くらむからだに偽の雪
身体中に穴が空いてるの。ポロポロファンデ崩れる毛穴も、要らない声を聴いちゃう耳も、泣くと赤らむブスな鼻も、股に空いたこのキショい穴も、ぽっかり抜けた真っ暗な顔も、唾液だらけにされた空洞も、そんなもんじゃない、もっともっとひどい穴がそこら中にあるの。
朝起きた瞬間からどんどん砂みたいなノイズが入ってくる、一歩一歩と進むたび、ぼわんぼわんと輪郭の揺らぐ、そんな気がする。だから止まるな、眠るな、学べ、稼げ。わたしはわたしがわたしであるように、必死に抱いて守って歩く。呑まれちゃいけない、チカチカするの、生きたくないの、気持ち悪いの。ジャリジャリジャリジャリ侵食する砂。冬は怖いよ、空気が澄んでこの纏う皮を刺していく、わたしの皮膚がべろんと剥げる。土曜の朝の飲み屋街に落ちてるゲロみたく、もっと大きな爆弾みたく、いつかわたしのみにくさが、パーンと弾けて人を傷つける。
わたしのからだをつくるもの。
食べるもの、纏うもの、払うもの。親の財?愛?奪ったいのち。そういうものが、こんこんと累積して、この身をつくって束ねてる。知らない恩が、わたしがわたしに気付く前から、前借りされてそこにある。ただそれだけが怖かった。死ぬまでずっとこの身体に縛り付けられていく魂も、生きたくないって思う気持ちも、どこまでほんとでどこまで嘘か、わたしのからだは一体誰のために産まれて動いて今も息などしてるのか、ずっと答えがわからない。
まだあの夜を思い出す。奪われた、とは思わない、だって元からこれは私の身体でなかった。あなたたちの欲望をただ受け止めるだけの黒い虚。生まれた時からそうだった、って言える図太さがあればいいけどそうでもなくて、いつしか私がわたしを失くしてからっぽにした。それがいつか、何処かも分からないまま、多機能トイレの鏡合わせの中でわたしは今も彷徨っている、その輪郭は次第に溶けて、砂だったのは脆いわたしの中身とわかる。
中学のとき付き合っていた人が言ってた、雪が好きって、汚いものなにもかも覆って銀世界に変えてしまう雪が好きって。
わたしを汚したお前が言うな、と呪う気持ちと、それでもすこしわかるかも、って思った景色と。彼の声すら忘れた今も、西の都で生きてる今でも、あの場面だけ思い出す。年に数回ドカ雪の降るあの東北の校舎で過ごした日々はもうどこにもなくて、窓の外が真白く染まるあの朝のちいさな高揚はやってこなくて、くらむスカートの中にはひんやりとした腿がただ横たわる、今。それでも少し願ってしまう。
この街にも雪が降ればいい。
ベッドについた血痕も吐いたものも、汚れた肌も、こんな気持ちも、ぜんぶぜんぶ不条理な雪で覆い隠して、いつか泥と混ざって洗い流して。
そしたらきっと、きっと忘れる。
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