦沢 あんのコン-絵コンテ、を
49. 晴太郎 うん
50. 浦沢 切るときに::
51. 晴太郎 うん
52. 浦沢 一番困ったのが、ここでバ:::ンてしたい[んだ]けど::
53. 晴太郎 う::ん
54. 浦沢 映画ってサイズが変わんないんだ[よと
55. 晴太郎 [はいはいはいなるほど
56. 浦沢 で、漫画の、い-っぱりお、いっちばんの威力って、サイズが[変わること]だよな::と
57. 晴太郎 [はあたしかに]、なるほどなるほど。
58. 浦沢 言ってましたね::、だから最大のサイズがやっぱあの見開きっての、だ-僕は一番のカタルシスの時に::
59. 晴太郎 うん
60. 浦沢 見開きを使うっていうんで::
61. 晴太郎 はい
62. 浦沢 そういうね、切り札が無くなっちゃうんですね。
63. 晴太郎 なるほど[ね]:::
64. 浦沢 [だ]-あれがね::非常にその漫画の醍醐味をものすごく削いじゃってるんで
65. 晴太郎 あ::、はいはい
66. 浦沢 その:::漫画を見る環境じゃないとこで見られるって[のが]
67. 晴太郎 [あ:]::
68. 浦沢 やっぱりちょっと悲しい::::
69. 晴太郎 たしかに
70. 浦沢 =ですね::::
71. 晴太郎 デバイスのせいってよりはパッケージが変わっちゃってるのに、コンテンツが
72. 浦沢 [そうそうそう]
73. 晴太郎 [変わってない]ってことですよね要は(パラフレーズ)
74. 浦沢 で、今度いま最近縦スクロールで
75. 晴太郎 ああ、たしかに
76. 浦沢 見るっていうのがね、
77. 晴太郎 はいはい
78. 浦沢 縦スクロール漫画ってのが結構出てきてんですけど、.hあの::::::す:::::そうすると、手塚先生たちの時代から、こう、開発してきた ::
79. 晴太郎 うん
80. 浦沢 あの:::その見開き漫画の世界 って[いうの]::
81. 晴太郎 [ええ、ええ、ええ]
82. 浦沢 =が::、ものっすごい高度なところまで来たはずなのに::
83. 晴太郎 う::ん
84. 浦沢 あれ、漫画としてはその、ツールとしては
85. 晴太郎 う::ん
86. 浦沢 -未来に進んだのに、
87. 晴太郎 [はいはいはい]
88. 浦沢 [スマホのようなものが]みんな手に持ってるんで。
89. 晴太郎 はいはい
90. 浦沢 だけど、漫画としては、退化、に向かってないかそれは[って感じ]がするんですよね=
91. 晴太郎 [う:::ん]、そうですね、[それはね]
92. 浦沢 =[縦スクロール]ってのはね。で、じゃあその縦スクロールの中で、い、もしかしたら全っぜん使っ、それは想定してませんでした[ってことを]
93. 晴太郎 [うんうんうんうん]
94. 浦沢 僕らが思いつかなきゃ[いけないなって気もあるわけ]ですよ
95. 晴太郎 [はいはいはい、うんうんうん、ほうなるほど]
96. 浦沢 縦で、ものっすごい顔の長い人が\出てくるとか\ hhhhhhhhhhhh
97. 晴太郎 \トーテムポールみたいな\
98. 浦沢 \ね。だから::ものすごい背高いな[こいつはとか]\
99. 晴太郎 [はいはいはい、うん]
100. 浦沢 そういう、わかんないですけど::そういう使い方があったのか::みたいな::
101. 晴太郎 はいはいはい
102. 浦沢 なんか::それを開発しない限り::
103. 晴太郎 [う::ん]
104. 浦沢 [あのいわゆる]与えられた環境に
105. 晴太郎 [あ]::
106. 浦沢 [僕]らが合わせるのだけは御免だなと思うんですよね。
107. 晴太郎 なるほどね。
108. 浦沢 う::ん。

検討
 行1-11までは山崎による質問で、これは台本には書かれていないけれども、山崎が常に強調している身体性という問題意識に直結したものである。これに対し浦沢は行12から70まで、「スマートホンで見てるってのは小さすぎる」「(従来の紙メディア上の)漫画の一番の切り札は画面サイズが変わること」など、極めて饒舌に電子書籍における漫画閲覧環境の問題を語っている 。語りの量も、それらの語りの布置状況のわかりやすさも、充分と言いうるだろう。
 ここで山崎が採り得た選択肢は幾つかある。

1) 漫画閲覧と身体性の問題については充分な回答が得られたとして次の質問に進む。
2) 質問の絞り込みや展開を行う。例えば「MASTERキートン」など20世紀に描かれた作品と、電子書籍普及後の作品である「あさドラ!」では何か変えている部分はあるのか、など。(絞り込み)
3) パラフレーズにより、さらなる語りの引き出しを狙う。

 実際に山崎が採用したのは3で、行71と73で「パッケージが変わっているのにコンテンツが変わっていないということですよね」という、一つ上のレベルから見たときの問題の所在を浦沢に提示するパラフレーズを行っている。
 すると、浦沢はこのパラフレーズに触発されて、縦スクロールの問題から思考を展開させ、スマートホンやタブレットなどの携帯型液晶デバイスというメディアの特性が要請する枠組みに自分たち漫画家が合わせることへの抵抗感を語る。
ここで特に興味深いのは、「縦スクロールの中で、それは想定してませんでしたってことを、僕らが思いつかなきゃいけない」(行92, 94)という発言である。これはエレキギターにおけるオーバードライブサウンドや、塩化ビニールのレコードにおけるスクラッチ奏法やブレイクビーツのような、設計者が全く考えていなかったような使い方でデバイスの表現領域を表現者側が拡張することの重要性の指摘である。
これは、電子書籍上の漫画という表現活動における主導権を誰が持つべきか、それはデバイスの設計者なのか、編集者なのか、漫画家なのか、あるいはそれ以外なのかという思想の問題への言及と言うこともできよう。浦沢が行78から90にかけて語った、手塚治虫から始まる紙メディア上の見開き構造を持つ漫画の表現の進化という議論は、冒頭に「手塚先生」という名前が挙げられていることから推測して、(少なくとも浦沢の立場から言えば)漫画の表現の進化は漫画家たちが主導して積み重ねられてきたということになるはずである。手塚治虫やちばてつやといった先駆者たちを、今も追いつきようがない存在としつつ、それでもなお追いかけ続けるという浦沢にとっては、この、漫画家たちが主導して進めてきた漫画表現の進化に、漫画の閲覧専用ですらない汎用デバイスであるスマートホンやタブレットの設計上の都合によって蓋が閉じられてしまうのは、思想の問題としても受け入れがたいものがあるのかもしれない。
こうした、単なる表現技術論より一つ上の視点での浦沢の語りは、おそらくは行71と73で山崎が行ったパラフレーズにより、視点のレベルが一段階引き上げられた結果生まれたものである。
すなわちここでは、山崎のパラフレーズは、議論が展開する地平の高さを変えるという機能を持っていたと考えられるのではないか。

4:質問の連鎖

 ここまでで見たように、「文化百貨店」では「予め準備された質問」の他、スコープを保ったまま「問い」の表現を変える「質問の変形」、話題を保持したままスコープを絞り込む「質問の絞り込み」、先行する質問への回答に登場した新しい概念を使って質問を生成する「質問の展開」、ゲストの回答を言い換えて再提示する「パラフレーズ」の四つの技法が観察された。
 山崎はこれらの技法を用いて、幾つかの質問・回答ペアをひと繋がりの質問の連鎖へと組み上げている。こうした連鎖の塊を本稿では「質問のシリーズ」と呼ぶ。
以下の表は5月5日放送分の前半、曲紹介までの大まかな流れであるが、セクション間では必ず、直前のトークから継続されている要素が一つだけあることがわかる。

スクリーンショット 2021-05-31 21.55.25

スクリーンショット 2021-05-31 21.55.32

スクリーンショット 2021-05-31 21.55.39

もう一つ、これは比較的短いシリーズである。

セクション 質問 回答 継続要素

スクリーンショット 2021-05-31 21.55.46

 やはり、要素を一つだけ次の質問に引き継いでいる。
 すなわち、「文化百貨店」における質問のシリーズとは、「台本質問」「変形」「絞り込み」「展開」「パラフレーズ」そしてこれら以外の自由な質問の6種類の発話が、直前のセクションから何らかの要素を引き継ぎつつ、2分前後、あるいは4分以上に渡って連鎖して生起したものと考えることが出来るだろう。

5:質問のシリーズの長さ

 質問のシリーズの長さは、浦沢直樹をゲストとした回の「文化百貨店」では以下のようになっていた。

表:「文化百貨店」浦沢直樹ゲストの回における質問のシリーズ一覧

スクリーンショット 2021-05-31 21.55.54

 この表から分かる通り、山崎は2分前後で終わる短めのシリーズと、4分を超えるような長めのシリーズを使い分けている。10 電子書籍について 3 5’262分前後の短いシリーズは2セクションで構成されることが多い。例えば4月28日放送分の最後に現れたシリーズ(セクション26-27)は「作品を書き終えた時はどんな気持ちか?」(台本質問14)「漫画家を引退する可能性はあるのか?」の二つの質問で構成されている。1 子供時代、漫画をいかにして学んだのか 6 4’44一方、長いシリーズは3セクションから7セクションと、含まれるセクションの数はばらつきが大きいように見える。10 電子書籍について 3 5’26

6:浦沢直樹によるホスト術との比較

本項の最後に、「文化百貨店」ではゲストであった浦沢直樹がホストを務めたテレビ番組「漫勉」における浦沢の話術を、これまでと同じようなトランスクリプトで記述し、山崎の話術との違いの有無を検討してみたい。
今回サンプルとして利用したのは、2016年3月3日に放送された萩尾望都(1949-)をゲストとした回である。萩尾を選んだ理由は、「漫勉」のゲストの中では世代的に明確に浦沢より上であること、浦沢自身も小さくない影響を受けていると想像されること(*16)の2点が、山崎にとっての浦沢の存在に近いと判断したからである。
以下に示すのは、21分30秒付近からの浦沢と萩尾のやり取りで、萩尾がキャラクターをどう扱うか、萩尾自身の子供時代の回想など、浦沢が「文化百貨店」で語った内容に近い話題の部分である。なお、「漫勉」はトークの編集が極めて頻繁に入っているので、「文化百貨店」のように編集なしのやり取りを分析出来たわけでないことに留意されたい。着色しているのは前項までで検討した質問の技法に当てはまると考えられる部分である。

会話8:「漫勉」2016年3月3日放送分 21:30-
1. 浦沢 いつもま:::そこまで追い込むかっていう感じ::の::状況を::つくり::ますよね:: (空白2秒)追い込まれる(空白2秒)人が好きなのか、追い込み、追い込みたいのかhhhh

2. 萩尾 両方好きですよねきっとね、[う::ん]
3. 浦沢 [hhhh]
4. 萩尾 (空白4秒)問題に直面している、
5. 浦沢 うん
6. 萩尾 大人::、を描くのが面白い
7. 浦沢 問題を直面してる大人ね
8. 萩尾 \そう。そうそう\
9. 浦沢 あ::はいはい。あの、いわゆる(空白3秒)天真爛漫な子供はあまり面白くないのあれ
10. 萩尾 あ、子供もやっぱり問題に直面して[(聞き取り不能・字幕では「直面していてほしい」と表記)
11. 浦沢 [問題に直面している子供]
12. 萩尾 hhhhh
13. (編集による中断)
14. 浦沢 萩尾さんの子供時代ってのはやっぱりあれですか、わりと、思い通りにならない
15. 萩尾 あ:::特に漫画が好きだったせいもあるんだけど::、.hhhhその一番大好きな漫画を、禁止されるわけですから ::
16. 浦沢 禁止されたんですか
17. 萩尾 \そうそう\
18. (編集による中断)
19. 萩尾 私は親の言うことを聞けない悪い子なんだと=
20. 浦沢 はい
21. 萩尾 =いうふうにこう、思考が行っちゃうわけですね。でもやめられない
22. 浦沢 漫画を描いていることイコール
23. 萩尾 うん
24. 浦沢 親に背いている感じ[(聞き取り不能)]ですね::
25. 萩尾 ま-し-[完全にそうですね::]
26. 浦沢 あ:::う::僕はちっと以前うかがってびっくりしたんですが::、高校生のときに::、あの:::手塚先生の::、「新選組」 ::=
27. 萩尾 あ、そうそう
28. 浦沢 =がなんか、最大の転機だったみたいな話じゃ[ないですか]
29. 萩尾 [そうそう、はい]
30. (編集・ナレーション)
31. 萩尾 寝ながらね::、頭の中でこうずっとリピートしていくんですよ。
32. 浦沢 はい。
33. 萩尾 そしたらね::、このコマだけ台詞がどんどん増えてくるんですよ。親友だったのに僕はどうしてこんなことしなきゃいけないんだと。お前は私を裏切ってたのかとかね。ず::っと台詞が増えていく。
34. 浦沢 [ふくらんでくるんだ]。
35. 萩尾 [そうそう]。ほれで、はっと思って、改めて読み返したら、え、2行しかない、とかい-
36. 浦沢 \hhhh\
37. 萩尾 \ちょっと\
38. 浦沢 あ::::::
39. (編集)
40. 萩尾 妄想につぐ妄想が
41. 浦沢 はい
42. 萩尾 積み重なっていくんですね
43. 浦沢 \夜ごと\ hhhh
44. 萩尾 \夜ごと、夜ごと\
45. 浦沢 hhhhh すごいな
46. (編集)
47. 浦沢 あの:::僕:::「地上最大のロボット」 、っていうのを5歳のときに読んで、同じように
48. 萩尾 うん
49. 浦沢 例えばノース2号が破壊されるシーンとか、こういうシーンこういうシーン、こんな台詞あったよね、ていうことを思いながら「PLUTO」 って描いてたんですけど::、いざ原作見たら本当に描いてない
50. 萩尾 \はっは、あなたも\
51. 浦沢 お::ん、hhhhhh、あれも同じですよね::
52. 萩尾 \ですね::う::ん\
53. (編集)
54. 萩尾 で、これを読んでから、なんか闇雲に
55. 浦沢 はい
56. 萩尾 あの::私も、プロになりたいって
57. 浦沢 は:::[道が見えた]んですね
58. 萩尾 [プロ、プロ]、プロ道が着火されたパ::ンって
59. 浦沢 は:::
60. 萩尾 と、思う
61. 浦沢 その、萩尾先生がこの一コマに::、わ:::っとと、こ、ときめいて妄想につぐ妄想を繰り広げていた、状態が、のちの日本漫画に及ぼした影響たるや、すごいんじゃないかなと思うんですよね。

検討
 この会話は萩尾の制作風景の動画を見ながらのもので、行1は萩尾の「王妃マルゴ」(集英社、2012-2018)の単行本5巻に収録されたサンバルテルミの虐殺直前のシーンを見ながらの浦沢の発話である。これは萩尾の発話を促すものと考えられるが、山崎が「文化百貨店」でやっていたような質問やパラフレーズではなく、浦沢自身の感想と言える。これに対し萩尾は行2から7にかけて、浦沢の感想を受けてより精密な分析を語っている。ここでのやり取りに似たものを山崎の話術中に探すならば、会話1の行5「なんか、不思議な感じしますね、なんか。ずーっとこう、作品を読ませていただいた方が、目の前のゲストっていうのは。なんかそういうの、言われないですか」であろうか。こちらも山崎は質問ではなく自身の感想を投げかけるところから会話を始めて、ゲストの感想や分析を引き出している。
 浦沢の質問が最初に現れるのは行9で、ここでは直前までの萩尾の語りの話題を引き継ぎ、スコープを変えた質問を行っている。すなわち「質問の展開」である。この後、2箇所の編集(*22)を挟みつつ、番組上では萩尾の子供時代に関するやり取りが続く。行24ではパラフレーズも行なわれているが、山崎によるパラフレーズと異なるのは、浦沢はパラフレーズの直後の行26, 28で「萩尾の子供時代」という話題を保持しつつも、対談以前に知った話として手塚治虫の「新選組」の話題を提示しているところである。少なくともここでは、親との関係という話題をまとめるためにパラフレーズが使われたように見える。
 この後は萩尾がプロ漫画家を目指すことを決意するまでのエピソードが語られることになるが、ここでの浦沢の発話はほとんどが相槌であり、質問やパラフレーズは使っていない。ただ、ここで面白いのは行47, 49で萩尾が「新選組」で体験したようなエピソードを、同じ手塚治虫の別の作品で自分も体験したという、少し長めのエピソードを提示している部分である。これはゲストへの共感を示すという機能においては相槌と同じとも言えるが、更に具体的な「私も」というエピソードを語ってみせることで、ゲストとホストの心理的距離を縮めているのではないか。
 このようにしてみると、山崎と浦沢のホスト術はかなり異なっているように思える。山崎が様々な形での質問を積み重ねてゲストの語りを引き出すのに対し、浦沢はまだ語られていないゲストのエピソードに自分から言及したり、自分自身のエピソードを紹介したりと、より多彩な話術を駆使しているように見える。

(*1)岩永雅也・大塚雄作・高橋一男編著『改訂版:社会調査の基礎』(放送大学教材、2003年、P214)
(*2)実際には「文化百貨店」は事前にある程度の質問がリストアップされているので、完全な自由面接法とは言えない。しかしながら、「文化百貨店」は山崎自身の言葉によれば「ラジオにおける原稿は、(事前にリストアップされた質問項目は)あくまで事前に想定された基本的な流れで、収録時は結構脱線してますよね。そんな温度感を重要視している番組」とのことである。今回、事前にリストアップされた質問項目と実際の会話の比較も行ったが、山崎が言うように、「脱線」は頻繁に発生しており、「文化百貨店」における山崎は半構造化面接法を採用していると言える。
(*3)本稿の目的は、山崎が仕事上の会話においていかにして相手に働きかけ、目的を達成しようとしているのかを明らかにすることであり、会話の秩序形成に焦点を当てるエスノメソドロジーや会話分析の研究とは若干、方向性が異なる。
(*4)全てのトランスクリプトにおいて可能な限りの記号を用いることはせず、本稿の論に影響しない部分は割愛する。
(*5)一般的にはーで表現される音であるが(「えー」など)、長さをより細かく示すために、:を使う。
(*6)ここではスコープを「ある質問が問いの対象とするものと、問いの範囲」を指すものとする。
(*7)rapport、友好関係・親密関係のこと。心理学・社会学・文化人類学のインタビュー調査用語で、参与観察法や面接法を使う調査者はラポールの構築を行うことが必要とされている。
(*8)岩永・大塚前掲書、PP218-219.
(*9)ここでは「漫画家としてのキャリアプラン」という話題について、最初の回答を踏まえた上で別のスコープの質問を続けている。
(*11)この後の6分32秒付近からの1分間ほどで浦沢は手塚治虫とちばてつやの名前を挙げ、自身の認識論上の問題により、それらの人々に自分は一生追いつけない構造があると述べている。
(*12)この定義上、必ず「最初の質問・回答・パラフレーズ」の順序で生起することになる。最初から質問を自分の言葉で言い換えている「変形」や「展開」との違いは、ここにある。
(*13)手塚らによる様々な漫画表現技法の革新のうち、コマ関連については竹内オサム『マンガ表現学入門』(筑摩書房2005)の4章・7章が詳しい。竹内は日本の漫画のコマが横方向に拡張されていった理由を、空間の移動性の表現能力の拡張があったと指摘している。横方向に読まれるコマの流れや、横方向に長いコマによって、より広い空間や、その中での人物の移動が表現しやすくなるのである(P164)。
(*14)同じく竹内オサムによると、田河水泡(1899-1989)登場以前の日本の漫画のコマの読み方は現在のような「右から左が上から下に対し優先」ではなく「上から下が右から左に対し優先」であった。竹内前掲書、PP32-34.
(*15)この対談は2019年の4月に収録されているが、こうした課題については議論や表現技法の研究も進んでおり、例えば2021年3月25日付のImpress Watch記事「目標は鬼滅超え。大ヒットを生み出す「少年ジャンプ+」 SPY×FAMILY・怪獣8号」において「少年ジャンプ+」編集長の細野修平は、次のようにコメントしている。「しかし今の作家は、そうした変化はしっかりと踏まえ、先取りもしています。見開きを使うけれど、スマートフォンで表示しても映えるように、と考えているのです。一般的に見開きの絵にもいくつかパターンがあり、右から左にアクションが進行していくもののほかに、再度右下に戻ってくるものもあります。スマートフォンで見開きを見ても意味が通じて、そのまま次のページ(見開きの残り)に行くと、驚きがある。最近ではそういう描き方をする作家もいます」https://www.watch.impress.co.jp/docs/topic/1311332.html
(*16)浦沢直樹は1960年生まれで萩尾より11歳年少、漫画家としての商業誌デビューは萩尾が1969年で、浦沢より14年先行している。なお、「漫勉」の収録以前に浦沢と萩尾は面識があり、この点では「文化百貨店」の収録が初対面であった山崎と浦沢の関係とは異なる。
(*17)マンガをめぐる萩尾望都と両親との葛藤は非常に有名であり、各所で萩尾自身によって語られている。例えば「女子美術大学特別公開講座「仕事を決める、選ぶ、続ける」レポート」https://www.hagiomoto.net/news/2017/10/post-280.html (2021年4月29日閲覧)
(*18)1963年の1月から10月まで『少年ブック』(集英社)連載
(*19)これも有名なエピソードであり、萩尾望都『私の少女マンガ講義』(新潮社2018)P70などでも語られている。
(*20)手塚治虫『鉄腕アトム17:地上最大のロボットの巻(上)』『鉄腕アトム18:地上最大のロボットの巻(下)』(光文社、1965年)。浦沢が「文化百貨店」で言及した2冊のカッパコミックスはこれのことかもしれない。
(*21)小学館、2003-2009年
(*22)画面右側に出ている萩尾の制作風景の動画が左側のトークと同期しているという仮定を置けば、編集で削られた部分はごくわずかということになる。編集箇所の前後で明らかに萩尾の原稿の進行が変化している(ペン入れが始まっているなど)場合もある(行39)。

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