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#24 欲との付き合い方

「幽霊っているの?」「運の正体とは?」などと思ったことは誰しもあるはず。そんな“目に見えないもの”にまつわる素朴な疑問や、仏教に関する知識を、SNS等で人気の僧侶、仁部(にべ)兄弟がゆるく解説。二人の掛け合いが楽しいインターネットラジオ「お寺ジオ」の配信内容をベースに、加筆・再構成してお届けします。

右:兄の前誠、左:弟の前叶

●前誠 ラーメン屋さんで「大盛り無料ですけれども、どうなさいますか?」という言葉に「いえ、大丈夫です」って言えるか、言えないか――。

「欲」の象徴 by前誠

○前叶 いや、「大盛りお願いします」っていっちゃうよね。

●前誠 その場はいけると思うじゃん。でもだんだん雲行きが怪しくなってきて、7割くらい食べたあたりで後悔する…。欲を抑えられるかどうかが大事な気がします。

○前叶 今回のテーマは「欲」ってことね(笑)

●前誠 ひと言で「欲」といってもいろいろなものがあるからね。一番身近なところで食欲って、命に直結するからわかりやすいかなと。

○前叶 じゃあ睡眠欲ってどう?

●前誠 一番強いんじゃない?
大荒行で一番感じたよ。そもそも大荒行って、俗世間から離れて欲という欲を滅するじゃん。いわゆる人間の三大欲求は睡眠欲、食欲、性欲っていわれるけど、荒行中に性欲なんて速攻でなくなったよ。

○前叶 生命維持に必要ないっていうのが大きいのかもしれないけどね。

●前誠 食欲も食事の量が少ないからだんだん胃も小さくなってきて減ってくるし…。それに目の前にないからね。目の前にあるかつ丼を待てっていわれるのと、そもそも一切なくて耐えるのだったら、後者のほうが諦めつくよね。荒行は後者だし。でもそんな状況でも睡眠欲って最後の最後まであった。

○前叶 極論だけど、たぶん立ってても何してても人って限界が来ると寝ちゃうんだよね。仕組み上ね。ご飯はなければ食べられないけれど、寝るって生きてさえいればできる。

●前誠 一番抗えない欲だよね。

欲は悪いもの?

●前誠 話のスタート的に、欲って何か悪いものみたいな感じになっちゃてるけど、「意欲」っていうといいものになるよね。

○前叶 たしかに!

●前誠 意欲がないと人間って何事も成しえない。それどころか、やる気すらわかないから欲って絶対悪じゃないと思うんだよね。どちらかというとうまく付き合っていく、そういうものであるのかな。欲が全部なくなると、無気力人間みたいな、ただそこにいるみたいになって、人生の彩を欠いてしまうよね。

○前叶 仏教の中でも欲って全然否定されてないしね。無気力はいかんですよってお釈迦さまも仰ってるし。

●前誠 なんだろう、世間でいう、煩悩の考え方?絶対にあってはいけないものみたいな、欲と煩悩は直結していてどちらもお坊さんたるもの持ってはいけないんだっていうのが強いと思うんだけど…。

○前叶 兄貴が言った通り、意欲は絶対必要だし、煩悩というものが仮にゼロになってしまったら、われわれにはいわゆる死しか残ってないみたいな部分はあるよね。人には根源的に生きたいっていう欲を持っているものなんだけど――。

●前誠 おっと、この辺りは仏教哲学の領域になってきて、noteの文字数では難しそうですね。

○前叶 止まらなくなるところでした。では、別のアプローチから。
「欲」っていう漢字は「谷」が「欠ける」って書く。そして、私たちはよく「俗の世間で」とか「俗世で」とか言うけれど、「俗」という字はにんべん、「人」に「谷」って書くんだよね。
では反対は何か? 山あり谷ありっていう通り、俗が谷であればその反対は山なんだけど、にんべん、「人」に「山」って書くと仙人の「仙」になる。

●前誠 ちょっと超越した存在というか。

○前叶 われわれは大荒行の時に正中山(千葉県市川市の法華経寺)に籠るわけですが、ああいう修行っていうのは、人の谷、つまり欲に欠け満ちた谷に落ちている人間から離れて山に登る、俗から離れるっていうことを指している。だから仙人って人里離れたところで、あまり見かけないような格好をして、人間かどうかもわからないような風貌で描かれていることがほとんどでしょ。あれは俗から離れたからできること。

●前誠 たしかに。街中を世間がイメージするような仙人の格好で歩いてるとびっくりされちゃう。

○前叶 そういった意味では、われわれは普段谷にいるんだけれども、自分の心だとか志は山のほうに向いてなきゃいけない。だから、私たちは欲張っちゃいけないけれど、意欲を持ってこの谷の中で生活していくっていうことがつき合い方としては正解なんじゃないかなと思ってる。

●前誠 折り合いをどうつけるかっていうことになってくるね。そもそもさ、人間としてこの娑婆世界で生きていくうえで苦しみって絶対なくならないじゃん。苦しみの根源はざっくりいうと欲とか煩悩だったりするんだけど、その中で自分がいかに力強く根を張って、苦しみがなくならない世界で蓮華のように清らかな花を咲かせるか。これが妙法蓮華経の教えの神髄だと思う。

○前叶 欲に関しては全世界の仏教学者とか僧侶も含めて絶対的な正解とか、欲なんて克服しましたみたいな人はいない。しいて言えばお釈迦さまになっちゃうんだけれども…そんな話してたら、なんだかお腹すいてこない?

●前誠 そこに着地するんだ今回は(笑)

○前叶 冒頭にラーメンの話がでてきた段階で思ってたんだけど、ラーメン屋さんで「麺の大盛りか白米無料ですよ」って言われる時あるじゃん。

●前誠 も~あのキラーフレーズね。悪魔のささやきだから。

○前叶 あれひどいよね。大盛りを断ったとしてもまだ白米があるし。なんならどっちかならセーフみたいな気持ちになる。

●前誠 二段構えはね~。大盛りをガマンして白米にした自分偉いみたいな…。

○前叶 でも、ああいうときに欲張っちゃいけないなって思わなきゃいけないってことね。

●前誠 そう、そしてガマンした自分は自慢したらいいと思うんだよね。志は山を向きつつ、そういう人間味も大事にしていきましょう。

○前叶 合掌。

仁部 前誠(にべ・ぜんじょう)
1988年埼玉県生まれ。立正大学仏教学部宗学科卒業。妙見山上原寺副住職。2012年より日蓮宗宗務院に奉職。2016年、日蓮宗加行所初行成満。2020年よりRadiotalkにて、弟の前叶氏とともに「midnight temple radio お寺ジオ」を配信。僧侶としてのモットーは、「法華経の話はほとんどしませんが、すべては法華経の話です」。 最近では、『あなたは尊い 残念な世界を肯定する8つの物語』(漫画・やじまけんじ/監修・佐渡島庸平×日蓮宗/徳間書店)制作プロジェクトに参加した。
仁部 前叶(にべ・ぜんきょう)
1991年埼玉県生まれ。立正大学仏教学部宗学科卒業。妙見山上原寺副住職。さいたま浦和地区保護司。2015年、日蓮宗加行所初行成満。2020年、仏教死生観研究会「死の体験旅行」講師を務める。同年、上原寺別院「祈誓結社」を設立。”ほとけ様との架け橋“であることを目指し、命の強さと有り難さについて伝えるべく活動している。 https://twitter.com/6SYAKU_HOUSHI