【福島県】自民国会議員はどう対応したか

処理水「海洋放出」決定

(2021年6月号より)

 菅義偉首相がトリチウム処理水の海洋放出を決定した裏で、福島県選出の自民党国会議員は何を考え、どんな行動を起こしていたのか。

 東京電力福島第一原発の敷地内に溜まり続ける放射性物質トリチウムなどを含む処理水。菅首相が、この処理水を海洋放出すると決めたのは4月13日だが、与党議員だけでなく福島県選出の自民党議員にさえ事前説明がなかったことは地元紙等が既報の通りだ。

 決定翌日に開かれた自民党東日本大震災復興加速化本部の総会では、出席者から「拙速だ」「選挙区に戻って何と説明すればいいのか」という憤りや不満の声が上がったが、気になるのは福島県選出議員の動向があまり伝わってこないことだ。

 地元議員なら地元が直面する課題に正面から向き合うべきだが、その動きがないとすれば存在意義が問われることにもなる。

 実は、大きく報じられていないため知らない人がほとんどだが、福島県選出議員は見えない場面でさまざまな動きを見せていた。

 総会当日、根本匠(福島2区)、菅家一郎(同4区)、吉野正芳(同5区)、上杉謙太郎(比例東北)の4衆院議員は自民党福島県連の県議らと協議し、三つの項目からなる要望書を加藤勝信官房長官に手渡した。

 ①処理水について、処分方法を含め安全性の担保を大前提とすること。また、東電に対する指導・管理をさらに徹底すること。加えて国が前面に立ち、科学的根拠に基づいて安全に対する理解を得るべく、さらには理解から納得、そして心の安心を得るべく、地元をはじめとして国民に対し説明責任を果たすこと。

 ②風評対策について、万全を期し風評払拭に向け政府一丸となって対策を講じること。

 ③風評影響への支援策について、とりわけ漁業をはじめとした風評の影響を受ける産業に対し東電の損害賠償はもちろんのこと、生産・加工から流通、消費に至るすべての段階への支援策を根本的に強化すること。

 前述の4衆院議員に亀岡偉民衆院議員(比例東北)が加わっていないのは、現在復興副大臣を務めているため、政府への要望に加わるのは馴染まないと判断したからだ。

 関係者によると、4衆院議員が三つの要望を行った背景にはこんな考え方がある。

 海洋放出は菅首相が政治決断したもので、自民党国会議員が軽々に反対するのは立場上難しい。しかし、福島県選出議員として県民の声を身近に聞いている以上、それを代弁しないのは国会議員の役目を放棄することになる。そこで、海洋放出するに当たっては県民の要求を真摯に汲み取り、政策に反映してもらわなければ到底認められない、と。

 具体的には、処理水は安全だとしているが、科学的根拠に基づく説明はこの間ほとんど行われていない。目立つのは「海洋放出以外にないのでご理解願いたい」というゴリ押しの姿勢。そうではなく、安全だというなら老若男女が理解できる説明をすべきなのに、例えば分かり易い資料のようなものは海洋放出が取り沙汰されてから時間が経っているのに未だに存在しない。揚げ句、出てきたアイデアが「トリチウム君」というゆるキャラでは、県民に寄り添う姿勢すら感じられない。

 国民の中には、他の原発ではトリチウム水を海洋放出で処分している事実を踏まえ「だったら福島で同じことをやっても大丈夫」と思っている人も少なくないに違いない。しかし、頭では大丈夫と思っても、安心ととらえているとは限らない。安全に関する説明が足りないばかりか、安全から安心に移行させる取り組みも見られない状況では、海洋放出を認めることはできない、と。

 要望で東電に対する指導・管理の徹底を求めたのも、安全から安心に繋げるためだ。すなわち、今の東電はID不正問題や故障した震度計の放置問題など、危機管理意識の低さが著しい。そんな東電に海洋放出を任せて大丈夫なのか、という疑念は当然ながら付きまとう。

 政府は、処理水放出に当たっては海水で100倍以上に希釈し、国の基準値の40分の1程度、WHO(世界保健機関)の飲料水水質ガイドラインの7分の1程度にトリチウム濃度を薄めると説明しているが、東電がそれより濃度の高い状態で放出する可能性は否定できない。誤って放出しても、隠蔽する恐れもある。トリチウム以外の放射性物質が含まれていたのに「除去できている」とウソを言うことも考えられる。

 疑い出せばキリがないが、要するに、東電不信はそれくらい根深いのだ。東電にこのまま海洋放出を行わせるなら、県民に不信感を抱かせないよう政府が厳しく指導・監督すべきだ、と。

 海洋放出によって生じる可能性が高い風評の払拭については、買い叩きなど「福島県産」というだけで不当な扱いを受けることがないよう対策の徹底を要求。また、中国や韓国が反発している現状を踏まえ、外務省に海外で蔓延する風評に毅然と立ち向かうことも求めている。

 もっとも、いくら対策を徹底しても風評がゼロになることはない。生じた損害は東電に賠償してもらう必要があるが、東電が避難者に行ってきた賠償はADRの不成立だったり、各地で集団訴訟が起こされたり、トラブルまみれの印象が強い。したがって海洋放出をめぐる風評については、明確なルールを定めて損害賠償を支払ってもらわなければ困る、と。東電にいくら「きちんと対応する」と繰り返されても、前述の企業体質を踏まえれば信用できない。

「技術開発に予算を」

 意外と言っては失礼だが、福島県選出議員として、言うべきことは言い、やるべきことはやらせるという姿勢を打ち出しているのだ。

 もう一つ報じられていないこととして、前述・三つの要望と一緒に上杉衆院議員が経済産業省に強く求めた事案がある。安易に海洋放出しようとするのではなく、政府が困難と繰り返すトリチウム分離技術の開発に努めるべきだ、とする要望だ。

 経産省は今後のトリチウム分離技術について《直ちに実用化できる段階にある技術は確認されていないため、引き続き新たな技術動向を注視する》(4月14日に開かれた自民党東日本大震災復興加速化本部の総会で配られた資料)と相変わらず消極的な姿勢だった。しかし、上杉衆院議員の強い求めにより《新たな技術動向に注視し、今後、実用化可能な技術があれば積極的に取り入れていく》という表記に変更された。

 「県内では、国が満足する科学的データは揃っていないがトリチウム分離技術を開発したとする民間企業が散見されるようになっている。民間企業でできるなら、大学の研究室でも同様の技術開発は進んでいるかもしれない。そういう部分の予算を手厚くして、2年後の海洋放出までに分離技術が開発されれば、県民も国民も海外も安心して海洋放出を認めるはずです。なぜなら、それはトリチウム水ではなく単なる真水だからです。技術開発の期間も2年で区切るのではなく、あと1年でできそうだというなら、タンクを少し増設して処理水を溜めればいい。政府や東電は敷地に余裕がないと言っているが、中間貯蔵施設の用地を臨時転用することだって絶対できないとは言えないはず。政府や東電はあらゆる可能性を排除せず、トリチウム分離技術の開発に努力してほしい」(上杉衆院議員)

 断っておくが、本誌は自民党国会議員の肩を持ちたくて記事を書いたのではない。「福島県選出議員として言うべきことを言っていない」との見方が少なくない中、報じられていない動きを取り上げたまでだ。

 今後肝心なのは、政府に注文をつけて終わるのではなく、実行させることができるかだ。それを達成してこそ、福島県選出議員としての役目を果たしたと言えるのではないか。



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