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【小説】時の郵便局①

これから何度かに分けて、小説を投稿してみたいと思います。もしよろしければ、読んでいってください。毎日、退勤の電車の中で1分程度で読めるくらいの短い文章に切って、何度かに分けて投稿してみたいと思います。ご意見、感想等いただけると嬉しいです。執筆にはAIにご協力いただきました。

都会の街は、今日も雑踏に包まれていた。これは夕方、仕事終わりの時間帯の風景だった。無数の足音が石畳を叩き、冷えた空気にクラクションの音が混じる。灰色のビル群が立ち並ぶ中、空は重く、今にも雨が降り出しそうだった。

山下悠太は、街の雑踏に紛れながら歩いていた。コートの襟を立て、顔を俯け、群衆の中を進む。右手には鞄、左手はポケットに入れたまま、冷たい舗道をたどっていた。その目には疲労と焦燥の色が浮かび、心の中には行き場のない虚しさが渦巻いていた。人々の流れに押されながらも、自分だけがどこにも向かっていないような感覚に囚われていた。ただ漠然とした不安と孤独感に押し流されている――そんな思いが彼の胸を重くしていた。

自宅に戻る。それは本来、安らぎを求める行為のはずだった。しかし、今の家はただの空虚な空間だった。玄関を開けても迎え入れる声はなく、そこには冷たい壁と天井だけがある。

虚無感が胸に巣食うようになったのは、ほんの数ヶ月前のことだった。あの日の病院で見た父の姿、その光景が今も鮮明に蘇る。

「悠太、こっちへ来なさい。」

病院の廊下で母に呼ばれたときの声が耳に蘇る。その声はどこか震えており、不安と悲しみが滲んでいた。その手は微かに震えていた。母の顔には必死に平静を装おうとする表情が浮かんでいたが、その目の奥には深い哀しみが見え隠れしていた。母に引かれて進む先、白いカーテンの向こうに見えたのは、無数の管に繋がれた父の姿だった。

その光景は、全身を凍りつかせるものだった。心臓が早鐘のように打ち始め、手足の感覚が遠のいていく。目の前にいる父は、いつも厳しく自分を叱ってきたあの父とは別人のようだった。強くて頼りがいのあった父が、今はただ静かに目を閉じている。それだけで胸の奥に何かが崩れ落ちた。

「父さん……?」

震えながら口にしたその一言は、どこか遠くから聞こえるようだった。父は目を開けない。それでももう一度、掠れた声で名前を呼んだ。しかし、母は静かに首を横に振った。

父の事故を聞いたのはその日の朝だった。出張先で交通事故に遭い、病院に運ばれたという知らせだった。母の震える声を思い出しながら、悠太は呆然と病院へ向かった。

昨日、父と交わした言葉が頭をよぎる。

「俺には関係ないだろ。そんなの自分でどうにかしてよ!」

疲れた顔で帰宅した父が、「少し手伝ってくれないか」と頼んできたとき、悠太は苛立ちに任せて冷たく返した。父はそれに何も言わなかった。ただ一瞬、寂しげな目をして、自分の部屋に消えていった。その目の表情だけが今も心に残っている。

都会の路地裏は、昼間でも妙に静かだった。足元をかすめる風が、古びた石畳をすり抜ける音だけが響いていた。その中に佇む一軒の建物は、周囲の無機質なビル群とは異なり、黒ずんだ木の外壁、赤みがかった屋根瓦、そして「郵便局」と書かれた古めかしい看板が掲げられている。

次の話はこちら↓です。

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さいすけ
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