簡保請求事件 判例
常識的に考えてみて、かんぽ生命が支払い債務であるはずの保険金の支払い請求に応じないことは、契約者側からの立場として理解できるものではない。
・法は立場が弱い人を守るべきもの
・声の小さな人間が守られるべきもの
・民法第1条第3項「権利の濫用は,これを許さない」
過去の判例を調べてみた。
平成29年9月21日判決言渡
平成29 914号 簡易生命保険金請求事件
口頭弁論終結日 平成29年8月7日
判 決
主 文
1 被告は、原告Aに対し,100万円及びこれに対する平成29年3月2
3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,100万円及びこれに対する平成29年3月2
3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は,1項及び2項に限り,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求の趣旨
1 被告は,原告Aに対し,100万円及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,100万円及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告らが,原告らの父であるCが被告との間で締結した簡易生命保険契約に係る死亡保険金につき,Cが死亡したことによりその請求権を取得した旨主張して,被告に対し,上記契約に基づき,それぞれ100万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成29年3月23日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実に加え,各項末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨により,容易に認められる事実)
2 原告ら及びDは,いずれもCとその配偶者であるEの子である。
Cは,国(旧郵政省)との間で,別紙保険目録記載の簡易生命保険契約(以
下「本件契約」という。)を締結した。
本件契約については,廃止された簡易生命保険法(平成17年法律第102
号附則16条1項により,同法施行前に効力が生じた契約については,なお効力を有する。以下「簡保法」という。)が適用され,その死亡保険金の支払については,終身保険約款(以下「本件約款」という。)が適用されるところ,簡保法36条1項は,同一の保険契約につき保険金受取人が数人あるときは,代表者1人を定めなければならず,その代表者が他の保険金受取人を代理する旨を定めており,本件約款においても同趣旨の規定が定められている。(乙1)
旧郵政省が所掌していた簡易生命保険事業は,平成13年1月6日,郵政事
業庁へ承継され,その後,同庁から平成15年4月1日に移行した日本郵政公社が平成19年10月1日に解散したことに伴い,被告が簡易生命保険及びこれに付随する権利義務を承継した。
平成23年12月6日,Eは死亡した。(甲2の7)
平成24年3月31日,Cは死亡した。同人の相続人は原告ら及びDであり,法定相続分はそれぞれ3分の1である。(甲2(枝番含む。))
E死亡後,Cは,本件契約に係る保険金受取人を指定しなかったため,本件
契約に係る死亡保険金の受取人は,原告ら及びDとなった(簡保法55条)。
2 争点及び争点に対する当事者の主張
原告らが,代表者を定めることなく,本件契約に係る死亡保険金の支払を求
めることができるか否か(争点①)
(被告の主張)
簡易生命保険契約の死亡保険金の支払を請求できる保険金受取人が複数い
る場合には,保険金受取人側の事情を知り得ない保険者が,保険金受取人間の紛争に巻き込まれて二重払いする危険を回避する必要や,個々の保険金受取人3 から請求されることによる手続の煩雑さを回避して迅速かつ確実な支払の実現を図る必要から,簡保法及び本件約款には,死亡保険金の受取人が数人あるときは,代表者1人を定めて,その者が他の保険金受取人を代表して死亡保険金の支払を請求することができる旨定められている。
本件契約に係る死亡保険金の受取人は,原告ら及びDであるところ,原告ら
は,死亡保険金の請求に際して,代表者を定めていないから,その支払を請求することはできない。
(原告らの主張)
簡保法36条1項等の規定は,大量処理が必要な保険金等の支払事務の簡明
性,迅速性を確保するための請求手続を定めているにすぎず,死亡保険金の受取人の代表者の選定がないことを理由にその受取人の権利行使を制限することまでは許されない。よって,原告らは,それぞれ単独で取得した死亡保険金の支払を請求することができる。
遅延損害金の利率(争点②)
(原告らの主張)
保険には,保険を欲する者が集まって団体を形成し,その共同の計算におい
て保険をする相互保険と,保険を欲する者の他に保険営業者があり,その者の計算において保険をする営利保険があるところ,簡易保険は相互保険ではないことが明らかであるから,簡易保険は営利性を有している。
そして,従来営利性を有しないとされていた相互保険についても,法改正に
より商行為に関する規定の準用規定が設けられるに至っているのであり(保険業法21条2項),簡易生命保険事業に営利性がないからといって,商行為に関する規定の適用を受けないとはいえない。また,保険業自体が公共性を有しているから,簡易生命保険事業に公共性があるからといって,商行為性が否定されるものではない。
4 よって,本件契約に係る死亡保険金の支払の遅滞については,商法514条が適用され,遅延損害金の利率は年6分となる。
(被告の主張)
簡易生命保険事業の主目的は,国民の経済生活の安定・福祉増進という公的
なものであり,その手段として,事業を確実・安定的に運営し,安価な保険料で国民に簡易生命保険を提供している。そのような観点から,簡易生命保険事業については,保険金等の支払について政府による債務保証がされているほか,保険料の算出方法や約款内容について総務大臣の認可が必要とされるなど,民間の生命保険事業とは異なる公法的な取扱いや規制がある。
このような点からすれば,簡易生命保険事業には営利目的がなく,商行為に
は当たらないというべきであり,被告に承継されたことによっても,その非営利性は変わらない。また,本件契約は,Cが国と締結したもので,日本郵政公社を経て被告に承継されているところ,国も日本郵政公社も商人には当たらない。よって,本件契約に係る死亡保険金の支払債務についての遅延損害金の利率は民法所定の年5分となる。
第3 当裁判所の判断
1 争点①(代表者を定めることなく,死亡保険金の支払を求めることができるか)について前記前提事実のとおり,本件契約に適用される簡保法36条1項は,同一の保険契約につき保険金受取人が数人あるときは,代表者1人を定めなければならず,その代表者が他の保険金受取人を代理する旨を定め,本件約款においても同趣旨の規定が定められているところ,これらの規定は,簡易生命保険契約において,保険金受取人側の事情を知り得ない保険者が,保険金受取人間の紛争に巻き込まれて二重払いする危険を回避し,また,個々の保険金受取人から請求されることによる手続の煩雑さを回避して迅速かつ確実な支払の実現を図るために定められたものと解される。
しかし,複数の保険金受取人間において,代表者の選定が事実上困難となることもあり得るのであり,そのような場合に,個々の保険金受取人による権利行使が一切許されないとすると,保険金受取人が著しい不利益を被るおそれがあり,また,代表者の選定以外の方法によっても,保険者側の二重払いの危険が回避できる場合もあり得る。そうすると,上記各規定が,代表者を定めずにする個々の保険金受取人による権利行使を一切許さない趣旨の規定であるとまでは認め難く,本件においては,原告ら以外の保険金受取人であるDに対して訴訟告知がされていることから,被告の二重払いの危険も回避されているということができる。
このような事情からすれば,本件において,代表者の選定をしないことを理由に,原告らの権利行使を制限することは許されないというべきである。そして,原告らは,本件契約に係る死亡保険金300万円を,それぞれ法定相続分(各3分の1)に応じて取得したものと認められるから,原告らは,被告に対し,保険金請求権に基づき,それぞれ100万円の支払を求めることができる。
2 争点②(遅延損害金の利率)について
簡易生命保険事業は,国民の経済生活の安定を図り,その福祉を増進することを目的とするものであり(簡保法1条),その保険金の支払については,政府が債務を保証し(簡保法3条,独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構法20条2号),保険料の算出方法や約款内容について,総務大臣の許可が必要とされる(簡保法102条,103条)など,公法的な規制もされている。このような事業の公的目的や,事業に公法的な規制がされていることなどを考慮すると,簡易生命保険事業は営利性を有するものとはいえず,本件契約の当事者が商人であるとも認められないから,本件契約に基づく債務は,商行為によって生じたものということはできない。
また,被告は,簡易生命保険等を適正かつ確実に管理し,これらに係る債務を確実に履行し,もって郵政民営化に資することを目的としており(独立行政法人 6 郵便貯金・簡易生命保険管理機構法3条),本件契約についてはなお簡保法の適用があることなどからすると,被告は,簡易生命保険契約に係る債務の法的な性質を変化させることなく,その管理や履行を行っているというべきであり,被告に承継されたことによって,本件契約に係る死亡保険金請求権の性質が商事債権に変化したということもできない。
この点に関し,原告は,従来営利性を有しないとされていた相互保険について,商行為に関する規定の準用規定が設けられるに至ったことを指摘するが,簡保法については,そのような準用規定は存在しないのであり,相互保険について商行為に関する規定が準用されるに至ったからといって,簡易生命保険についても商行為に関する規定が準用されるとはいえない。
そうすると,本件契約に係る死亡保険金の支払債務については,商法514条の適用はなく,その遅延損害金は民法所定の年5分となるものと解される。
3 以上によれば,原告らは,被告に対し,それぞれ100万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成29年3月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
第4 結論
よって,原告らの請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用について民事訴訟法6 4条但書を適用して,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第8部
裁判官 鈴 木 清 志
(別紙保険目録は省略