【福島原発】安易な原発処理水放出案に異議あり
線量低減待ちながら除染技術開発せよ
昨年10月号で、東京電力福島第一原発の汚染水を浄化処理した後に残る水の処分方法について、県内外で公聴会が行われた様子を紹介した。あれから1年経ったが議論は深まっておらず、水を保管するタンクは増える一方だ。本誌では、国を挙げて水の除染技術を開発しながら、放射線量の低減化を待つのが現実的な対策だと考える。
福島第一原発では地下水や雨水が建屋に入り込んで汚染され、大量の「汚染水」が生み出されている。
多核種除去設備(通称ALPS)なら放射性物質62核種を告示濃度未満まで除去できるため、東電は3種類のALPSをフル稼働させて、汚染水の除染処理を行ってきた。
ただ、ALPSではトリチウム(半減期約12・3年)だけは除去できないため、処理が終わった水(処理水)を原発敷地内に貯蔵してきた。その数は年々増え続け、7月中旬現在、約960基のタンクに約115万立方㍍が貯蔵されている。
来年12月末までに約137万立方㍍分まで増設される予定だが、2022(令和4)年には満杯になる見込み。首都圏在住の文筆家で、汚染水対策を取材し続けている春橋哲史氏によると「ALPSに使われている吸着材やスラリー(核種が高濃度に圧縮されたドロドロの廃液)の保管施設も限界に近くなっている」という(本誌3月号参照)。
東電は「デブリ取り出しなどの作業用に複数の施設を建設する予定があるので、これ以上のタンク増設は無理」と主張している。
そうした中、国が進めようとしているのが処理水の海洋放出で、原子力規制委員会の更田豊志委員長も推している。と言うのも、水素の放射性同位体であるトリチウムは海や川に普通に分布しており、放射線エネルギーも極めて弱い。平常時の原発では法定基準値(1㍑当たり6万ベクレル)以下に希釈して海洋放出されていたほどだ。汚染水抑制策として実施されているサブドレンや地下水バイパスでも運用目標(1㍑当たり1500ベクレル以下)に準じて希釈せず海洋放出を行っている。
一方で、海洋放出を行えば「福島の海に汚染水が流された」というイメージが固定し、さまざまな産業がダメージを受けることが予想される。また、トリチウムを排出する量が多い原発の周辺では、白血病の発症や新生児の死亡率が高まるとの研究論文もあり、安全説に疑問を投げかける声もあるため、処理水の海洋放出に厳しい反対意見が寄せられた。
経産省が設置した汚染水処理対策委員会の下部組織「多核種除去設備等処理水の取り扱いに関する小委員会(以下小委員会と表記)」では、いわゆる風評への対策を含め、タンク内の水をどのように処理すべきか話し合っており、昨年8月には富岡町、郡山市、東京都内で公聴会を開催した。海洋放出をはじめ、地層注入、水蒸気放出など5つの処分方法について意見を聞いたが、「風評拡大につながる」、「汚染リスクがある」として意見表明者の大半が5つすべての処分方法に反対し、「当面タンクで保管すべきだ」と主張した。
福島第一原発内の処理水タンク群(今年2月、合同取材での代表撮影)
反対意見が根強いのは、「絶対に事故は起きない」という〝安全神話〟のもと排水される水と、処理が施されているとは言え、深刻な被害を発生させた事故原発から出てきた水では、社会の受け止め方が全く異なるからだろう。
小委員会の委員である関谷直也東大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授が実施した、ネットでのモニター調査(県内外1500人対象)によると、処理水が海洋放出された場合、「福島県の海産物を購入したくないと回答した」のは37・5%を占めた。魚市場では福島県産の優先度が一気に下がり、高い価格が付きにくくなったと聞く。仮にマスコミが連日処理水の安全性を報じても、福島県から遠い地域に住む人は関心を持ちにくく、イメージを覆すのは難しい。その状況で海洋放出すれば間違いなく福島県の忌避につながり、県民が大きな負担を負うことになる。県漁連が一貫して海洋放出に反対するのもそうした点が理由になっている。
また、東電の不誠実な姿勢への不信感も影響していそうだ。東電は「ALPSによりトリチウム以外の放射性物質は取り除かれている」というニュアンスで説明をしていたが、公聴会直前の昨年8月、タンク内の処理水に告示濃度を大幅に超えるヨウ素129やストロンチウム90などが含まれていたことが発覚した。
これは、ALPSを使って全核種の放射線量を告示濃度(=海洋放出時の基準となる数値)まで下げようとすると時間がかかり、数をこなせないため、ひとまずタンクに貯蔵する際の基準(=敷地境界における実効線量)まで下げることを優先したためだという。こうした処理不十分な水は処理水全体の8割を占める。東電の言い分は「データはホームページで公開している。処理方法が正式に決まったら再度処理を行うので問題ない」というものだが、不都合な事実は伏せておきたい姿勢が透けて見え、不信感を強めた。
求められる国民的議論
タイムリミットが迫る中、小委員会では「原発構内の土砂置き場を敷地外に設置したり、原発周辺にある中間貯蔵施設用の土地まで拡張すればまだタンクは増やせるはず」などの意見も出た。だが、9月27日の小委員会では「汚染されている土砂を敷地外に出すのは不可能だし、中間貯蔵施設は環境省が地権者と用地交渉して進めてきたものなので、用途以外で使用するのは難しい」と事務局(経産省)から説明があった。
こうなると廃炉作業に必要となる用地を活用し、タンク増設を進めるのが現実的な解決方法になりそう。廃炉作業のタイムスケジュールに遅れが生じるかもしれないが、1・2号機原子炉建屋前の排気筒解体工事を見ても分かる通り、トラブルで遅れることはあり得るわけで、調整次第で対応できるのではないか。
中間貯蔵施設用地に関しても「タンクの置き場所がなくて危機を迎えている。中間貯蔵施設ではなく、タンクの用地として使わせてもらえないか」と腹を割って地権者に相談し、丁寧な説明と正当な用地補償を約束すれば理解が得られる可能性もあるのではないか。地権者に頭を下げたくない環境省が渋っているだけという感じがしてならない。
一部では「来年の東京五輪終了後に海洋放出に踏み切る考えなのではないか」とささやかれているが、まずは国や東電がこれまでの経緯やトリチウムの特性などについて説明・情報発信を行い、国民的な議論につなげていく必要がある。
今夏、外交関係が悪化している韓国が嫌がらせとばかり、在韓国日本大使館の公使を呼び、処理水の海洋放出計画について確認したのを機に、汚染水に関する議論が白熱した。退任直前の原田義昭環境相が記者会見で「思い切って希釈して放出するしか方法がないと思っている」と述べ、松井一郎大阪市長(大阪維新の会代表)が「大阪湾での放出受け入れもあり得る」と発言した。
正直、管轄外の環境相の発言で何かが変わるわけではないし、大阪まで多額の費用をかけて運搬して放出するのは非効率的だが、全国的に関心を高める発言だったという意味では評価できる動きと言えよう。こうした動きを生かして国民的議論につなげていきたい。
一方で近畿大などの研究チームがトリチウムを除去する新技術を開発しているが、そうした技術を国家プロジェクトとして開発・バックアップし、実用化につなげていくべきだ。技術開発を進めながら保管していく間に半減期を迎え、放射線量も減っていくだろう。30年貯蔵すれば放射線量は4分の1に低減する。
こうした対応こそ本県の現状や原発の実態に即した現実的かつ効果的な処理水対策ではないか。
HP
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