小説『空生講徒然雲12』
ががががるがる。見知った音が山向こうから聞こえてくる。GT400の音だろう。耳を澄ましてみた。間違いない、GT400の黒いオートバイからアベリフの排気音が、ががががるがると鳴っていた。物憂げでノイジーなカッティング音が山向こうからこだましながらこちらに向かってくるのがわかった。
アベリフはGT400に跨がる『もの生む空の世界』の郵便配達員だ。私は鉄塔でホタルイカのひかりを眺めながらアベリフを待った。
アベリフは痩せ型の長身でぴたりとしたブラックスーツに身を包んでいた。顔に愛想は乏しく白く痩けた頬はいつも剃刀に負けていた。目はきつねと瓜二つにひかり、黒髪は清潔そうだった。長い腕を綺麗に折りたたむようにハンドルを掴む。それに対して膝は大胆に開かれていた。GT400に跨がるその姿は黒いフラミンゴのようだった。見事なシルエットの美しいフラミンゴが鉄塔にいる私のもとに向かってきていた。
郵便配達員はこう見えて妖精だった。私が御師になる前から郵便配達員はいた。私が御師になってからは、アベリフとツノリフが便りを届けてくれる事が多かった。
アベリフはいつも通り電線を上下逆さまに走ってきた。ががががるがるの排気音は『もの思う種の世界』が終わり、『もの生む空の世界』が始まるのに相応しものだった。
アベリフの到着の前触れのががががるがるに、ホタルイカはギクシャク踊りだした。ホタルイカなりに歓迎しているのだ。アベリフは電線から垂れ下がるようにタイヤを上にして黒髪を下にしていた。これがいつも通りなのだ。アベリフは真面目にフザケるのがすきなのだろう。妖精とはこういうものなのか、アベリフだけのものなのか分からない。
黒い逆さフラミンゴが電線下を滑るよう向かってきた。もうそれはほとんどコウモリだったけれど、アベリフとはそういう妖精なのだ。アベリフの到着に、ホタルイカはさらにギクシャク踊りだして方々にひかりを配っている。古墳群の鉄塔上で、フェスが開かれているようだった。
アベリフが手紙を下から上に投げた。私は受け取ると「いつもありがとう」と言った。アベリフは片方の口角を上げながら「おう」と言った。
私たちの会話はそれだけだ。いつもこうだった。一仕事終えておどけたアベリフのマフラーはがなる。がががっががっががががが。アベリフは山向こうに去って行った。幾百匹かのホタルイカもアベリフに誘われるように宙空を去って行った。私は手紙に目をやりながら排気音を聴いていた。
「東京か」、そうか。行こう。私は『もの生む空の世界』の御師をしているのだ。忘れないうちにもう一度言おう。
私の職業は『空生講徒然雲御師無為者行者鎮魂走係千日』である。縮めて、御師。または御師千日。と呼ばれている。
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