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横田一の政界ウォッチ⑧

安倍元首相銃撃事件の余波

 参院選投開票日の2日前の7月8日、安倍晋三元首相が街宣中に銃撃されて亡くなり、野党追い上げムードは吹き飛んで自民党圧勝の一大要因となった。事件直後からメディアが「暴力による言論封殺」「民主主義を破壊」と決めつけて、“追悼翼賛報道”を垂れ流したからだ。

 投開票1週間前には自民優位から与野党伯仲になったと報じられた「福島選挙区」も蓋を開けると、安倍元首相も応援演説をした自民公認・公明推薦の星北斗氏が、小野寺彰子氏に10万票近い差で勝利した。

 しかし銃撃事件の5日前の7月3日、福島3区の玄葉光一郎元外務大臣は小野寺氏の演説会で「当初は12ポイントあった差が縮まり、毎日新聞の調査では1ポイント差になった」と語っていた。その原動力は、小野寺氏がラジオアナウンサー時代に磨いた「話す力」。感情を込めた明瞭な話しぶりで、比喩も絶妙。岸田政権が引き継ぐアベノミクスによって円安と株高で大企業と金持ちが儲かる一方、庶民は物価高に苦しむ実態を「大きな歯車と小さな歯車」に例え、「大きな歯車だけでなく小さな歯車にもオイルを注がないといけない」と訴えた。聞きほれた司会者が涙ぐむほどで、共感が熱伝導のように広がる話しぶりだったのだ。

 だが、そんな猛追ムードは、“追悼翼賛報道”の嵐で吹き飛んだ。安倍元首相が「バイ マイ アベノミクス(アベノミクスは買い)」と海外で訴える演説映像などが繰り返し流されて、アベノミクスが元凶の「岸田インフレ」批判をしにくくなってしまった。政権与党批判の切り札が、肝心要の最終盤(選挙戦最後の3日間)になって無力化されたような事態に陥る羽目になったのだ。

 実は、事件の3日前の7月5日には、安倍元首相から物価高に苦しむ国民の怒りに火をつけそうな問題発言も飛び出していた。自民現職の桜井充氏(宮城県)への応援演説でアベノミクスの利点をこう強調したのだ。

 「(アベノミクスによる円安誘導で)海外からの観光客は3倍、4倍に増えました。仙台もそうです。いま円安になっている。たしかにいろいろなデメリットもあるが、経済においてメリットに変えていくチャンスでもある」「何と言っても観光。これ必ず再び海外からの観光客が戻ってくる。円安はチャンスなのです。100円が135円になっていれば、(外国人観光客が)日本に35%引きで行けるようになる。日本に行けば今までよりも35%引きになるわけです。(街宣会場の仙台市場外市場の)『杜の市場』にも世界中から観光客が来ることになっていく」

 しかし外国人観光客が35%引きなら日本国民は35%の輸入物価高に苦しむことになる。そこで演説後に安倍元首相を直撃、「行き過ぎた円安ではないか。日本人は35%物価高です」と声掛け質問をしたが、安倍元首相は無言のまま。同日の福島県田村市での星氏応援演説後にも、同主旨の声掛け再質問をした。

 「アベノミクスの弊害、言わないのか。庶民は物価高で苦しんでいる。日本の通貨を安くして自慢しているのは安倍さんくらいではないか。恥ずかしくないのか。世界の笑い者ではないか。日本人は(輸入物価が)35%アップしますよ」

 しかし安倍元首相はここでも無言のまま。アベノミクスの弊害(円安加速による物価高)に目を向けない安倍元首相の姿勢は首相時代と同じで、“安倍忖度政権”こと岸田政権もアベノミクスを継承、「岸田インフレ」を招いているのだ。

 物価高騰が参院選最大の争点になり、「安倍忖度の岸田インフレ」という実態が明らかになりつつあった時に銃撃事件が起きた。追悼ムードの中で自民党は大勝したが、アベノミクスをはじめ安倍元首相が残した負の遺産については徹底検証と軌道修正の必要があるのだ。


よこた・はじめ フリージャーナリスト。1957年山口県生まれ。東工大卒。奄美の右翼襲撃事件を描いた『漂流者たちの楽園』で90年朝日ジャーナル大賞受賞。震災後は東電や復興関連記事を執筆。著作に『新潟県知事選では、どうして大逆転が起こったのか』『検証ー小池都政』など。
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