この売上で? と自分につっこみながら合同会社を作る話 その4
先日、地元の税務署に行ってきました。開業届の控えが必要だったのでその開示請求の申請をしてきたのですが、対応してくださった職員さんに、個人事業と法人事業の税務のあれこれを教えていただいて、たいへん勉強になりました。いずれ、この連載でも取り上げていきたいと思っています。
では今回は、事務所を立ち上げ前段階として、もうひとつ住所を持つ話です。
連載第四回
4. レンタルか? バーチャルか?
さて本格的に事業を展開しようとすれば、ビジネスのベースとなる場所が必要です。
これまでは作家業が主だったので、賃貸の部屋にノートパソコン一台を置けば、それで十分でした(多機能プリンターも必要ですが)。連絡先を知らせるのは付き合いのある編集さんだけですし。
しかし別の事業も行うこれからは、不特定多数の人にサービスを届ける必要があります。賃貸の部屋を連絡先として公表するのは、さすがに抵抗がありました。そもそも住居専用なので、合同会社を設立する際に登記ができません。
ゆくゆくはきちんと事務所を構えよう。できれば住居も併設して、職住接近でいこう。そんなふうに思っています。しかしいきなりは無理なので、ひとまずはどこかに拠点を借りようと思いました。
さて、ここで悩みました。借りるのはレンタルオフィスにするか、それともバーチャルオフィスにするか?
本当は、きちんとオフィスを借りたほうがいいに決まっています。しかし、まだ事業が本格化していない状態で、それはさすがにリスクが大きい。となるとバーチャルオフィスか? それはそれで月額の費用が掛かるし、住所だけ借りることに見合うメリットはあるんだろうか? そのあたりを少し冷静に分析してみることにしました。
現在、事業のために使っている販売サイトは四つ。そのうち三つのアカウントには、正確で詳細な住所を「特定商取引法に基づく表記」に記載する必要があります。つまり、自宅でこっそりとやるのは、事実上無理なのです。
これはどうしても、もうひとつの住所がいる。住所だけでいい──。まるで衝動のように、確信が沸き上がってきました。何かが決まるときというのは、こんなときなのかもしれません。
早速、物件探しに入りました。エリアは決まっています。ほとんど庭といっても良い、大好きな地元の立川。都心ほどではありませんが、この街にもバーチャルオフィスがいくつかあります。そのうち良さそうなひとつにアポを入れ、見学に行ってきました。
駅から徒歩数分のそこは、明るい雰囲気でスタッフさんの対応も良く、料金も良心的で、ぜひ利用したいと思わせる施設でした。
利用の条件を聞くと、個人事業の内容がわかる書類を用意して面接を受けてほしいとのこと。公共良俗に反する事業でなければOKです、と言われました。となると、アダルト関係はどうなんだろう?
「事業内容はコンテンツ制作なんですが、18 禁作品を作っているとダメですか?」
スタッフさんの顔が困惑するのがわかりました。
「いま即答はできないんですけど、ええと、面接のときに訊いていただければ……」
ああこれは難しいな、と思いました。というのも、そのフロアには小さい子たちが利用する施設もあるのです。郵便物が届くポストだけとはいえ、18 禁に関わる事業者を歓迎するはずはありません。
意気消沈してそこを出ました。なによりも、住所を借りるために面接で内容を審査されるという事実に打ちのめされました。これは下手をすれば、どこも借りることはできないかも……。
飲食店が並ぶ南口界隈をふらふらと歩きながらふと、この辺りにもう一社、バーチャルオフィスの事業所があることを思い出しました。どんなところか外からでも覗いてみよう。そう思って住所を辿ると、そこは立派なオフィスビル。看板には利用者募集と大きくあります。
アポはとってないけど、行くだけ行ってみるか。
なんとなくという感じでフロアへ。受付があるのかと思いきや、ドアがぴっちり閉まって誰もいません。ガラスの向こうはネットカフェのような個室ブースが並んでいます。間違いなく小規模レンタルオフィスです。
受付の代わりに備え付けの内線電話があったので、繋がった相手に事情を話しました。ふらりと来たのだけど、簡単な話だけでも聞かせてくれないかと。
「この電話は本部に掛かっています。そのビルは完全無人で対応ができないんです。ですが、いまそちらにスタッフの一人がたまたま赴いていますので、その者を向わせます」
本当かよ。そんなシステムになってるのか。
待っている間、フロアの窓から立川の街を眺めていました。見慣れた街並みが、よそ行きの顔のように全然違ったものに見えました。この場所で本気で事業をやる気はあるのかい? そう訊かれている気がしました。
しばらくすると、通用口からスーツ姿の若い女性が現れました。
「お待たせしました。ええと、当社のご利用をご検討ですか?」
当初は念頭になかった会社の、本来会うはずのなかったスタッフさんから名刺をもらったのは、このときです。
ビジネスの縁というのは、こういう形でつながるものなんだな、と後になって思いました。
(続く)