W-B とある清掃員の日記 編集編 1〜23話
1
僕は今世界有数の企業、ワールドブルー株式会社/W-Bの本社の廊下を掃除している。
別に表向きは普通に清掃員として活動しているが裏ではW-Bのライバル企業[マッシュルーム]から送られた企業スパイだ。
僕の任務はここで研究されている“The Thing”の情報を入手する事だ。
だけど“The Thing”が一体何でなんの役割を持つのかはマッシュルームも分からないそうだ。
噂によると、どうやらマッシュルームは自身の縮小された事業を“The Thing”で逆転するつもりらしいが....。
まあ、この際僕には関係ない。これまで色々な企業から仕事を依頼されたが、その殆どの場合入手する物の情報意外は何も教えてくれない。
しかも今回の報酬はかなり良い。これに乗らない手はないだろ?
しかし本当に“The Thing”はどこにあるんだろう.....。普通なら女性社員を口解くとか社長室に忍び込んで情報を盗み出すとか方法はある。
その前に“The Thing”が一体どんな物なのか突き止めなくてはならない。
「長くなりそうだぞ....。」
僕はモップをバケツに突っ込みながら呟いた。
2
今日の昼飯はご飯、味噌汁、焼きシャケだった。ワールドブルーの社食は美味いとは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
今の所、“The Thing”の情報を聞き出す事には成功していない。
まあ確かに清掃員が社員に話しかける事なんて滅多にないからな.....。
僕はシャケの肉片を口に放り込んだ。香ばしい味が口内に広がる。
とにかく話しかけるチャンスが必要だ。
これが1番重要。
でないとタダでさえ機密が物凄い会社だ。単独で下手に動くとバレてしまう。
味噌汁を啜り終わると僕は食器を下げに行った。
感じの良いお婆さんが奥から出てきた。例えるなら動く化石というぐらいの年頃だ。しかしエプロンやマスクは全部スヌーピー柄だった。
「美味しかったかい?」
スヌーピー推しお婆さんは僕に話しかけた。
「え...はい。」
慌てて答える。
「ふふ。そうかい、そうかい。」
お婆さんの顔は笑うともっとしわしわになってまるで梅干しのようだった。
「じゃ、僕はこれで…。」
そう言うと僕は足早に食堂を後にした。
3
驚いた。ワールドブルーの奴らは衛兵集団を持っているのか!
C・D・F/カンパニー・ディフェンス・フォースとか言う元軍人を集めた警備部門だ。
会社に清掃員として入社してから稀に廊下などでサブマシンガンを持った警備員とすれ違ったが、そいつらがウロウロしていると情報を入手するのが困難に.....。
それにしてもついさっきは焦った。
食堂から出ると何と目の前に蒼社長がいた!
幸い、彼はまた別の社員と会話していたようだ。
しかしその会話が...。
「企業スパイ活動が最近活発化しているらしいですよ.......。ウチの会社も大丈夫ですかね........。」
「SEIさん、大丈夫ですって。嫌だなぁ…あはは…。」
僕は早足でその場を去った。
ついにバレたのか?
角に立っているCDPの目線がやけに冷たく感じた。
いや、その割には警備員も来てないし、騒ぎにはなっていない。
そのまま僕は居住棟に急いだ。
ワールドブルー株式会社の清掃員などは、ほぼ住み込みで働いているのだ。
居住棟の自分の部屋の前に着くとカードをかざし、自室に入った。
4
居住部屋は3畳程の小さなの部屋で壁に折りたたみ式ベッドと本棚が貼り付けてあり、反対側にはテレビとコンロが備えられていた。
僕はベッドに腰を下ろすと考えた。
しかし出てきた答えは「行動しろ。」だった。
バカ。行動するって...何から始めりゃあ良いんだ?
率直に「“The Thing”って何ですか?」って聞くか?
いや、自滅行為だ。
大体、マッシュルームはどこから”The Thing“の情報を入手したんだ?
もしかして.............。
内通者!!!それしか考えられない!!つまり僕以外にも、このワールドブルー社内に“裏切り者”がいるのか!!
だとしたら誰だ?
僕はスマートフォンを取り出すと、マッシュルームが事前にくれた社員名簿の経歴に目を通した。
そこで一つ思い当たる人物がいた。
影橋・信夫
さよなら部の奴だ。
あのマイトンとか言う青二歳の上司でもある。
だけどコイツ、一度マッシュルームへ寝返っていたり、非人道的と世間から叩かれた多目的兵器“A1SA-2 通称愛殺文”などの開発に携わっていやがる。
僕は確信した。
コイツは何らかの部分で“The Thing”の開発に関わっていると。
5
僕は急ぎ足でさよなら部のオフィスへ向かった。休憩時間になると社員は全員バラバラに解散してしまう。
途中、マイトンの野郎が新社員に説明している横を通り過ぎた。
「ほら、あのレジスタンス。名前なんだっけ。シイタケ?Simeji?
あ、そうそうマッシュルーム!
昔はその世界では名の知れた会社だったみたいだけど、今はただキノコにカビが生えたみたいなやつらさ。キノコもカビなのにね!
アハハ!面白いよね!」
新社員はなんて反応して良いか分からず、自分の鼻を見つめるような表情をしていた。
「...................って笑いなよ?ねぇ。」
反応が良くなかったのかマイトンの野郎は少し気分を損ねたようだ。
ざーまみろ!!と心の中で嘲笑いながら僕はさよなら部のオフィスのドアを開けた。
「すいません!!」
僕はオフィス中に聞こえるように怒鳴った。
「信夫さんっていますか?!!」
返事をした男は如何にも影が薄そうな奴だった。満員電車の中でも分からないぐらいだ。
ソイツは疲れた目で僕を見た。
「なんでしょうか....?」
さよなら部のゴミ箱が栄養ドリンクの空き瓶でいっぱいになっているのを見て僕は複雑な気持ちになった。
「最近は忙しくて....。ここの皆んなしばらく家に帰って無いんですよ。要件があるなら早く言ってください....。」
「あの...とりあえず別の所で話しません?」
20分後、僕達は街の喫茶店花の窓辺の席に座っていた。
喫茶店の店員の目線が異様に冷たかった。
「何で私をここに?」
「率直に聞きます。あなたとマッシュルームの関係を聞きたいんです。」
6
「私は一度マッシュルームに勤めたことがありますが、“The Thing”などは全く知りません。」
「しかし貴方は愛殺文のプロジェクトにも参加していましたよね?その時に...。」
つぎの瞬間、信夫は何かに気付いたのか、人差し指を唇に当てた。そして机の下を指差した。
僕は黙って机の下を見た。薄暗くて見えにくいが何か丸いボタンのような物が机の支えに貼り付けてあった。
信夫は手帳に何かを書くと僕に見せた。
盗聴器です
そう書かれていた。
そして続けて
もう解散しましょう。
あと決して“The Thing”の事は深掘りしないように。これだけは警告しておきます。
あれは愛殺文よりも比べ物にならない物になるでしょう。
僕は黙って席を立つと店を出た。
一体何なんだ?
路地は暗くジメジメしていた。
誰が盗聴器を?
来る事を知っていたのか?
僕はニヤリと笑った。
これは強敵だな。
7
A1SA-2 愛殺文
従来の大量破壊兵器は“物”を“破壊”した。
しかし核兵器の競争開発の中で生まれた異例の物が愛殺文である。
核兵器との最大の違いは“物”を破壊するのではなく、“その物の定理”を破壊する事。
長らくその存在はワールドブルー社と国家の間で機密になっていたが、数十年前のベーリング海沖で行われた
「ベルブルグ定理破壊実験」
で愛殺文が暴走。世界中を混乱に巻き込んだ。
これで“定理破壊兵器”の存在が世に明かされるとワールドブルー社は世界中からバッシングを受けた。
しかし不思議な事にどんだけ株価が下がっても、ワールドブルー社の利益は減るどころか増えていったのである。
噂では世界中の国から注文が殺到したらしいが.....。
幸い現在は愛殺文の製造は中止されている。
だが人とは愚かな生き物だ。常に“頂点”に立ちたがる。
広島、長崎......。あの日、核の恐怖は世界中に知れ渡っていたはずだ。
しかし、どんなに血が降ろうと、どんなに仲間が嘆こうと、人は欲望のままに生き続ける.....
8
今日の掃除場所はまた廊下だ。
だけど僕の頭の中は例の盗聴器の事でいっぱいだった。
昨夜、社員名簿の中を漁って盗聴器を扱えそうな奴を探したが、時間の無駄だった。
信夫が自作自演でやった訳でもなさそうだ。
盗聴器は明らかに僕の机の下に貼り付けてあった。つまり僕達をうまくその席へ誘い込めるという確信があったからだろう。
つまり....。
「....ウエイターか?」
そう、僕達を席まで案内したあのメガネ女性ウエイター!!
アイツに間違いない。
そもそも、あの時間帯にいい歳した女性が喫茶店のバイトをやっている時点でおかしい。
何で気付かなかったんだ!!
だけど何故?
疑問がまだ残っていた。
それに何で社員名簿に載っていなかった?!
僕は決心した。
このあと、喫茶店 花に行こう。
9
裏路地はいつもジメジメしている。
しかしそんな暗い中、パッと明るい店があった。
それが喫茶店 花だ。
(追伸:ここのオムライスは格別に美味いらしい。一連の事が終わったら食べに行きたい。)
僕が喫茶店に着いた時には、客もまばらな時間帯だった。
やはりこんな時間にカフェに来る奴なんか居ないのか、店主からは怪訝な目で見られた。
昨日の席に座ると僕は、机の下を探った。
もちろん盗聴器は無かった。
「注文は何よん?」
高校生くらいのバイトが伝票片手に僕に話しかけた。
「あ、コーヒーを一つ。」
「他にはあるかよん?」
ここで僕は少し考えて
「昨日、三十代ぐらいの人がここにバイトに来ませんでした?」
カウンターの向こうの店主と紫色の髪の毛のバイトがキッと僕の方をみた。
これは........まずいパターンだな。
「いいえ、来なかったよん。」
「分かった、ありがとう。じゃあ僕は、用事が出来たからこれで.....。」
そう言うと僕は足早に喫茶店 花を立ち去った。
10
「ワールドブルー株式会社に潜入できるか?」
こうマッシュルームの依頼人に言われた時は流石の僕でも戸惑った。ワールドブルーに企業スパイが入った事なんて一度もないのだ。
大体僕はオファーする金によって行くかは決める........。
その時は僕は金額次第で断るつもりだった。
「一億円でどうだ?これを押せば君の口座に振り込まれるのだよ?」
依頼人は端末を取り出し、その画面を見せた。そこには白い数字で”10000円“と表示されており、その下に“口座振り込み”と書かれた赤いボタンがあった。
一億円!!長い間僕は企業スパイをやっているけど、こんな大金は初めてだ!
チャンスだ!僕!
これはチャンスだ!
結局僕は押してしまった。
「まさかこんな面倒くさい事になるなんてな.......。」
そんな事を思い返しながら僕は社員名簿が載ったスマートフォンを見ていた。
マッシュルームの奴らはこれにワールドブルー社内全ての社員の名前、年齢、経歴を書いたはずだ。
しかしもう一回見返しても、盗聴器を使えそうな技術を持つ社員は一人もいない。
しかし、あの付けられた位置。
アレは明らかにプロが設置している。
しかも盗聴器もかなり良く作られていた。
そこで僕が達した結論は
「外部から雇われた者。」
という事だ。
外部から企業スパイをスパイする者を雇えばいいのだ。そうすれば社員名簿に載っていない事にも納得がいく。
巧妙な手口だからプロってことは間違いない。
そして多分ソイツはもう既に僕が企業スパイである事を勘付いているだろう。
11
香子先輩どうしているかな.......。
僕はオフィスの窓を雑巾で拭いていた。
実のところ、マッシュルームは始めは僕じゃなくて香子先輩にこの“仕事”を頼むつもりだったらしい。
しかし香子先輩は別の件があって、つい先週ある男と一緒にスットン共和国に飛んでしまった。
だから僕にこの“仕事”は任されたのだ。
あの男.......誰だっけ?うーん。
そうそう、根来内 弾。企業スパイ界でも話題になっている奴だ。
何せ殺し屋なのに社会的地位を殺すって言ったり、メイドカフェで依頼者と会ったり.....。
まあ変わり者って事かな?
そんな奴が香子先輩のパートになるって聞いた時は流石の僕でも驚いた。
ー先輩?正気ですか?
ー大丈夫だ。お前はお前の仕事に集中しろ。
そう先輩は言ってくれた。
正直言って香子先輩はシリアスな人だ。
だけど僕は香子先輩の様な優しい人に恵まれた事がなかった。
12
やれやれ、徹夜しちまった。
まったく社員名簿に一つ一つ目を通すなんて容易いことでは無い。
僕は一晩かけてもう一度社員名簿を見たのだ。
だけどやっぱり、盗聴器を仕掛けれそうな社員はいなかった。
「.......それにしても腹減ったな。」
僕は居住棟を出るとスヌーピー推し婆さんの食堂へ向かった。
相変わらずそこまで混んでいなかったが、僕は食堂へ入った途端、僕の視線はある人物の顔に釘付けになった。
「!?」
その女性はオムライスをムシャムシャ食べている最中だったが、その顔は見覚えあった。
何とあのバイトだったのだ。盗聴器を仕掛けた。そして何だ?!!あの皿の量は?!!
彼女の隣にはオムライス用の楕円形の皿が5枚ぐらい積み重なっていた。
僕は彼女の顔を今一度見つめた。
年は20、30代ぐらい
メガネをかけて、シュッとした輪郭が特徴的だ。
もう確信だ。アイツが僕に盗聴器を仕掛けた張本人。
そして僕の前では壮絶な飯テロが起きていた。
しかし奴の顔は社員名簿に載っていなかった。ひとまず彼女がワールドブルー株式会社の人間では無い。なら何処から?何者なんだ?
突然、彼女が僕をチラッと見た。
僕の視線に気付いたのだろう。
その目は何でも見通せそうな賢そうな瞳だった。
僕はビクッとすると、腹が減っているのも忘れて急足で食堂を後にした。
13
携帯の着信音で僕は目を覚ました。
「まだ明け方だぞ.....。」
そう文句を言いながら携帯を手に取った。
しかしメールの内容は僕から眠気をはぎ取った。
合計で二つのメールが届いていた。
一つ目はワールドブルー株式会社からで二つ目はマッシュルームの依頼人からだった。
一体何事だ?
僕はまずワールドブルー株式会社のメールを開いた。
「社員の一人が昏睡状態?!」
思わず叫んでしまった。
どうやら防音室で倒れていたのを助けられたらしい。
自分が疑われる可能性が高いぞ.......。
僕は震える手で二つ目の依頼人のメールを開いた。
そこには
證さんへ
今日12時にラブリーメイドカフェ☆に来てください。
緊急です。
MS
と書いてあった。
僕の背中に冷たい物がサァッと流れた。
14
カランコロンカラン。
僕は普段“メイドカフェ”なんかには縁はない生活をしている。
店内はピンク色。
メイド服に身を包んだ女性たちが
「おかえりなさいませ、ご主人様。」と愛想笑いを見せる。
僕はゾゾッと寒気を感じた。
メイドの一人が僕を個室に案内した。
個室の中もまたピンク。
部屋には丸テーブルが置かれており、僕と向かい合う形で依頼人の男が座っていた。
「二人だけにさせてくれ。」
依頼人はメイドを個室から追い出した。
「アンタは変な趣味を持っていますね。」
僕は苦笑しながら向かいの椅子に腰を下ろした。そして片手で机の下を触った。
盗聴器は無い。
「さて。君をここに呼んだのは、メールに書いてある通り緊急事態だからだ。」
「一旦何事ですか?」
「今朝社員の一人が昏睡状態で見つかった。知っているかね?」
「社内メールで聞きました。」
「君がやったわけでは無いのか?」
依頼人は探るような目つきで僕を見た。
「いいえ!決して僕はそんな手荒なことはしませんし、防音室がある事すら知りませんでした。」
僕は必死に訴えた。
「いや。別に確認の為にやっただけだ。
あの防音室は我々マッシュルームが設計した盗聴室なのだ。機密情報を探るためのね。」
「え..?つまり貴方がその社員を昏睡状態にしたんですか?」
「いや我々は何もやっていない。しかしその倒れた社員が防音室に入った所から録音がプッツリ途切れているのだ。」
彼は深刻そうな目をした。
「つまり可能性としては外部から何者かが録音機を操作して、録画を消したとしか考えられないのだ。」
「もしかして.....その外部からの者が社員を昏睡状態にさせたと思っているんですか?」
「そうとしか考えられん。第一にあの密閉された防音室に押し入る方法としたらドアを開けるか、壁を電鋸で切断するしかない。もしかしたら外部からの者は....。」
「ワープを使ったと?」
「まあその可能性が高い。しかし君をここに呼んだのはもっと悪い知らせがあるからだ。今のは序の口に過ぎない。」
15
「なんですか?それは?」
僕は冷たい物を背中に当てられた様な気がした。
「君が知っているようにスットン共和国の隣国ムルス連邦公国は3年前にクーデターが起きて軍隊がいまだに政権を牛耳っている。」
依頼人は声を落とした。
「昨日、我々はムルス連邦に潜伏しているCitrusの1人からとある情報を入手した...。」
「.......一体何の情報ですか?」
僕は居ても立っても居られなくなった。
何か物凄く悪い予感がする。
「.......ムルス連邦の軍事政権がスットン共和国に侵攻しようとしている。まだ準備段階だが、確実に準備は進んでいる。しかし我々が緊急事態と言っているのは.......ムルス国防軍が....その....。」
ここで依頼人はチラリと僕を見た。
「...............スットン侵攻の最初の攻撃にワールドブルー社の......“The Thing”が投下される予定だ。」
僕は開いた口が塞がらなかった。
“The Thing”
信夫が言っていた“愛殺文より酷い物”
まだ僕が何なのか知らない“未知の物”
「あ、貴方は、ど、ど、どうしてワールドブルー社なんかが、あんなヨーロッパの小国のいざこざに関連するなんて考えているんですか?」
戸惑いながら、僕は依頼人に質問した。
「君はどれほどワールドブルー社が歴史の裏で暗躍した知らないだろ。
奴らの支援金はナポレオンやロシア革命、ナチス政権の資金になり、投与した技術は原爆やV2ロケットとなり、経済力はベトナム戦争の戦況を逆転させたのだ。
そもそもスットン共和国にはワールドブルー社にとって厄介なレジスタンスが複数潜んでいる。奴は“戦争”といういざこざに紛れて自分達にとっての“癌”を撲滅させようと目論んでいるのだよ。」
「それで...貴方は僕に何を頼みたいんですか?」
僕は恐る恐る聞いた。
「使われる“The Thing”はプロトタイプだ。そしてどうやら今はワールドブルー社内にあるらしい。実戦に使われるから保管場所から出してきたのだと思う。
君の新たな仕事は“The Thing”が戦争で使われるのを阻止し、“The Thing”の情報を我々に提供する事だ。運良くワールドブルー社内では数人を除いて”The Thing“の事は誰も知らない。
我々が聞きたい事は、君がこの仕事を引き受けるかどうか。それだけだ。」
![](https://assets.st-note.com/img/1731237100-pXJIBujrLtyOeSzq2nW7vT8a.jpg?width=1200)
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僕は黙ったまま机を眺めた。
どうする?
企業スパイが”戦争を止める“ことなんて出来るか?
「あの.....。」
僕は口を開いた。
「昏睡状態になった社員とムルス連邦の話は関係性あるんですか?」
「まだ我々には分からない。分かっている事とすれば、あの社員がCitrusから派遣された事だ。」
昏睡状態のCitrus からの社員。
まず昏睡状態にさせられたのは口封じの為と見て間違いないだろう。
だけど誰がどうやって防音室に入ったのかが分からない。
「この依頼を引き受けてくれたら、我々は倍の報酬を君にあげよう。」
依頼人はまた金で釣ってきた。
しかし僕の問題は金額ではなく、戦争をただの企業スパイが止めれるか?という事だ。
「分かりません......。」
そう答えるしかなかった。
「考えてみたまえ。第二次世界大戦では
約8500万人が犠牲になったのだ。そして今始まろうとしている戦争は西側や東側も構わず巻き込み、これまでの戦争とは比べ物にならない人数が犠牲なる。」
依頼人の言った内容は僕と今回の仕事の距離をどんどん遠くした。
「なら他の方に聞いたらどうですか?僕よりいい人はいますよ?」
僕はそう言うしか無かった。
そりゃあ当然だ。
仕事があまりにも大き過ぎる。
僕1人では持ちきれない。
「本当は香子さんに頼むつもりだったのだ。
しかし、このまま誰も止めなかったら”The Thing“が投下され、罪のない人達も巻き添いになるのだよ。」
そして依頼人は最後に追い討ちをかけるように
「もちろん、香子さんも一緒にな。」
と言った。
17
ムルス連邦公国
イタリアとスロベニアの国境にある面積13,585 km²、人口4273万人の資本主義国家、公用語はラテン語。
そしてこの国はかなり異色な歴史を持つ。
第一次世界大戦時にイタリアで起こった革命で生まれ、第二次世界大戦は日独伊牟の四国同盟
として戦った。
冷戦期は隣国のスロベニアが社会主義になった事を受けて、ムルス社会主義連邦共和国になり西側と対立したが、ソ連が崩壊するとあっさりムルス連邦公国になった。
2002年、ナットウリアー首相が政権につき、同年隣国で僕の故郷であるハルパ王国に侵略。国民を虐殺し、自国の領土として吸収した。しかし不思議と国際問題には発展しなかった。
理由としてはワールドブルー社が裏で賄賂を使っていたらしい。
2021年、度重なるナットウリアー政権の政治的失敗が原因でムルス国防軍がクーデターを起こし、軍事政権がムルス連邦を牛耳った。
それが今のムルス連邦公国の状態だ。
![](https://assets.st-note.com/img/1731237220-JpGi2RfVMSAnr9ku68QzjNxL.png?width=1200)
18
僕はメイドカフェからトボトボ、ワールドブルー社への帰り道を歩いていた。
僕の頭の中は後悔とアイディアでいっぱいだった。
「何で同意したんだ?!!」
「香子先輩が危ない!!」
「それで、どうする?!」
「まったく......バカだな?!」
僕は依頼人が言った言葉を一字一句思い返した。
「…今から一週間後にムルス国防軍の技術者が“The Thing”の視察の為にワールドブルー社を訪れる。最初のステップとして、奴を捕まえて“The Thing”が何処にあるか吐かせるんだ。」
「拷問ですか?」
「いや。こっちの方が手っ取り早い。」
依頼人はそう言うと彼の上着のポケットから油紙の包みを取り出し、僕の方に渡した。
「開けてみたまえ。」
僕は言われた通り油紙の包みを開いた。
中には一つの小さなスプレーと小型ピストルが一丁入っていた。
「だけど.....僕銃なんて撃ったことありませんよ?」
「なに、安心しろ。これは脅し用だ。肝心なのはスプレーだ。」
そう言うと彼はスプレーを持った。
「これには“なんです果”のDNAを使って作った果実“いじょう梨-Green”の成分を調合した薬品が入っている。そしてこの薬品を人に吹き付けると、一時的に昏睡状態になり、その昏睡状態になる10分前の記憶は綺麗さっぱり無くなっている、と言う代物だ。」
僕はスプレーを依頼人から受け取った。
「こんな物で本当に記憶を消せれるんですか?」
「ああ。この調合方法は南野教授の発明の一つなのだが....。」
ここで彼は腕時計をチラッと見た。
「もう面会は終わりだ。引き受けたからには頑張ってくれたまえ。」
そう言うと彼は席を立って個室から出て行ってしまった。
19
僕はメイドカフェからの帰りに手直の菓子屋に行ってみる事にした。
御八堂。
昔からワールドブルー株式会社の御用達で、創業100年の老舗だ。
店中全体は土間になっており至る所に模型の和菓子が置かれたショーケースがあった。
「いらっしゃーい。」
カウンターの婆さんの元気そうな声には目もくれず、僕は和菓子が並べられているショーケースの前に立った。
羊羹、八ツ橋、和三盆、金平糖、カステラ.........。地球上の和菓子は全てこの菓子屋で揃うだろう。
戦前から伝授された秘密のレシピを使って作られた和菓子達はまさに芸術作品だった。
「どら焼きがオススメだよ。」
婆さんが言った。
「この間、お若い方が嬉しそうに買って行ったよ。」
僕は反射的にどら焼きを選ぶと、会計の為にカウンターの方に行った。
婆さんはどら焼きを袋に入れるとバーコードをスキャナーでスキャンした。
「はい。2,700円だね。」
「高!!!!」
思わず叫んでしまった。
当然だ。2,700円ならビッグ〇ックを食べれる。
幸いワールドブルー社はキチンと清掃員にも一定の給料はくれるから払えない事はないが、そりゃあワールドブルー社以外に御用達がいない訳だ。
「最近は材料費が高騰していてね。」
婆さんはどら焼きを丁寧に包み紙に包んだ。
その手捌きは早いが、どら焼きの形を崩さないように折り目を正確に合わせていた。
「若い人が中々買いに来ないからアンタが来て嬉しいよ。」
僕は何とも言えない気持ちで御八堂後にした。
どら焼きはすぐ食べるつもりだったが勿体無い気がして、居住棟に戻ってから食べる事にした。
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こんにちは、Seiです。
我がスパイ君を描いてみました😃。
清書する時間が無かったので荒いのはご了承下さい😅。
![](https://assets.st-note.com/img/1731237367-OYeC3hbypE2Ij9McZgkNW10i.jpg?width=1200)
描いてみて思ったことは「いやww、いかつすぎだろwwww。」でした。
多分読者の皆様も同じ事を思っていると思います。
まあ、これはあくまで作者のスケッチなので気にしないで下さい😅。
20
どら焼きはかぶり付くと、甘い餡子と香ばしい生地のハーモニーが口の中に広がった。
居住棟に戻って夢中になってどら焼きを頬張っているとスマートフォンの着信音が鳴った。
スマホを見ると「アカバ」と言う人物からのメールが来ていた。
僕はまた驚いてしまった。
アカバ、本名朱灰・斎宮。
僕の高校時代の友人だ。
彼と最後に会ったのは卒業式の時で、それからは同窓会にも顔を見せずにずっと音信不通だった。別の友人伝いに聞いた事によると彼は、
八大学の一つの天野若国立大学に合格して心理学の研究に没頭しているらしい。
「高校時代はイッキって呼んでいたけなぁ........。」
当時の事を思い出しながら僕はメールを開いた。
メールの内容は
「明日カフェで会おうぜ。」
それだけだった。
「やけに文章が素っ気ないな。」
僕のアカバのイメージは剽軽で下ネタが好きな明るい奴だった。
しかしこの文章を見ているとそんな明るさは感じられなかった。
高ニの頃に虐めによって引き篭りになった時はクラスメイトの大木と一緒に見舞いしに行った。
この大木・千日も変わり者で、有名な探偵の住み込みの助手だった。今は自身で探偵事務所を立ち上げて成功しているらしいが.....。
「どこのカフェだ?」
僕はそう返信した。
すぐに返事が返って来た。
「喫茶 花。」
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こんにちは、Seiです。
今回の話は自分の書いた物語とのコラボです😁。
カメオ出演しているキャラは怪人二十面相TLMの主人公の大木書生と謎の人物アカバです😃。
(大木書生とスパイ君って同級生?!Σ('◉⌓◉’))
怪人二十面相TLMって何?↓
追伸:知っておくとアーってなる伏線
アカバ(acaba)はスペイン語で........?
イツキは江戸時代の古典文学の中では......?
21
アカバが喫茶店 花の扉を開けて店内に入ってきた時は僕の目がどうかしたんじゃ無いかと思ってしまった。
かつての溌剌な彼の面影は何処にもなく、くたびれた様子で僕の前に座った。
「久しぶり。」
僕はアカバにそう言うと顔色を伺った。
虚な瞳は机の真ん中を見つめて、目の下にはくまが出来ていた。長らく寝てないようだ。
まるで今にも死にそうな表情だ。
「どうした?」
僕は少し気味悪く思った。
その時僕はアカバの瞳に少しだけ生気が宿ったのが見えた。
「.............あ。久しぶり。」
まるで神経をバイオリンの弦で逆撫でしたようなカサカサの声がアカバの口から漏れた。
「お前大丈夫か?」
「大丈夫.............だと思う。」
ウエイターが注文をとりにきた。もちろんあのメガネのバイトでは無かった。
つり目でムスッとした口をした愛想のないウエイターだ。
「注文は?」
物凄いぶっきらぼうな声が僕たちに降りかかった。
「僕はコーヒーで。」
しかしアカバは何も頼まなかった。
「どうした、アカバ。悩みがあるなら聞くぜ?」
僕はウエイターが何処かに消えてからアカバに語りかけた。
するとアカバの口から衝撃の言葉が漏れた。
「................山田先輩が......僕の先輩が.....自殺した。」
気付かないうちにここにあったリンク↓
関係ないはずのストーリー。多分関係ない...。↓
22
「自殺した...?一体誰が?」
僕の頭の中は混乱していた。
「山田先輩って言う僕の工学部の先輩が一週間前にキャンパスの屋上から飛び降りて......。」
しかしアカバは泣きもせず、黙々と話を続けた。
「その.....。何で自殺したのか分かるのか?」
「闇バイトに手を出したとか何とか。」
闇バイト。
今都市圏で頻発している
“自分の手を汚さずに物を盗み、人を殺す卑怯な犯罪“
「何を闇バイトでやったんだ?」
「分からないな...。だけどもう一つ理由はあると思う。」
「それは?」
「先輩の就職先が仙桜重工業の兵器部門になる予定だったらしい。」
仙桜重工業。
この国家初の海外輸出用の兵器を作っている会社だ。噂では西側の水爆の開発時にも技術者を何名か派遣していたらしい。
「その兵器部門って....。」
この会社で兵器部門といえばあの部門しか思いつかない。
「そう。時ノ雨兵器開発部だ。」
先日のニュースで国民は驚いた。
何と、この国家が核保有国になってしまったのだ。しかも国産の核ミサイルを持ったのだ。
東側が戦争を仕掛けてくる!
ニュースではそう報道されていたのを僕は覚えている。
だからこそ防衛力を上げなければ!
「どの道この国家は西側の盾だ。戦争が本当に始まってこの国家の旗色が悪くなると奴らは切り捨てるだろうよ。」
アカバが不気味に苦笑しながら言った。
「まあ偶然、僕の名前と核ミサイルの”愛称“が同じなったんだがね。」
核ミサイルの名は仙桜重工業 J-12K ICBM
愛称はイツキだった。
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こんにちは、Seiです。
ここで小ネタですが、イツキと言う名前の由来はは古典文学の随筆『反古のうらがき』において人間に首つり自殺をしたくなるよう仕向けたとされる死神「縊鬼」が由来となっています。
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それからアカバが言ったことは支離滅裂であり得ない話ばかりだった。
そんな彼を見ながら昔の記憶を思い出していた........。
学校に突然銃声が響き渡った。
自分は何をしていたのか分からない。多分ラテン語の授業だろう。
先生がラテン語で何かを叫んだ。
その後に空から大太鼓を叩いたような鈍い音が聞こえた。その時僕は曇りの空に向かって打ち上げられる対空砲火を見て初めて恐怖を感じた。
あ、今戦闘機が砲火を受けて森へ落ちた。
ドドオッ!!!!
次の瞬間、ドアが叩き破られ黒い物が放り込まれた。
シーンが変わる。
僕は足を引き摺りながら森の中を走っている。
何から逃げているんだ?
クマ?
ドラゴン?
それとも死?
しかし振り替えらない。
機銃の掃射音が森にこだまする。
ふと自分の足に視線を落とす。
ジーンズがワインレッド色の液体で染め上げられている。
ああ、そうか。
自分は...............。
またシーンが変わる。
兵士が目の前にいる。
「.................?!!!」
聞き取れない。いや、彼の言語が分からない。
周りにも兵士が。皆んな銃を撃っている。
そこで何か音が鳴る。
兵士達の頭が一斉に上を向く。
僕も曇り空をみた。
黒い巨大なトンボの大群が舞っている。
何だ?爆撃?
「..............!!!!」
兵士が叫ぶと自分の体が装甲車の中に放り込まれる............。
「なあ。聞いてんの?」
アカバの声が聞こえ、僕は我に帰った。
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こんにちは、Seiです。
今回の物語の内容には作者の実体験がモデルになっているシーンがあります。
この学校に軍隊が押し入ってくるシーンは作者のドイツの学校で実際に不審者侵入アラート(システムエラーで鳴ってしまった。)がなり、教室に立てこもつ事になり、SWATが安全確認のために教室の中に押し入ってきた実話がモデルです。近いうちのその時の事も書こうと思います。
受信した不審無線
ヤンス・ツェルコフ・ヨルクブルグはビジネスクラスの椅子にゆったりと持たれていた。
彼のまとっている軍服には階級を表すバッジと鉄十字が光っている。
フライトアテンダントも愛想笑いをしながら通り過ぎるがその引き攣った顔には何処となく恐怖があった。
「ヘア・ツェルコフは機内でも軍服を着るのか?」
後ろに座っている小柄の男が隣の男に囁いた。
「ああ。祖国の光栄を失わないようにな。しかも今回は重要な任務だ。」
「確か“The T........。」
そこまで言いかけた時ヤンスが後ろを振り返った。彼の顔の半分は焼け爛れたようにビロビロになっていた。
2人の男は話のテーマを変えた。
「それで............あの国境沿いで捕まえた二人組は何か情報を吐いたか?」
「男の方は大人しいが、女の方は国境警備員を3人もぶっ殺しやがった。」
「拳銃でか?」
「いや、特務機関によるとどうやらワイヤーを使ったようだ。まあスタンガンを使ったら気絶したけどな。」
「やっぱりCitrus の一員か?」
「それは分からない。しかし我々が事前にW-Bに送り込んでいた諜報員が昏睡状態で発見された。何かしら関係はあると思う。」