見出し画像

それでも人とつながって 006 児童2

『なんで泣かないんだろう』

小学校に上がるか上がらないかくらいの小さな女の子がしゃがみながら右手で左手を固く握るように押さえている。表情が固く顔色は白っぽくなっている。どうしたんだろうと近くに寄って声を掛けると、その動きで一緒に来ていた大人達も小さな女の子の異変に気がついた。

児童養護施設のボランティアに来ている。もう何回きたんだろう。最初に来たのは中学の時だったけど、いまは高校生になっていた。最初に来た時に連れてこられていた幼馴染達は徐々に来なくなってしまった。遊びたい盛りだし。楽しいことはたくさんあるから。自分も遊びには行きたいんだけど、始めてここに来た時の帰り際。足にしがみついてきた子がいて、その時の感覚が心と身体に残ってしまっていて思い出してしまう。それがどんな事なのかずっと分からないんだけど。
(それでも人とつながって 001 児童1)

それ以降、保護司さんから次はいついつだよと声が掛かると自然に「はい」と返事をしてしまうようになっていた。幼馴染達からは「お前好きだねぇ」とからかわれる。そんなんじゃないと返すんだけど、その後になんて言って良いのか分からなくなる。説明できない。自分だって分からないんだよ。教えて欲しいくらいに。

いつ来てもここに居るシスターと呼ばれる方たちは変わらないように見えた。保護司さんとその仲間の親御さん達も。幼馴染達は殆ど来なくなってしまったけど、ゼロではなかった。中には声が掛かると「俺も行くよ」というのがあった。お互いに何で行くのか話したことはないけど、この辺は自分達が少し変わった部分なのかもしれない。最初は早く帰ることか行かないこと。そのどちらかばかりを考えていたのだから。

そしてここに居る子たちも変わってきている。成長という意味と、メンバーという意味では自分達と同じなんだけど、なんだかそういうのとは様子が違うことを空気で感じていた。ここに来る回数を重ねているうちに、今日はあの子を見ないなぁとか、この子ちょっと大きくなったねとか、そんな何となくな自分の情報が繋がって行くんだけど、そんな中でも初めて見る子が居るとか。自分も高校生なりにいろんな事情があるんだという気はしていた。

今日はバザーの日。自分達の活動は最初にここに来た時と同じ。もち米を研いで薪割りをする所から始めてつきたてのお餅を販売した。これは本当に毎回よく売れる。コツも掴んできたので何臼も連続でつくことができた。一緒にきた幼馴染とお互いに「疲れたなら代わるぞ?」と煽るように言い合っていたせいもある。お前にそう言われると頼むと言えない何かが心の中に湧き上がる。それがお互いにとても楽しかった。

流石に杵を振り上げ振り下ろす繰り返しに意地も張り切れなくなり「そんなにやりたいならお前もちょっとやってみるか?」という調子で交代してもらう。これもお互いに繰り返していくと不思議な可笑しさが増してきて、しゃがみこんだ時の顔は決まってどちらも笑っている。

もう腕を上げられるような気もしないくらい重く感じる。でも、なんだか楽しいなと思いながら大きく息をした時、自分の数歩横に小さな女の子がしゃがみこんでいることに気が付いた。気が付いたというより、小さな女の子がしゃがみながら右手で左手を固く握るように押さえている様子にハッとする何かを感じた。顔を覗いてみるとどこか青白い。

どうしたんだろうと急いで近くに寄って声を掛けるけど返事をしない。同じ姿勢で固まっている。目だけはじっと一点を見つめている。こんな小さな女の子がこんなに意思の強そうな目をするんだろうかとドキッとした。こちらは見ない。一緒に来ていた大人達もこちらの様子に気が付いて数人が足早に近寄ってきた。

その子が小さい右手で固く握るようにしている左手の先から血が流れている。よく見ると地面にも。自分達と一緒に来た一人のお母さんが敢えて落ち着いた様子であらあらどうしたのという感じで女の子の様子を見ようとするが、その小さな女の子はじっとちょっと先の地面の一点を見るようにして微動だにしない。血が出ている。保護司さんがどうしたどうしたと走ってきた。ひと目見て、そうかそうか大丈夫と言いながらその小さな女の子を抱えて建物の中に入って行った。

自分は暫く動けなかった。動いてしまうと何かが。いま気が付きそうになっている何かが分からなくなってしまうような気がしてさっきまで小さな女の子がいた場所で佇んでいた。ふと、そういえばと思った。気が付きそうな何かではない。『なんで泣かないんだろう』あの小さな女の子の反応をどこか不思議に感じた。今まで見てきた子どもは自分達も含めて、ショックを伴うような出来事やケガなどをした時に、一瞬何がなんだか分からなくなって泣きもしないような瞬間はあるかもしれないけど、そんな時にあんなに強い意思を感じさせる目をしているだろうか。

自分には何も分からない。暫くすると保護司さんがいやいやと言いながら戻ってきた。少し安心しているような薄っすらとした笑顔が表情の中にある。その顔を見てやっと自分もさっきまでの時間の続きに戻れたような気がした。聞けば女の子は薪割りの真似事をしようとして鉈を扱ったようだ。左手の人差し指を深く切っていたが処置は上手く行ったと話してくれた。周りの大人達もあんな小さな女の子が鉈を片手で持ち上げて振り下ろせるだろうかと不思議がりながらその点には感心もしているように見えた。いろいろな憶測が飛び交った。

暫くすると左手の指に包帯を巻いてさっきの小さな女の子が戻ってきた。そしてさっきと同じ場所にしゃがんで皆を見ている。自分とも目が合った。落ち着いた目をしているように感じた。泣いた後の目ではないことが分かる。よく見ると包帯の先の方は赤くなっている。痛くないのかな。もう一度目が合った。だけど、その時の自分は『なんで泣かないんだろう』としか思わなかった。この子は大きくなるまで見掛けた。


これは児童の巻の二。この後に続く体験はまたの機会に。

もし読んでくださる方がいらっしゃったなら。
お読み頂いたあなたに心からの御礼を。
文章を通しての出会いに心からの感謝を捧げます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?