京都の忘れられない展覧会
学生の頃、京都の美術館でアルバイトをしていました。大学の教授が「面白い展示をしている美術館がある」と講義で紹介してくれたのがきっかけで、興味本位で足を運ぶとまんまと虜になり、本来募集していなかった学生枠で無理やり入り込みました。
念願叶って働き始めた美術館での展示は、どれも最高に愛おしかったのですが、中でも忘れられない企画があるのでお話しようと思います。
細見美術館について
京都府岡崎市に位置する公益財団法人細見美術財団が運営する美術館であり、実業家・日本美術コレクター、細見古香庵(1901−79)に始まる細見家三代の蒐集品を基礎として、1998年に開館しました。コレクションは、神道・仏教美術から茶の湯の美術、琳派・伊藤若冲といった江戸絵画など、日本美術のほとんどの分野・時代を網羅するものです。
神坂雪佳「百々世草より狗児」 明治42(1909)〜43(1910)年発行
※私が琳派沼にハマったきっかけでもあります。屋上ではお茶会を楽しむこともでき、かわいいグッズとおしゃれなカフェと岡崎の自然に囲まれた素敵な美術館でした…
これまでのユニークな展示
細見美術館では、規格外で面白い企画が度々開催され話題になりました。
1.春画展(2016)
今までタブー視され、一般公開されることが少なかった浮世絵の数々を公開した「春画展」は大きな反響を呼び、大行列ができるほど話題になりました。意外だったのは女性客の割合が圧倒的に多かったこと。あえて鏡に足のみ写すという大人の色気を感じるポスターのデザインも最高に好きです。
2.江戸のなぞなぞ 判じ絵展(2018)
江戸のなぞなぞ 判じ絵 /2018
判じ絵というのは、江戸版脳トレクイズのようなもので、絵から連想される言葉を当てるゲームです。↑なんて書いてあるか読めますか?この展示は外国人、家族連れがめちゃ多かったです。日本画に触れるハードルを下げた「なぞなぞ」形式で、みんなで楽しむことができる企画でした。
忘れられない展示
末法 / Apocalypse─失われた夢石庵コレクションを求めて─
私が1番心に残っているのは末法展です。末法とは、仏教で釈迦の死後、その教えが次第に衰え、悟りを開く者もなく、教法だけが残る時期をいいます。永承7年(1052)に、末法の世に入るという予言を信じた平安の貴族は極楽浄土への往生を願い、阿弥陀来迎図など華麗で優美な作品を生み出してきました。また、弥勒菩薩が出現し救済する将来を信じ、経典や仏像を伝え残すために、経筒に入れて地中に埋納して守ってきました。
この展覧会では「夢石庵」というコレクターが集めてきた仏像や絵画、経典、鏡像など、珠玉の仏教美術から、荒廃した世に生きた人々の希望を堪能することができました。
胎蔵界曼荼羅 平安時代(個人蔵)
紺紙金字法華経(平基親願経) 平安・治承4年(1180)年(個人蔵)
そして末法の文化を1つ1つ噛み締め、すべての展示を見終えたあとに、とある1枚の紙を渡されます。
えっっっっっっっっっっっっっっ…
種明かし
この企画で1番伝えたかったのは、最後に種明かしが待っていることです。
本企画でずっと追っていた「無石庵」というコレクターは、実在しません。
このプロジェクトを立ち上げたメンバーの理想像として生み出された架空のコレクターだったのです。
本展覧会には「荒廃した末法の世に生きた人々の希望」と、もうひとつ「現代の美術鑑賞のあり方に対する問い」という2つのメッセージが込められていたのです。
種明かしの中に含まれたメッセージは、初公開、新発見、○万人動員、国宝・重要文化財…さまざまな指標で「価値のあるもの」とされた美術に皆が賛同していることに違和感を感じるといった内容でした。いわゆる「万人受けする」展示会を数多く行っていくなかで、個性を持ったコレクターはどんどん姿を消しつつあるのだそうです。
美術や芸術は解説がないと意味がわからなかったり、知識がないと良し悪しを語る資格がないと思われがちですが(私も自信がありません)、自分自身がその作品の前に立ったとき、まず何を感じるのかを大切にすべきなんだと思いました。もっと自由に、気軽に、芸術を楽しんでいいと、この企画にいわれた気がしました。
末法の世に、再び救済される将来を信じ地中に経典を埋納したひとびとと同じように、細見美術館は「失われつつある一人称の美の世界を救済するため」に本企画を開催したのかと思うと感慨深いです。
芸術だけにとどまらず、最近は「誰かがいいといったから。」でものを選ぶことが多いように感じます。SNS、口コミ、POP、広告などの外部の情報訴求ももちろん大切ですが、直感的に「わたしこれ好きだ。」と感じるようなものにも出会いたいなあと思います。
何より学芸員の方に、「この企画には種明かしがあるんですよ。」と言われたときのワクワクと感動が今でも忘れられません。細見美術館のことを更に好きになった瞬間でした。私も心が動く企画をつくれるようになりたい…!