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汚染ゼロを目指す条約の知恵④|【尾松亮】廃炉の流儀 連載39

 英国北西部セラフィールドで、1994年に使用済燃料からプルトニウムとウランを分離するソープ再処理工場が運転を開始して以降、放射性物質による海洋汚染の拡大が深刻な国際問題となった。隣国アイルランドだけでなく、北欧諸国からもセラフィールドにおける再処理を停止するよう求める声が高まった。

 この状況において、海洋汚染低減に向けた法的効力のある合意を確立し、その実現に向けた国際ルール作りを後押ししたのが98年に発効したOSPAR条約(「北東大西洋の海洋環境の保護を目的としたオスロとパリ委員会での条約」)である。

 98年7月22、23日にポルトガル・シントラ市で行われたOSPAR条約締約国会議では、15カ国の代表者らが集まり、あらゆる海洋汚染を削減するための法的拘束力のある戦略を議論した。その結果、「2020年までに放射性廃棄物の海洋放出を限りなくゼロにする」という目標が採択された(シントラ宣言)。

 毎年行われる締約国会議ではアイルランドや北欧諸国から、セラフィールド起源の放射性テクネチウム放出量を早期に削減するよう、繰り返し英国に対する要求が出された。

 2000年6月にコペンハーゲンで行われた締約国会議では、15カ国の締約国のうち12カ国がそもそもの汚染源である核燃料再処理事業の停止を求める決議を支持した。

 このOSPAR委員会決議は「対象国の規制機関が優先的事項として再処理施設からの放射性物質放出に関わる現行の基準を見直すとともに、使用済み燃料を再処理しない選択肢(例えば乾式保管)を検討するよう」求めている。このような法的枠組みを通じた周辺国からの圧力により、英国はセラフィールド起源の放射性テクネチウム放出量を目に見える形で削減する必要に迫られた。

 04年にはセラフィールドの運営企業「British Nuclear Fuel」社が、最新の処理設備を導入することでテクネチウム放出量を90%削減する計画を発表した。「何年にも及ぶアイルランドとノルウェーの漁業者らによる要求により、『British Nuclear Fuel』社は1200万ポンドを費やしてテクネチウム99を除去する化学処理システムを導入することになった」と04年4月22日付ガーディアン紙は報じている。その後セラフィールド起源のテクネチウム99放出量は著しく減少する。1995年時点で180テラベクレル以上放出されていたが、2007年には5テラベクレルまで減少している(図)。


図:セラフィールド起源のテクネチウム放出量推移  出所:OSPAR “QUALITY STATUS REPORT”(2010),P57


 国際法に基づく関係国の議論の枠組みを作ることで、終わりの無い相互非難に陥ることなく、具体的な海洋汚染削減を実現できた。日本にとっても貴重な先例である。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。

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