卒業式の後に、1度も話したことのない女子から連絡が来た話
高校の卒業式、3年間お世話になった学校に別れを告げる日。まだ雪が残る北国の卒業式は、少し寒かった。
校舎は特に代わり映えもなく、そこまで思い入れがあったわけでもない。何事もなく式は執り行われ、よくある担任の最後のホームルームがあり、終了後には各々駄弁りながら思いを馳せたり、第二ボタンを後輩に渡している人もいた。その中で、4月からの進路に向けてそれぞれ新たな一歩を進める準備をしていた。
とはいえ、熱い気持ちも特になく、誰からも尊敬されて来なかった僕は、号泣している女子や後輩たちを尻目に帰路についた。他のクラスはその日の夜に集まってご飯を食べたりしていたらしいが、僕のクラスはそこまで仲が良くなかったため、それすらもなく、いつものように家で晩御飯を食べ、ダラダラとしながら4月からの大学生活に向けて準備をしていた。
もう高校のことは考えないだろうなと思っていたその日の夜、僕のスマホが震えた。LINEだ。相手は、クラスで1回も話したことがない有紗(ありさ・仮名)という女子からだった。なぜこのタイミングでLINEが?何か学校に忘れ物でもしたのだろうか。そう思ってトーク画面を開いた。それは、予想外の一文だった。
「正露丸君、美幸(みゆき・仮名)先生って知ってる?」
もちろん美幸先生のことは知っている。僕が小1から小3まで通っていた児童館の先生だ。とてもスタイルが良く、美人で、人気のある優しい先生だった。だが、一体なぜ有紗からその名前が出たのだろう。
高校から出会った有紗が小学校時代の僕を知っているはずがない。仮に知っていたとしても、美幸先生と繋がりがあることを知っているはずがない。
「知ってるよ。どうして??」
小学校からの同級生で同じ児童館に通っていた人は全員別の高校に行っている。もしかしたらその人が有紗と繋がっていて、僕と美幸先生のことを話したのかもしれない。だがなんのために??そうやって思考を巡らせる内に、さらに予想外の答えが返ってきた。
「美幸先生ね、今の私のお母さんなの」
一瞬意味が分からなかった。嘘でもついているのかと思った。たまたま同級生だった話したこともない女子が、児童館の先生の子になるという確率の低い、突拍子もない嘘をつきだしたのかと思った。だが、そんなことをするメリットは一つもない。
冷静になった僕は、ようやく文章を理解した。美幸先生は、有紗のお母さんになっていた。
ふと僕の児童館時代を思い出しても、美幸先生は時折2人の自分の子どもを児童館に連れて来ていたが、有紗という名前の子どもはいなかった。
なおかつ2人とも自分より年下だった。なんとなく察したが、有紗から続いて返ってきた。
「美幸先生ね、私が高1の時に再婚して、私のパパと一緒になったんだ」
予感は当たった。美幸先生は再婚していた。急な報告に頭が整理できない中、聞きたいことだらけだった。
美幸先生はいつ離婚したのか、2人の子どもはどうなったのか、今でも児童館の先生はやっているのか、挙げればキリがない。でも、有紗と親密ではないし、初めて話したし、どこまで踏み込めばいいのか分からなかった。
そんな距離感の中だったので、唯一聞けそうなことを有紗にぶつけた。
「そうなんだ!!でもどうして今更それを言ってくれたの?もう卒業しちゃったよ?」
新人に嫌な詰め方をする上司みたいた聞き方になってしまったが、これが限界だった。人様の家庭事情にズカズカと踏み入ることはできない。
「卒業式終わった後の最後のホームルームあったでしょ?その時に親も入れたじゃん?そこにお母さんもいて、正露丸君のこと見つけたんだ。『すごい太ったね~~~(笑)』って言ってた」
よくある最後のホームルームで、そんなことになるとは思わなかった。
最後のホームルームでは、一人ずつ前に出てスピーチをするというイベントがあったため、嫌でも僕を認識することができた。
そりゃあそうだ、卒業式当日に初めて知ったことなのだから、早くても夜に報告するだろう。
児童館を卒業して10年たった子どもの姿はどう見えていたのだろうか。
続けて有紗から写真が送られてきた。児童館時代の集合写真だ。僕が美幸先生の隣でピースをしている。
「これ正露丸君でしょ?ちっちゃくて可愛いね(笑)」
「今はでっかくでブサイクだもんな」
「ウケる」
思いっきり否定するか肯定するかのどっちかにしてほしかった。なんだその中途半端な返事は。
それと同時に、美幸先生は本当に有紗のお母さんになっていたんだという実感を得ることができた。たまたま同級生だった女の子が、たまたま通っていた児童館の先生の子どもになっていたなんて。世界は狭いのか広いのかよく分からない。最後に、有紗からこんなメッセージが届いた。
「私ね、美幸先生がお母さんになってからずっとお母さんのことが嫌いで、今まで1回も会話してこなかったの。でも、正露丸君のおかげで初めてお母さんと話して少し仲良くなった。ありがとう」
おそらく、これが有紗が本当に伝えたかったメッセージなのだろう。
高校1年生という思春期真っ只中で、自分の父親が再婚し、全く知らない人がお母さんになる、どれだけストレスのかかることだろう。
離婚後の親権が父親に渡るということはほぼないらしい。あるとしたら、子の強い意向か、母親の不貞行為がほとんどだ。もし、親権が渡った理由が母親の不貞行為なのだとしたら、また父親が同じ目に遭うのではないのだろうか、この母親は信頼できないのではないか、勝手な想像ばかりして無粋であるが、有紗が抱えているストレスや不安は、僕の想像力では到底補えない。
でも、そんな有紗と美幸先生の関係を一歩前進させた。とはいっても僕自身、何も努力もしていないし変わってもいない、ただただそこにいて、ただただ生きていただけで、一組の親子の仲を深めた。深めたというのは大げさかもしれない。仲を深める足掛かりになったというべきだろうか。何もしていないのに、すごく嬉しかった。
「こっちこそ、何もしてないのにわざわざ報告してくれてありがとう」
たったそれだけのことで、こんな想像もしていなかった未来になるとは思わなかった。
次の日の地元はとても暖かくなり、雪解けが一気に進んだ。
「生きてるだけで丸儲け」という言葉が嫌いだったが、初めてこの言葉の素晴らしさを実感した。今までの嫌だったことが、この出来事だけでプラスになった気がした。それと同時に、僕は生きていていいんだと思うことができた。
スマホの機種変更に伴い、LINEも1度消え、トーク画面もなければスクリーンショットもない、有紗との繋がりも無くなってしまったので、今はどこで何をしているかは分からない。看護学校を目指していたようだが、無事に看護師になれたのだろうか。
一生懸命生きるだけで、見知らぬ誰かの人生を救っているかもしれない、知らないところで、知らない人たちの人間関係が良くなっているかもしれない、そんな可能性があるだけで、どんな辛い人生でも頑張れる気がした。
劇的なことが起こらなくてもいい、平凡な人生でもいい。僕がここに居るだけで誰かを救えるのなら、ずっと居て見せようではないか。
そんな僕も今では大学を卒業し、社会人3年目。生きることが辛くなった時にはこのことを思い出して、前を向いている。
今日の積み重ねが、誰かの明日になることを信じて。
(おわり)
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