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フィリピン留学記⑩理不尽チケット販売

「バスケの試合見たいなら朝4時半からチケット売り場に並んだ方がいいよ」

 新学期が始まりマニラの名門大学同士が開幕戦から激突することになった。「アテネオ・デ・マニラ対フィリピン大学」フィリピンの早慶戦とも名高いこの好カードを見逃すわけにはいかない。
 現地の友人の言いつけ通り朝4時20分に起床し、目の下に大きなくまを宿しながらチケット売り場へと向かった。
 まだ夜が明けてなく、地面の湿り具合が昨夜の大雨を物語っている。雀も寝ているような穏やかな朝だった。


 チケット売り場にたどり着くと、なんとそこには誰もいなかった。
 まさか売り場を間違えたわけでもないし、何度か確認したが、たしかに誰もいない。
 だまされた。そう思うほかなかった。
 しばらくするとほかの学生も続々と現れたが、どうも販売場所は隣の建物らしく、まだその建物自体が空いていないため、広場の様な場所で皆待機していた。
 この時点もう列はらしきものは存在せず、明らかに先着順ではないのだと悟った。
 6時半になると突然学生の一人が走り出し、建物の上の階へとダッシュを始めた。それに感化されたようにほかの学生が彼の後を追う、私は呆然とその様子を眺めただ立ち尽くすことしかできなかった。
 最上階に着くと全員積んであったプラスチックの座椅子を自分の分だけ持ち、列に並び、座り始めた。
 正直今から始まるのはチケット販売なのかそれとも宗教行事なのか困惑したため、最前の列の学生たちに聞いてみた。


「これってどういうシステムなの」
「この席順がチケットを買う順番だよ」
「は?」
 私は眠気で朦朧とする意識の中に、怒りがこみあげてくるのを感じた。
 つまり販売場所へ到着した順番よりも、階段を駆け上がった順番の方が優先されると言ったのだ。
理不尽極まりないその申し出に対し
「おかしくないか?私たちは朝から並んでいたよ」と問いかけた。すると
人間って怖いだろ
訳の分からない返事が返ってきたため困惑に陥ってしまった。

 しばらくするとチケット売りらしき中年男性が現れた。彼に自分たちの状況を説明すると。
「まあ、ま全員分チケットは取れるから大丈夫でしょ」と脂汗をかきながら答えられた。
いや、とれるんかい。と心の中で苦笑した。

 全員座っているのにもかかわらず、なぜかこの列は先頭の人がチケットを購入すると、全員一度立ち上がり前の席へと移動し再び着席する。
 なら、全員座ったままの順番を待った方がいいのではとも思ったが、それが通用しないのがフィリピンだ。
 私と友人が座ったまま移動せずにいると、頭にピンク色の櫛を刺した寝起き姿のセキュリティーガードのおばさんが、
「前に動きなさい」と命じてきた。
「みな席があるのに前へ進む意味ってありますか。」と正論を返す友人
「動きなさい」
「どうしてうごくんですか」
 問いには一切答えず、ただ人をある方向へ動かすことだけを命じられた機械のように話すセキュリティー。
 彼女はとうとうしびれを切らしたのか、後ろにいた女学生を我々の前に割り込ませたのだ。
 この行いには驚愕するほかなかった。自分の行動の理由は説明できないものの、ルールを従わなければ排除しようと仕向ける。
 ハンナ・アーレントの悪の凡庸さを体現したかのような行いだ。彼女はただ命令を実行するだけの機械となり、対話を一切試みようとしなかった。
 外眺める地大雨が降り注ぎ、明けたはずの夜は曇天が覆い隠していた。

 自分が理不尽に感じることに遭遇した時。
あなたは立ち向かいますか?それとも順応しますか?


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