【福島発ベンチャー】コロナに打ち勝つ経営のヒント
福島発ベンチャー「介護施設向けネット販売」成功の秘密
新型コロナウイルスの影響で業績が悪化し、回復の見通しが立たない――そんな企業が多い中で、独自の「デジタル化」戦略に活路を見いだし奮闘する経営者がいる。高齢者施設入所者向けの訪問物販業「シニアリンク・コミュニケーション」(福島市)の遠藤康弘社長(35)だ。
高齢者施設入所者向けの訪問美容や物販を手掛けるシニアリンク・コミュニケーション(資本金100万円)は2016年創業のベンチャー企業。メーン事業は、高齢者施設に出向き、外出が難しい介護高齢者に衣類・雑貨・小物や介護用品などを販売する「お買い物イベント」事業だ。
同事業のポイントは、①豊富な商品数―値段は施設や入所者に合わせて格安商品からデパートレベルの商品まで用意、②出張費用無料―多くの施設で年間1~3回程度開催しており、ほぼ100%に近いリピート率、③行事等のイベント性アップ―祭りや施設の行事と合同で開催するとイベントがさらに充実し、家族の来所を促すこともできる、④介護施設目線の運営―イベント開催の手間を同社が全て引き受ける。
創業からわずか4年で取引施設は1000を超えた。売り上げも年々増加し、従業員は現在16人と急成長を遂げた。
そんな順風満帆だった同社を襲ったのが、新型コロナウイルスの感染拡大だった。
4月は衣替えの時期で、同社にとっては衣類の売り上げが見込める書き入れ時だが、新型コロナウイルスによる外出自粛と重なり、お買い物イベントのキャンセルが相次いだ。当然、売り上げは激減した。
当時の状況を、社長の遠藤さんはこう振り返る。
「高齢者が新型コロナに感染すると重症化すると言われていたこともあり、真っ先に影響を受けたのが高齢者施設でした。3月以降は、高齢者施設への訪問はほとんどできませんでした。3月から5月のお買い物イベントの売り上げは前年同期比で8~9割減になりました」
小売業全体で見ると、新型コロナウイルスの感染拡大以降、巣籠り需要によりスーパーやホームセンターをはじめ、アマゾンや楽天などネット通販サイトは売り上げを伸ばした。 一方、外出自粛を受けて実店舗への来客が減った飲食店やアパレル店は大幅に売り上げを落としている。
「正直、会社を潰すことも考えました。新型コロナの先行きが全く読めなくて……、3、4月は本当に辛かったですね」(同)
帝国データバンク福島支店によると、県内におけるコロナ関連倒産は11月2日現在14件に上っている。
また福島商工会議所が行った「新型コロナウイルス感染症に関する影響調査」の集計結果によると、4月の売り上げへの影響(前年同月比)では約70%の事業所が売り上げを落としており、減少率50%以上の事業所は28%に上った。(図)
4月における売上の影響(前年同月比) 福島商工会議所資料より
オンラインで買い物
ただ、こうした中でも高齢者施設からは「入所者が家族と面会できず買い物もできない状況が続いて、ストレスが溜まってきている。施設に来てもらうのは困るけど、通販とかはできないか」との声が寄せられていたという。
「とはいえ、施設側の要望をそのまま汲み取ると、単なる通販になってしまい、入所者さんとのコミュニケーションを介さない商品販売になるな、と。それでは、僕がイメージする事業とかけ離れてしまうと感じました」(同)
遠藤さんは数々の訪問販売を通してコミュニケーションの重要性を実感していた。入所者はモノを買う・買わないだけではなく「この服かわいいね」とか「もっとまけてよ」とか、何気ないコミュニケーションを求めている。遠藤さんはコロナ禍でもコミュニケーションをとれる接客はないか、考え続けた。
「そこで企画したのが、弊社と高齢者施設をテレビ会議アプリZoom(ズーム)で結んで商品を販売する『オンラインお買い物イベント』です」(同)
開催までの流れはこうだ。①日程の相談、②接続テスト(要望商品の確認、インターネットの通信状況テスト、開催場所の打ち合わせ)、③開催(1to1での接客で要望を聞きながら在庫商品を見せて提案)、④発送(商品、請求書、個別領収書を送付)。
オンラインお買い物イベントの様子
福島市にある同社の事務所には高齢者向けの服や小物など、6000点超が所狭しと並んでいた。記者が事務所を訪問したときも、東京の介護施設をズームで繋いでオンラインお買い物イベントを開催しているところだった。
事務所に所狭しと並ぶ商品
「新型コロナで訪問販売ができなくなって以降、従業員は時間を持て余していました。そこで、今回の企画を練り上げ、売り込みを図ることにしました。実際、企画書を各施設にファクスすると、ぽつぽつと反響があり、イベント開催に漕ぎ着けることができました」(同)
メディアの反応も上々だった。
「新型コロナで暗いニュースが多かったこともあり、オンラインお買い物イベントのプレスリリースを出すと、さまざまなメディアから取材依頼が入りました」(同)
遠藤さんによると、オンラインに変わったことで次のようなメリットが発生したという。
①従来はボックスカーに商品を載せて施設を訪問していたため商品数が制限されていたが、オンラインだと事務所の在庫をすべて陳列し、紹介することが可能になった。
②人件費や移動費がかからないため、商品価格を訪問販売時より最大4割安くすることができた。
③これまでは東北と関東を中心に事業展開してきたが、全国の施設と取引が可能になった。
オンラインお買い物イベントが軌道に乗ると、同社の売り上げも次第に回復していったという。
創業のきっかけ
遠藤さんが介護分野でユニークなビジネスを始めたきっかけは祖母との体験だった。小さいころから「おばあちゃん子」だったが、中学生のとき、祖母が要介護状態となり、普段の買い物や美容室などに通えなくなってしまった。
遠藤さん
「足腰が弱くなったり、認知症になったりすると、当たり前にできていたことが急にできなくなる姿を目の当たりにしました。そのとき、僕の親も、もちろん僕自身も、人生の最後の5年間が暗い感じというか、社会と断絶してしまうような状況は嫌だなと思ったんです」(同)
急速に進む高齢化を踏まえると、将来的に介護ビジネスはマーケットが大きくなり、十分チャンスがあると考えた遠藤さん。
「父が建築家で自営業だったこともあり、当初は高級老人ホームを建てられないかと考えましたが、検討の末、訪問美容・物販業で起業しようと決めました」(同)
同社ホームページ内には、遠藤さんの企業理念が記されている。
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『多くの方を笑顔にしていける社会の実現に向けて』
当社は、「高齢者に1つでも多くの〝あったらいいね〟を創り出す」を企業理念に掲げています。
高齢者の中でも特に介護が必要になった高齢者は以前の様な生活や行動が難しくなり、多くの場面で選択が狭まっています。買い物に行きたくても行けない、行きたいけど、子供に連れて行ってとお願いするのは気が引ける…といった声を本当によく聞きます。
それらの状況に対して弊社は「こんなサービスを待っていた」と思って頂けるようなビジネスとしても持続可能な事業を創り出し、結果として多くの笑顔にしたいと考えています。(後略)
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遠藤さんのこれまでの経験が、企業理念に表れていることが分かる。
遠藤さんの経歴
遠藤さんは二本松市岩代地区で育った。中学は全校生徒が12人しかいない小さな学校。周りはほとんどが農家だった。父親が建築士だったので工業高校進学も検討したが、「ブレザーがかっこよかったので(笑い)」(同)福島西高に進学。勉強にやりがいを感じ、大学進学を目指した。残念ながら目標にしていた〝慶應ボーイ〟にはなれなかったが、法政大学に入学した。
大学卒業後、東証一部上場の大手ウエディング会社に就職。新規事業立ち上げに携わることを希望して入社したが、2008年のリーマン・ショックなどの影響もあり、思い描いた仕事はできなかった。
その後、訪問美容やマーケティングを行うベンチャー企業に転職。責任者として関西営業所や東海営業所の立ち上げを経験した。
「そこで5年勤め、そろそろ起業しようかなとも思ったが、その前に介護業界を横断的に見られる仕事を経験して、それからにしようと決めました」(同)
展示会やM&A仲介、ウェブマッチングなどを展開する企業に2度目の転職。1年半勤めた後、いよいよ起業を決意する。その間、結婚や第一子誕生もあり、コストをかけずに起業するにはどうすればいいか考え、二本松の実家にUターンして事業をスタートすることにした。
「僕一人なら何とかなるが、家族を持つと、いざ起業となったとき、やっぱりビビるというか(苦笑)。そこで、最初は家賃のかからない実家で起業し、徐々に実績が出てきたところでコラッセ福島(福島市)に事務所を移しました」(同)
創業2年目に、県が主催する「ふくしまベンチャーアワード」に応募して最優秀賞を獲得。かつて人事担当を長く務めた経験を生かし、採用にも力を入れた。
実際に起業して遠藤さんが感じたのは「当たり前のことをやればおのずと結果が出る」ということだ。
これまで高齢者施設における訪問美容や物販というと、入所者を並べて「流れ作業」的に服や小物をあてがっていく、というものだったらしい。そうではなくて遠藤さんは、洋服を選ぶ楽しみを提供する、コミュニケーションをとるという「接客業では当たり前のこと」を真摯に行った。その結果、入所者からも施設からも評価を受けた。
遠藤さんの企業理念にある「1つでも多くの〝あったらいいね〟」は小売業でありながらサービス業であることを意識し、一人ひとりの個性を尊重した接客を心掛けている表れとも言える。
ここから見えるヒントは「応募する」ことの重要性だ。同社は「ふくしまベンチャーアワード」のほかにも、仙台市と㈱MAKOTO CAPITALが主催する「東北アクセラレーター」にも応募して採択されている。
応募することのメリットは、資金調達をしやすくすることはもちろんだが、企業をPRして社会にどう貢献するかを示し、企業の信用性を高めることにあるという。事実、さまざまなメディアに取り上げられたことで、同社の実績は着実に知れ渡りつつある。
新サービスのPR方法も重要だ。せっかく新サービスを考案しても、世間に知ってもらわなければ意味がない。プレスリリースを発信したり、メディアに取り上げてもらうことも大事だ。
経営者へメッセージ
そんな遠藤さんも、前述した通り、新型コロナの前では事業閉鎖が頭をよぎった。
「多額の借り入れや見通しが立たない辛さもあり、とにかく楽になりたかったんです。でも従業員もいるし、その家族もいるし、経営者は逃げられないなって。陳腐な言葉は嫌いですが、最近、一生懸命やっていれば道は開けるのかなって思いますね」(同)
一方で、画期的な発想に至った理由をこう語る。
「ちょっとした転換というか、少しずらして考えてみるというか。実際、ズームを使ったオンラインだって大きな転換でもなんでもない。ちょっとした発想だと思う」(同)
創業から4年、買い物で高齢者を楽しませたいという思いが「知恵」として昇華し、結果的にオンラインに行き着いて評価を受けた。
「あとは何でも行動することも大事だと思います。オンラインと並行して今は訪問販売も少しずつできるようになってきたので、とても忙しいです。ただ3、4月の苦しさを覚えているので、忙しくても頑張れますね。日々、一生懸命積み重ね、真摯にビジネスに向き合ったことが、いざとなって生きているのかなと思います」(同)
デジタル化を「テクノロジーや大量のデータを駆使して売り上げを伸ばし、業務を効率的に回していく」と捉えると、イメージが難しくなってしまう。そうではなくて「デジタルの力でターゲットとなる消費者に届け、顧客との接点を強化し、成約率を高めていく」と捉えればイメージしやすく、やるべきことが案外身近なところにあると気付かされるのではないか。
まさに遠藤さんが始めたオンラインお買い物イベントは、ズームで消費者と繋がっただけで、無機質なイメージのデジタルが感情を生み出すツールに化けたのだ。
単なる通販であれば、パンフレットや画面を見て、無機質に商品を選ぶだけになる。それがズームに取って代わると、直接モノに触れることはできないが、服を動かせば画面上であっても立体感が伝わってくるし、何よりも相手とコミュニケーションをとりながら商品を選ぶことができる。
デジタル化というと「多額の投資をして何かを導入する」イメージもあるが、そんなことはない。まずはズームのような無料ツールを試し、使いやすかったり成果が出たら、より利便性の高い、あるいは自社の業務に適合したツールにカスタマイズしていけばいい。そうすれば、カスタマイズするときに有料になったとしても、投資が無駄になることはないだろう。
新型コロナという逆境を、ユニークな発想と行動力で乗り越えた遠藤さん。県内の中小企業も参考になる部分は多いはずだ。